指差す先には何がある その1
「あはは、まださすがに誰も来ていないね」
征明がそう声を掛ければ、信利も頷いてくる。
「ここまでスムーズに、予定が片付くと思っていなかったからな。まぁ、遅れるよりはいいだろう」
「そうだね。月に一回の食事会とはいえ、些細な失敗でチクチク言われるのも嫌だもん」
腕時計に目をやりながら、征明の口からはため息がこぼれてしまう。
親族の交流を目的としたこの会は、征明にとっては歓迎しかねる催しだ。
だがこれは、育ての親であり信利の母である、一水和葉の望んでいる集まりでもある。
この会で遠回しながらも行われる、自分や家族への中傷。
それらを聞き流さねばならぬこの後のことを考えると、気が重くなるというものだ。
「……まぁ今日は、兄ちゃんの傍にいるつもりだし、特に嫌なことはなく終われそうかな。あ、もちろん大人しくしているつもりだから、迷惑はかけないでいられると思う」
「そんなことは気にしなくていい。お前は何も、悪いことなどしていないのだから」
店外へと視線を向けながら、信利は呟く。
景観の美しさが評判の野小納市内にあるこのレストランは、和葉の贔屓の店の一つだ。
時間より早めに来たということもあり、通されたウエイティングルームで今度は信利がため息をつく。
「そもそもこの会の発端は私だ。ならば迷惑をかけているのは、私ということになる」
家に寄り付かない息子。
それを理解しながらも、プライドからか何も言わない彼女を見かねた親戚の発案により、この会は始まった。
一水家は、父親が早くにいなくなってしまっている。
それにもかかわらず、母親が一人になると理解しながら、信利が家を出たこと。
同じく彼よりもわずかに早い時期に、一水家での生活から自立し、一人暮らしを始めた征明としても、和葉に対する負い目がある。
「育ててもらっておきながら、顔を見せないという態度はよろしくない。せめてこういう場を作ってやるのだから、感謝をして参加しろ」
伯父である八名直治からそう言われ、自分も信利も断ることが出来なかった。
とはいえ直治の行動は、親切心からではなく、資産家である和葉へのご機嫌取りという意図がみてとれるもの。
親類のよしみで、自身の経営する会社への支援を欲する彼にとって、この提案は都合のいい点数稼ぎの一つでしかない。
さらにいえば直治は、自分に容赦のない言葉を浴びせてくる人物の一人でもある。
直治にとって征明は、実弟の一人息子にあたる存在だ。
だが物心ついて以来ずっと、直治から親族としての愛情を感じたことは一度たりとてない。
それもあり、彼の態度を素直に認めたくないというのが征明の本音ではある。
「いずれにしても、八名家の人達には近づかない。今日はそれさえ守っていればいいからね。……あ、兄ちゃん。あそこの照明の右側にある花、綺麗な色しているね」
「おや、私には見つけられないが?」
「え~、ほら! いま兄ちゃんが見ているところよりも、もうちょっと右側だよ」
征明が指を差せば、信利はレストランの敷地内にある庭園に目を向けていく。
そちらに意識を向かわせた為、信利は気づかない。
庭園の反対側にある駐車場に、その八名の車がやってきたことを。
「見えづらいかなぁ。じゃあしょうがないね。さて、俺は今のうちにトイレにいってくるよ」
立ち上がると同時に、征明はにやりとした笑いを浮かべてみせる。
「ちょ~っと遅くなるかもしれないけど、俺の言ったお花でも探しながら、ここで待っててね~ん」
「気持ち悪い声を出すな。わかったから行ってこい」
信利は苦笑いで答え、再び庭園へと視線を戻していく。
この庭を好いているのは、和葉だけではない。
手入れの行き届いたこの場所は、信利の心を惹きつけるには十分だ。
店の照明で柔らかに映る木々を、彼は穏やかな表情で見つめている。
信利の興味がそれらに向いていることを確認すると、征明は背を向け歩き出した。
店の入り口へと向かい、八名が店内へと来るタイミングを見計う。
自分の後ろ姿を捉えられるように、あえてゆっくりと歩き、「お手洗い」と書かれた扉へと手を伸ばした。
扉を閉め、手洗い場の前に立つと、鏡に映る顔を眺める。
目が合うのは笑みを消し、空虚な表情をした自分。
今のこの顔を信利がみたら、どう思うことだろう。
「まぁ、いいか。見られなければいいんだもの。さて、そろそろお二人様ご招待ってところかな?」
自分の姿を見た直治は、息子の寛次を連れ、ここに来るに違いない。
今のうちに、彼らからの言葉を受けておけば、食事中での暴言は少なくなるはず。
自分への中傷で、信利が心を痛める姿など見たくない。
嫌な思いをするのは、自分一人で十分だ。
扉の開く音に視線を向ければ、予想していた人物の内の一人が入ってくるのが見える。
和葉も信利もいない、こんなチャンスだ。
てっきり二人で嫌味を言いに来るのかと思ったのだが。
予想外ではあるが、別に構わない。
作り慣れた笑顔を顔に貼りつけると、征明は相手へと声を掛けていく。
「あっ、直治おじさん。お久しぶりですね」
「……あぁ」
いつもであれば、忌々しそうな表情で自分を見てくるはず。
それが今日はどうしたことか、目を合わせようとしない。
疑問に思いつつも、征明は彼へと問いかけていく。
「そういえば、寛次さんは?」
直治の顔に、かすかな動揺が起こる。
「べっ、別に便所になど二人で連れ立って来る必要などなかろう。信利君の所に、挨拶に行っているだけだ」
「確かにそうですね。ここは用事もないのに来るような所でもありませんから」
上ずった声に、落ち着かない態度。
普段とは違う、まるでこちらの様子をうかがうような姿に、征明は違和感を覚えてならない。
自分に何かを隠している。
しかもそれは、直治にとって望ましくないもの。
寛次を溺愛するあまり、常に自分の傍らに置いているこの男が、息子と別行動をとっているというのもおかしい。
息子には聞かれたくない何かがあるということか。
その考えから、ふとあることに思い当たり、征明は心の中であざ嗤う。
ーーあぁ、そういうことか。
随分前に蒔いておいた種が、どうやら芽を出したらしい。
ならば見せてもらうとしよう。
『どうしようもない存在』と言い続けた自分へと、彼がどんな話をしてくれるのかを。
こみ上げる笑いをかみ殺すと、さも心配そうに征明は口を開く。
「おじさん、どうしたのですか? なんだか元気がないように見えますけど」




