指さす先には何がある その2
「おじさん、どうしたのですか? なんだか元気がないように見えますけど」
何も知らないふりを装い、征明は直治へと顔を向けた。
自分たち以外に誰もいないというのに、直治はやたらと周囲を気にしている。
よほど他人には、聞かれたくない話ということか。
ーーいや、それだけではなさそうだ。
今まで見下していた甥に、場合によっては頭を下げねばならない。
これから征明に話すであろう内容と姿を、彼は息子に見られたくないのだ。
父親としてのプライドを守りたい。
大方そんなところであろう。
直治があわただしくジャケットの内ポケットに手を入れるのを、征明は白けた気持ちで見つめる。
「今日はお前に、尋ねたいことがある」
「僕にですか? 答えられることであればいいのですが」
自信なさげにふるまう姿に、自分に逆らうことはない。
そう判断した直治が、取り出したスマホを差し出してくる。
「この、……写真についてだ」
スマホの画面には、ある男性を中心に撮られた写真が映し出されている。
主役の隣に立つ人物を、苦り切った表情で直治は指さした。
気に入らない、認めたくない。
そんな思いをありありと顔に出している彼へと、征明は穏やかな口調で語りかけていく。
「おじさん、手が震えていますよ。そんなに怖いものが、写っていますかね?」
そう言って征明は、笑ってやるのだ。
彼の示した先にいる、写真の中の自分と、全く同じ表情で。
「やはり、これはお前なのか。どうしてそんな……」
納得のいかない表情を浮かべつつ、直治は言葉を続ける。
「この集まりの主役である有持氏は、若いながらも目覚ましい躍進を続けている実業家だ。そんな彼の会に、どうしてお前が参加出来ている?」
ようやくこの画像を見つけてきたか。
直治の会社の資金繰りが苦しいという情報を手にしてから、いずれは有持への接触を求めるであろうと、少しずつ動いていた甲斐があったというもの。
ただの偶然とは思うが、征明が有持のパーティーに参加していた。
不肖な甥に頼るのは気に入らないが、このチャンスを利用しておきたい。
伯父はそう思い込み、征明の存在を渡りに船と思っているのだ。
思惑通りに事が進んでいることに、征明は心の中でほくそ笑む。
「あぁ、これですか。有持さんの誕生パーティの写真ですよね。確かに僕も、ここに参加していましたよ」
「だからなぜお前が、この写真の中にいたんだと聞いているんだ!」
強い口調で聞き出そうとする直治に、征明は冷静に問いかける。
「……おじさんこそ、どうしてそんなことを聞くんですか? 今まで僕になんて、全く興味も示さなかったというのに」
「そ、それはっ」
うつむきながら話す征明へと、直治は言葉を途切れさせる。
今までぞんざいに扱っていた、征明に頼らねばならない。
その嫌悪感からか、あるいは今までの行動を反省しての罪悪感か。
まぁ、どちらであろうとかまわない。
今までの行動を、これからじっくりと反省してもらう。
その事実だけはかわらないのだから。
「有持さんは、アルバイト先の社長の知人です。勉強になるからと社長が、この会に僕を連れて行ってくれました」
「つまりお前の勤務先の社長と、有持氏が親しい関係ということか。お前は一体、どんなところで働いているんだ?」
馬鹿正直に話す必要などない。
顔を上げ、征明は直治へと視線を向ける。
「簡単に言えば、人を繋ぐお仕事といいましょうか。おかげで友達も増えて、楽しく過ごせています」
素直に答えてくる征明に安堵した様子を見せ、直治が話を続けるように促してくる。
「社長から紹介されて、有持さんに挨拶をしました。その際に有持さんが、自分を面白いと気に入ってくれて。これはちょうど、その時に撮られた写真ですね。有持さんのSNSにこの写真が載せられているのを見て、僕も驚きました」
征明の話を疑うことなく、直治は頷いている。
「そういうことか。なぁ、お前はその後、有持氏との交流はあるのか?」
「えぇっと、そうですね。その際に、プライベート用の名刺をいただきましたか……」
言葉を最後まで聞くことなく、直治は征明の肩を掴むと、興奮気味にまくし立ててきた。
「でかしたぞ! その名刺をよこすんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな突然にどうしたのですか? 落ち着いてください、そんな言い方をされたら」
肩へと伸ばされた直治の手を掴むと、征明は力を込め握りしめていく。
痛みに顔をゆがめる直治へと、皮肉な笑みを浮かべ、征明は言ってやるのだ。
「僕程度の『コネ』で、有持さんへと渡りをつけたい。そんなふうにおじさんが考えていると、勘違いしそうになるではないですか」
有持は、企業投資家の一面も持ち合わせている。
早急な資金調達先を必要としている直治としては、その候補である有持と甥との接点があると知れば、それを利用してやろうと画策するはず。
それをふまえ征明は、自分の人脈を活用し、事前に有持に近づいておいたのだ。
「おじさんは有持さんに、自社への投資のお願いでもするつもりですか? そんなもの必要ないでしょう? だっておじさんは、以前から和葉様から支援を受けているでしょうから」
そして征明は知っている。
いくら親族とはいえ、見込みのない存在に、いつまでも和葉が付き合う人間ではないということを。
和葉も直治も明言をすることはないが、彼女からの融資はすでに切られているはずだ。
さて、伯父はどう答えてくれるだろうか。
有利な状況ということもあり、黙って様子をうかがう征明の耳に、扉が開く音が聞こえてくる。
「お前っ、父さんに何をしている!」
自分達へと駆け寄る足音が聞こえ、強い衝撃で征明は突き飛ばされる。
よろめき洗面台に手をつけば、自分をにらみつけている、直治の息子の寛次と目が合った。
息子の前で、この話はしたくない。
その思いからばつが悪そうに目を伏せる直治の様子に、寛次は激しい怒りをあらわにする。
「おいっ、征明! 自分の立場をわきまえず、よくも父さんにひどいことを」
途中から割り込んだ上に、ろくに事情も知らない。
それでありながら、寛次は征明に非があると決めつけた態度を取り続けるのだ。
『突き飛ばしてきたことすら、謝れない。父親に似て、短絡的な行動をとるのですね』
今ならば、この言葉を口にしてもいいのではないだろうか。
小さく笑みを浮かべた自分に、寛次は吐き捨てるように呟く。
「笑うな、気持ちが悪い。そもそもお前が、この場にいるのですら不愉快だというのに。お前のような忌み子と、わずかでも血が繋がっているという事実が本当に腹が立つ」
『忌み子』
何度聞こうが、この言葉に決して慣れることはない。
心にこみあげる怒りを、歯を食いしばり征明はこらえる。
だが、刺すような視線を向けてしまうのだけは抑えられない。
そんな自分の態度に、寛次が舌打ちをしてきた。
「なんだその反抗的な目は! お前のせいでどれだけ迷惑を被って……」
再び扉が開く音に、寛次がそちらへと顔を向ける。
現れた相手を認識するやいなや、寛次は激しい動揺を見せはじめた。
「あのっ、これは……」
蒼白な顔をして、寛次は言葉を途切れさせる。
「……説明をしてもらえませんか、この状況について」
淡々と語りながらも、声に含まれるのは怒り。
普段、感情をあらわすことのない彼のその行動に。
――信利の言葉に、誰もが声を失ってしまっている。
返事がないことに眉をひそめると、信利は寛次へと再び問いかけていく。
「聞こえませんでしたか、寛次君。私に、きちんと説明をしてもらえませんか」




