指さす先には何がある その4
自分へと強い視線を向ける寛次を、征明は黙って見つめる。
その態度が気に入らないとばかりに、寛次は信利へと興奮気味に話し始めた。
「おかしいでしょう! この男が、信利さんの隣にいる資格などないというのに!」
「おいっ、どうしたんだ寛次! 落ち着きなさい!」
予想外の息子の行動に、直治はおろおろとするばかりだ。
「そいつはあなたの大切な存在を奪ったも同然ではないですか! 征明の母親があなたのお父様を奪っ……」
「やめるんだ、寛次!」
直治の諫める声も聞かず、寛次は征明をにらみつけ、罵る言葉を吐き続けている。
「寛治君、今の君の行動は許容できるものではない。どういうつもりでこのようなことを」
信利が、自分をかばってくれている。
――だが、その前に聞いてしまった寛次からの言葉を。
耳に届いてしまった言葉を、征明には無かったことに出来ない。
過去の記憶が、征明の目の前を、そして心をも黒く深く塗りつぶしていく。
何度も自分へと振り下ろされる拳。
やめてと叫んでも続く痛み。
この苦痛から逃れるために、許されるためにすべきこと。
それは一刻も早く、謝ることだけだ。
「……ごめんなさい。母さんが、ひどいことをしました」
勝手に自分の口から出ていく謝罪。
突然の征明の行動を、直治達が青ざめた表情で見つめてくる。
「許してください。許してください」
「征明、謝らなくていい。すみません、直治おじさん。彼を落ち着かせてきます」
信利に腕を強く引かれ、寛次達から引き離されても、征明は言葉を止めることが出来ない。
店外へと連れ出され、あたりに人がいないのを確認した信利が、自分へと声を掛けてくる。
「征明、今は私しかいないよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。母さんがごめんなさい」
声を途切れさせることのない自分の顔へと、信利は両手を伸ばしてくる。
うつろな目で謝り続ける自分は、さぞ気味が悪いことだろう。
それでも穏やかに頬に触れながら、彼はしっかりと目を合わせ、こう言ってくるのだ。
「私の顔が見えるか、征明? なぁ、打木さんと次は何がしたい?」
優しい声、そして彼女の名が耳に届いたこと。
それらが次第に、心を占めていた苦しさから自分をすくいあげていく。
「俺、俺は……」
見苦しい姿を見せたというのに。
それでも信利は、自分の声を聞き届けようとしてくれている。
その場へと力なくしゃがみ込んでしまう征明の隣へと、信利は腰を下ろしてきた。
「うん、続けなさい」
優しく促す彼の言葉を、心に取り込みたくて、深く息を吸う。
喉の奥が引きつって、声が上手く出せない。
それでも聞いてほしいのだ。
どうしたいかを尋ねてくれた、彼には知ってほしいのだ。
その願いを胸に、征明は口を開く。
「俺、……希美ちゃんと兄ちゃんと、一緒に話がしたい」
二十を超えた男が、涙を流し、止められない。
そんな自分の話を、信利は聞き続けてくれている。
「二人の顔が見たい。ご飯を食べて、いっぱい笑って。もっともっと、二人のことが知りたいっ……!」
途切れながらも話す思いを信利は聞き終えると、征明の頭へとそっと手のひらをのせてくる。
「そうだな。私もそう思うし、そうしたい」
互いに目を合わすことなく、けれども伝えていく言葉が、彼の手のひらが。
今までの自分と違う道へ行けることを、進んでいいことを教えてくれている。
「だから、これからもそうしていこう。きっと彼女も、笑ってそういってくれるはずだよ」
沁みこむように自分の胸に届く言葉に、征明はただ頷く。
今、こぼれていった涙を拭ったら、いつもの自分に戻ろう。
「兄ちゃん、もう大丈夫。和葉様が来る前に、店に戻ろう」
「無理するな。今日はこのまま、帰ってもいいんだぞ。彼らもさすがに、今日は何も言うまい」
ゆっくりと首を横に振ると、信利へと視線を合わせる。
「ううん、もう心配いらないよ。だって俺は今、逃げたくないって思っているから」
征明は立ち上がると、信利へと手を差し出す。
「決めたんだ。このまま参加して、最後までしっかりとあの人達とも向き合って過ごすって。それでね、それが出来たらさ」
手を掴んだ信利を引き上げると、征明は笑顔を見せる。
「次の休日も、三人でどこかに遊びに行くんだ。そんな目標というか、頑張れるご褒美を作ってみてもいいでしょう?」
征明の言葉に、信利は小さく笑みを浮かべ頷く。
「あぁ、悪くないな。私も一緒に、その褒美を達成できるようにお前の隣にいるよ」
掛けられた言葉に、心がふわりと温まるのを感じる。
「ありがとね、兄ちゃん。俺のこと見てくれて。……声を聞いてくれて」
店へと向かい、足を踏み出す。
そう、これは新しい自分への。
前を向き、進みたいと思えた始まりの一歩なのだ。
隣で歩く信利を、そして目を閉じれば浮かぶ彼女に近づくための歩みを征明は続ける。
「うん、きっとうまくいく」
こぼれた言葉に、隣にいる従兄は優しく微笑んでくれた。
◇◇◇◇◇
「どうしたんだよ、父さん! 征明なんかに、どうしてこんな思いをさせられなきゃいけないんだよ!」
怒りの感情をあらわにする息子を前に、直治は渋い表情で黙り込む。
信利達が去り冷静になった今、征明の態度がどうも引っかかる。
わずかな間であったものの、いつもと違い狡猾な表情を彼は見せていた。
今までは大人しくしていたが、これからはそうはいかない。
あの時の行動が、その宣戦布告のように思えてならないのだ。
大学生という立場でありながら、征明は和葉の援助を受けることなく、一人暮らしを始めたと聞いている。
アルバイトではあるが、勤務先の社長が有持の会に参加できるほどの力を持っていること。
その社長や有持に気に入られているということから、征明は彼らから何かしらの支援や協力を与えられているように思える。
だが、その彼らからの入れ知恵を得ていたとしても、所詮は二十歳の青年。
さらには、先程の様子を見る限り、征明の心はまだ脆い。
こちらが強く出れば、案外たやすく屈しそうではないか。
征明の持つ、有持との繋がりも出来る事なら手に入れ、利用したい。
そのためには……。
「寛治、征明の動向を探れ」
突然の父親からの言葉に、寛次はいぶかし気な顔を向ける。
「あいつの弱点を探すんだ。俺たちに逆らったことを、征明には後悔させる必要がある」
こちらが下手に出ずとも、弱みを掴んで今までのように従わせればいい。
その意図を察した寛次の顔に、うすら笑いが浮かぶ。
「わかったよ、父さん。わきまえるべき立場であることを、しっかり分からせてやろう」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第2章は完結となります。
次章ですが、少しお休みを頂いてからの投稿となります。
また再開をする際には近況報告にてお伝えしていく予定です。
面白かったよ、続き楽しみにしているよということでしたら、感想やブックマーク等をいただけましたら嬉しいです。
次章からは、征明の過去の秘密も明かしていく予定です。
引き続き楽しんでいただけるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




