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打木希美は前を向く  作者: とは
第一章
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親しくなるのに遠慮はいらない その1

 打木(うちき)希美きみには、やらなければならないことがあった。

 そう、それは意中の相手との会話である。


 希美が一水(いっすい)信利のぶとしへと告白したその日。

 運命の女神ならぬ、運命の猫によって起こされた出来事により、希美は信利と食事をする機会に恵まれた。

 仕事を終えた信利と合流し、彼がよく通うという店へと案内される。

 テーブル席が四つと、コの字型のカウンター席がある小さなその店は、平日でありながらなかなかの賑わいを見せていた。

 ちょうど一席、空きが出るので、もう少し時間が欲しい。

 店員からそう声を掛けられ、二人で入り口近くで待つことになった。

 信利が店内を見渡し、一人の男性に目を止めると礼をする。

 いかにも頑固おやじといった風貌の男性が、信利の挨拶に会釈で返してきた。


「あの人が店長さんですよ。第一印象だと、ちょっと怖い感じがするでしょう? でも本当は恥ずかしがり屋なだけで、とても穏やかで優しい方なんですよ」


 話を店長に聞かれたら、にらまれると思ったのだろうか。

 希美だけに聞こえるように、信利はこっそりとささやいてくる。

 彼にとっては、些細な行動に違いない。

 だが希美には、自分だけに教えてもらえた。

 そんな気持ちを抱きかけ、つい頬が緩んでしまいそうになる。


 もちろん希美とて、そうではないことは理解しているのだ。

 この食事が終われば、彼は自分を『ただの取引先の人間』としての距離に戻すことだろう。


 ならばせめて、この時間だけは。

 他の誰よりも一歩分、近づいた存在として彼を見つめていたい。

 今日を終え、眠る前に、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 自分だけでなく、彼もそう思ってもらえたら。

 そう願いながら、同じく小さな声で彼へと答えていく。


「そうですよね。人って、見た目とは違うものを持ち合わせているもの。一水さんから、店長さんのことをこうして教えてもらえた。だから私はきっと、店長さんの良さを他の人より早く、そしてたくさん気づくことができるのでしょうね」


 公園で見た、作り笑いではない彼の心からの笑顔。

 違う一面を見せてもらえた、その出来事を重ね合わせながら、希美は言葉を返していく。

 だがどうしたことか、信利からの返事がない。

 不思議に思い見上げれば、彼は驚いた表情を自分へと向けてきているではないか。


「一水さん? 私、なにか失礼なことを話していましたか?」 


 希美の問いかけに、彼は慌てて口を開く。


「いや、その。今みたいな言葉というのは、なかなか言えるものではないな。そう感じたものですから」

「え、そんなにおかしなこと言ってしまっていましたか?」


 嬉しさでつい舞い上がり、こぼれだした思いと言葉。

 それらが彼に、迷惑をかけてしまっていたのではという気持ちが生じる。 


「あぁ、すみません。私の言い方がちょっと失礼でしたね」


 申し訳なさそうな表情を浮かべ、信利は言葉を続けていく。


「打木さんはなんだか、他の人とは視点が違うんだなと思って」

「視点、ですか?」


 希美の言葉に、信利は穏やかに頷く。


「えぇ。あなたの物事の見方は、とても優しいんです。だから聞いているこちらも、なんだか温かな気持ちになるというか」


 言葉を探すように、信利は首を少しかしげながら腕組みをする。


「う~ん、上手く言えないですね。とにかく、今までに会ったことのないタイプというか。もちろん、いい意味でですよ。あぁ、それと……」


 希美を見つめ、信利は小さく笑みを浮かべる。


「さっきまでの『踏み台代』とか言っていた発言。あれとの温度差が実に面白いですね。お話を聞いていて、きっと周りの人達は、あなたとの時間を楽しく過ごしているだろう。私は、そう思えましたよ」


 公園での言葉が、信利にとっては相当に面白かったようだ。

 口元をムズムズさせながら語る彼の顔を、思わずまばたきをしながら見つめる。

 普段の冷静な態度とは違う、まるで少年のような姿。

 また新たな一面を見せてもらえたことで、希美の心拍数は一気に跳ね上がっていく。


『今の一水さんの笑顔の方が、よっぽど温度差がありすぎて困ります』


 そうは思うものの、さすがにそれを言うわけにもいかない。

 ただ顔を赤くして、慌ててしまう希美の後ろから、彼を呼ぶ声が聞こえてくる。


「あれぇ、(のぶ)ぃじゃん。って、嘘っ! 女の子と一緒ぉ?」


 聞いた事のない、男性の声。

 あだ名で呼んでいるということは、信利とは親しい関係ということか。

 声の主が女性でなかったことに安堵しながら、希美は信利へと声を掛けていく。

 

