思いと箸は、簡単に止まらない
「浦元さん、こんなことって。私、……私はっ」
希美はそこで言葉をつまらせる。
征明は真剣な表情を向けるだけで、何も語ろうとしない。
口元を押さえうつむき、希美は彼へと掛ける言葉を探す。
やがて出た答えに顔を上げると、笑顔と共に征明へと口を開いた。
「こんなおいしいお好み焼きは、初めてですよ! 何でもっと早く、私は浦元さんに、そしてこのお好み焼き屋さんに出会えなかったんだろう!」
「いやぁ、そうだよね! ばあちゃんのお好みは世界一だから。ねっ、ばあちゃん!」
征明は嬉しそうに笑みを浮かべ、カウンターの前に立つ女性へと声を掛ける。
六十代後半と思われる老婦人は、彼の言葉ににこりと笑うと、手に持ったソースを目の前の鉄板へと傾け始めた。
鉄板から立ち上る湯気と香りが、少し遅れて離れた四人掛けのテーブルにいる希美達のもとへと漂ってくる。
「はぁ、なんというこうばしいソースの誘惑! この匂いに耐えられるお腹を私は持ち合わせていませんよ」
「分かる、分かるよ希美ちゃん! だからこそ一番に焼きあがったお好みを食べてもらったんだから!」
「しかもこれ、面白いアイデアですよね。冷たいポテトサラダを、まさかここに使うなんて予想外でした」
希美の前に置かれたお好み焼きには、こってりとしたソースとマヨネーズ。
さらにその上には、豪快にポテトサラダがのせられているのだ。
「お好み焼の熱々と、冷たいポテトサラダの温度差が楽しいですね」
「おっ、希美ちゃんいいところに気づいたね。ポテサラがあることで、ソースの濃さがマイルドになって食べやすさが増すんだよ!」
「なるほど。では今度は、ポテトサラダを多めにのせてっと」
ふっくらとしたお好み焼きを、希美は口いっぱいにほおばる。
厚みのある生地は、外側のカリカリな部分と中に入っていたキャベツの柔らかさという、これまた対照的な食感を楽しめるものだ。
濃いめの味付けのソースでありながら、ポテトサラダと一緒に食べることで、まろやかさが絶妙に作り出されていく。
様々な対比の味わいに食欲を刺激され、希美は箸を止めることが出来ない。
「まさに今、私は『食べ飽きない』を体感しているのですね。偉大です。このお好み焼きは、大変にグレートなのです」
「いやー、やっぱり希美ちゃんは分かり合える友だね!」
征明は満足そうにうなずくと、隣に座る信利を横目でちらりと眺める。
「まったく。さっきから、黙って食べ続けるだけの兄ちゃんとは大違いだよ」
不満げな征明の言葉に、自分の正面に座る信利を希美は見つめる。
だが目が合うとすぐに、彼は視線をそらしてしまうのだ。
迷子騒動で二人が事務所に自分を迎えに来てから、信利の態度がどうもおかしい。
答えねばならない場面では、返事をしてくれる。
だがそれも、相づちをうったり短く言葉があるのみ。
一方の征明は全く態度が変わることなく、沈黙気味の自分達を気遣い、会話をリードしてくれている。
この店に来たのも、ほかならぬ彼の発案だ。
「お腹がすいたり、疲れると気持ちが変な考え方になっちゃうよね。だから、美味しいものを食べようよ!」
そう言って彼は、自分達をこの店に連れてきてくれたのだ。
目の前にいるにこにこ顔と仏頂面の二人。
あまりにも正反対な様子を眺め、これからどうしたものかと希美は考える。
信利は、迷子騒動での対応を怒っているのではなかろうか。
缶ケースで相手の素性を探ろうとしたこと。
そのせいで彼は自分をかばい、背中を殴られている。
そんなことをされて、怒らない人などいない。
さらに言えば、一連の混乱もあり、まだ彼にしっかりと謝罪をしていないのだ。
まずは自分の非を認め、きちんと謝ろう。
信利に話しかけようとしたその時、征明が片手を高々と掲げ、口を開いた。
「はいっ! 皆さま今回は、俺の企画した『お好み食べようぜの会』に参加くださりありがとうございま~す!」
元気よく話す征明につられるように、希美は箸を置いて背筋を伸ばす。
「はい、こちらこそ! とっても美味しいお好み焼きを教えてくださり、本当にありがとうございます!」
気まずさを払拭したいという思いと動揺もあり、同じポーズで手をまっすぐに上へと伸ばしながら声を出す自分を、征明は楽しそうに見つめてくる。
「ぶっ、ぶふっ! もう希美ちゃん最高。いっつも俺の予想以上のリアクションしてくるんだもん。あー楽しー!」
目の隅を拭うと、征明は両手で自分の顔を覆いうつむいていく。
顔を上げるのを待つものの、時間が止まったかのように彼は動こうとしない。
さすがに心配になり、希美は彼に声を掛ける。
「浦元さん、どうしたんで……」
言葉の途中で、征明は顔を上げる。
先程とは一転し、真剣な表情をたたえ、彼は希美へとこう告げてきたのだ。
「……あのね、希美ちゃん。ちょっと今から、俺の昔話に付き合ってほしいんだ」




