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打木希美は前を向く  作者: とは
第二章

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指差す先には何がある その1

「あはは、まださすがに誰も来ていないね」


 征明(まさあき)がそう声を掛ければ、信利(のぶとし)も頷いてくる。


「ここまでスムーズに、予定が片付くと思っていなかったからな。まぁ、遅れるよりはいいだろう」

「そうだね。月に一回の食事会とはいえ、些細な失敗でチクチク言われるのも嫌だもん」


 腕時計に目をやりながら、征明の口からはため息がこぼれてしまう。

 親族の交流を目的としたこの会は、征明にとっては歓迎しかねる催しだ。

 だがこれは、育ての親であり信利の母である、一水(いっすい)和葉かずはの望んでいる集まりでもある。

 この会で遠回しながらも行われる、自分や家族への中傷。

 それらを聞き流さねばならぬこの後のことを考えると、気が重くなるというものだ。 


「……まぁ今日は、兄ちゃんの傍にいるつもりだし、特に嫌なことはなく終われそうかな。あ、もちろん大人しくしているつもりだから、迷惑はかけないでいられると思う」

「そんなことは気にしなくていい。お前は何も、悪いことなどしていないのだから」


 店外へと視線を向けながら、信利は呟く。

 景観の美しさが評判の野小納(やこな)市内にあるこのレストランは、和葉の贔屓(ひいき)の店の一つだ。

 時間より早めに来たということもあり、通されたウエイティングルームで今度は信利がため息をつく。


「そもそもこの会の発端は私だ。ならば迷惑をかけているのは、私ということになる」


 家に寄り付かない息子。

 それを理解しながらも、プライドからか何も言わない彼女を見かねた親戚の発案により、この会は始まった。


 一水家は、父親が早くに()()()()()()しまっている。

 それにもかかわらず、母親が一人になると理解しながら、信利が家を出たこと。

 同じく彼よりもわずかに早い時期に、一水家での生活から自立し、一人暮らしを始めた征明としても、和葉に対する負い目がある。


「育ててもらっておきながら、顔を見せないという態度はよろしくない。せめてこういう場を作ってやるのだから、感謝をして参加しろ」


 伯父である八名(はちな)直治なおはるからそう言われ、自分も信利も断ることが出来なかった。

 とはいえ直治の行動は、親切心からではなく、資産家である和葉へのご機嫌取りという意図がみてとれるもの。

 親類のよしみで、自身の経営する会社への支援を欲する彼にとって、この提案は都合のいい点数稼ぎの一つでしかない。


 さらにいえば直治は、自分に容赦のない言葉を浴びせてくる人物の一人でもある。

 直治にとって征明は、実弟の一人息子にあたる存在だ。

 だが物心ついて以来ずっと、直治から親族としての愛情を感じたことは一度たりとてない。

 それもあり、彼の態度を素直に認めたくないというのが征明の本音ではある。


「いずれにしても、八名家の人達には近づかない。今日はそれさえ守っていればいいからね。……あ、兄ちゃん。あそこの照明の右側にある花、綺麗な色しているね」

「おや、私には見つけられないが?」

「え~、ほら! いま兄ちゃんが見ているところよりも、もうちょっと右側だよ」


 征明が指を差せば、信利はレストランの敷地内にある庭園に目を向けていく。

 そちらに意識を向かわせた為、信利は気づかない。

 庭園の反対側にある駐車場に、その八名の車がやってきたことを。


「見えづらいかなぁ。じゃあしょうがないね。さて、俺は今のうちにトイレにいってくるよ」


 立ち上がると同時に、征明はにやりとした笑いを浮かべてみせる。


「ちょ~っと遅くなるかもしれないけど、俺の言ったお花でも探しながら、ここで待っててね~ん」

「気持ち悪い声を出すな。わかったから行ってこい」


 信利は苦笑いで答え、再び庭園へと視線を戻していく。

 この庭を好いているのは、和葉だけではない。

 手入れの行き届いたこの場所は、信利の心を惹きつけるには十分だ。

 店の照明で柔らかに映る木々を、彼は穏やかな表情で見つめている。

 信利の興味がそれらに向いていることを確認すると、征明は背を向け歩き出した。


 店の入り口へと向かい、八名が店内へと来るタイミングを見計う。

 自分の後ろ姿を捉えられるように、あえてゆっくりと歩き、「お手洗い」と書かれた扉へと手を伸ばした。

 扉を閉め、手洗い場の前に立つと、鏡に映る顔を眺める。

 目が合うのは笑みを消し、空虚な表情をした自分。

 今のこの顔を信利がみたら、どう思うことだろう。


「まぁ、いいか。見られなければいいんだもの。さて、そろそろお二人様ご招待ってところかな?」


 自分の姿を見た直治は、息子の寛次(ひろつぐ)を連れ、ここに来るに違いない。

 今のうちに、彼らからの言葉を受けておけば、食事中での暴言は少なくなるはず。

 自分への中傷で、信利が心を痛める姿など見たくない。

 嫌な思いをするのは、自分一人で十分だ。

 

 扉の開く音に視線を向ければ、予想していた人物の内の一人が入ってくるのが見える。

 和葉も信利もいない、こんなチャンスだ。

 てっきり二人で嫌味を言いに来るのかと思ったのだが。

 予想外ではあるが、別に構わない。

 作り慣れた笑顔を顔に貼りつけると、征明は相手へと声を掛けていく。


「あっ、直治おじさん。お久しぶりですね」

「……あぁ」


 いつもであれば、忌々しそうな表情で自分を見てくるはず。

 それが今日はどうしたことか、目を合わせようとしない。

 疑問に思いつつも、征明は彼へと問いかけていく。


「そういえば、寛次さんは?」


 直治の顔に、かすかな動揺が起こる。


「べっ、別に便所になど二人で連れ立って来る必要などなかろう。信利君の所に、挨拶に行っているだけだ」 

「確かにそうですね。ここは用事もないのに来るような所でもありませんから」


 上ずった声に、落ち着かない態度。

 普段とは違う、まるでこちらの様子をうかがうような姿に、征明は違和感を覚えてならない。


 自分に何かを隠している。

 しかもそれは、直治にとって望ましくないもの。

 寛次を溺愛するあまり、常に自分の傍らに置いているこの男が、息子と別行動をとっているというのもおかしい。

 息子には聞かれたくない何かがあるということか。

 その考えから、ふとあることに思い当たり、征明は心の中であざ嗤う。 


 ーーあぁ、そういうことか。

 随分前に()いておいた種が、どうやら芽を出したらしい。


 ならば見せてもらうとしよう。

『どうしようもない存在』と言い続けた自分へと、彼がどんな話をしてくれるのかを。

 こみ上げる笑いをかみ殺すと、さも心配そうに征明は口を開く。


「おじさん、どうしたのですか? なんだか元気がないように見えますけど」

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― 新着の感想 ―
食事会の始まりを待つ征明と信利。 月に1度とはいえ中々緊張感が伝わってきますが定期的に行われているようで。 征明が感じた違和感とは!? これからどういった流れになっていくのか!? 続きが楽しみです(^…
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