「一水さんの、お知り合いの方でし……」


 だが、言葉はそこで途切れてしまう。

 信利は先程までの穏やかな表情を消し、希美の背後へ鋭い視線を向けている。


征明(まさあき)、勘違いだ。彼女は仕事の取引先の方だよ。助けてもらったことがあったので、その礼にお誘いしただけだ」


 今までに聞いたこともない、冷ややかな声で信利は答える。


「えー、そうなの? それにしても珍しいから驚いちゃった」

「それはこちらもだよ。私がこの店に来たときに、お前の姿は見えなかったんだが」

「あ〜。だって俺、さっきまでトイレにいたもん。ところでさ。そろそろ彼女さんに、自己紹介させてもらってもいいかな?」


『彼女さん』という呼び方に、いけないと思いつつ、感じてしまうのは喜びだ。

 にやついてしまう顔をなんとか通常に戻し、希美は後ろへと振り返っていく。

 白のニットにネイビーのパンツ姿の二十台前半の男性が、にこやかな表情を自分へと向けている。

 きりっとした美しさを持つ信利とはタイプが違うが、彼もかなり整った顔立ちだ。


「え〜と、はじめまして! いとこの浦元(うらもと)征明まさあきといいます。よろしくおねがいします!」


 征明は後ろに一歩下がると、ペコリと礼をしてくる。

 ナチュラルショートのマッシュヘアをふわりとゆらし、目にかかる前髪をさらりとかき上げる姿。

 男性だというのに、その仕草に可愛らしさを感じてしまう。

 自分達の関係にかなり興味津々のようで、顔を上げた彼は目を輝かせながら、こちらからの反応を待っている。


 仕草や表情は、まるで子犬のようだ。

 いや、自分よりはるかに背の高い男性に対して、子犬というのは失礼か。

 そうは思うものの、人懐こい姿がそんな印象を抱かせる。

 ほほえましい気持ちを抱えながら、希美も挨拶を返していく。


「こちらこそはじめまして。打木希美と申します」


 礼をして見上げれば、彼は子どものように大きく頷き、笑みを向けてきた。


「信兄ぃに、ご飯を食べに行けるお友達ができて嬉しいや。これからもよろしくお願いしますね。えっとその、……よかったらですけど」


 少し困り顔で、征明は言葉を続ける。


「僕とも、お友達になってくれたらいいなぁって」

「まっ、待ちなさい征明!」 


 それまで黙って様子をていた信利が、こちらに割り込んでくる。


「初対面の女性に、そんな図々しいことは言うべきではない! 打木さん、申し訳ない。ここは……」

「あのっ、いいです! 大丈夫です。といいますか」


 希美は、二人を見つめながら答えていく。


「一水さんもご存じの通り、私はとても引っ込み思案です。だから、浦元さんみたいなお友達が出来たら。この弱気な性格を克服する、いいきっかけになりそうな気がするのです。ですので、私でよければぜひ」


 人当たりのいい彼と、友達になる。

 これは自分にとって、いい機会ではないだろうか。

 今の希美にないものを、征明は持ち合わせている。

 彼から学べることが、きっとたくさんあるに違いない。


「ほら~、打木さんはいいって言ってくれているじゃん。本人同士が納得しているからいいでしょ。二人とも子供じゃないんだから。という訳でよろしくね、打木さん!」


 征明は希美の手を両手で包むように握りこみ、ぶんぶんと強く上下させる。

 楽しそうな表情もあいまり、手の動きと同じように、彼の後ろに尻尾が揺れているのではないか。

 そんな気持ちになり、思わずくすりと笑ってしまう。


「さてと。そろそろ俺、自分の席に戻るね! じゃあね、二人とも!」


 弾んだ声で挨拶をして、征明は希美たちから離れ、奥のテーブルへと向かっていく。

 後ろ姿を目で追えば、友人の所へと戻った彼は、こちらへと小さく手を振ってきた。


 クールな印象の信利とは正反対の、太陽のような笑顔と振る舞い。

 くりくりとした大きな目を細め、楽しそうに友人たちと話す姿は、とても微笑ましいものだ。


 こんな素敵な笑顔が出せる人と、友達になれたのだ。

 いつか自分も彼のように、相手へと笑顔を届けられる人になりたい。

 そう思うことができる、きっかけをもらえたことに感謝しよう。

 新しい出会いを喜んでいると、店員から席の準備が出来たと声が掛けられた。


「一水さん、では席にいきましょうか?」

「……えぇ、そうですね」


 冷たいとまでは言わないが、どこか突き放したような口調で返事をされてしまう。

 どうしたのかと尋ねようとするものの、信利は店員に促され、席へと向かっていく。

 なにかしてしまったのだろうか。

 そんな不安を抱えつつ、希美は彼の後を追うのだった。

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