まだ、心はみえない
征明は信利を自分の車へと強引に押し込む。
力強くドアを閉め、ドアが開けられないようにもたれかかりつつ、彼は希美へと笑顔を見せてきた。
「そんな心配そうな顔しなくて大丈夫。あのね、今度は俺が約束を守る番だから」
「あら? でもそれはもう、迎えに来てもらったということで、守ってもらっていますよ?」
希美の言葉に、征明はなぜだか嬉しそうに微笑んでくる。
「ふふ、迎えにっていい言葉だよね。それって誰かが待っていてくれるから成立することなんだもん」
「え、ええっと。……そうですね?」
尋ねたことに対する答えではない。
意図が理解できず戸惑う希美に、征明はウインクをしてくる。
「このままだと、今日でこの会が終わっちゃいそうだからね。司会進行役としては、そんな展開は不本意なのですよ」
「あぁ、そういえば。浦元さんがこうして一緒に来てくれるのは、私達の苦手さを克服するのを見守ってくれるためでしたものね」
ここまで人のために、苦労を惜しまない人間はどれだけいるだろう。
彼の行動に、希美は感謝しかない。
「浦元さん、本当にありがとうございます! いつかきっと自分も、恩返しできるように頑張りますね」
「いやいや、なに言ってるのさ~! そんなことしなくても希美ちゃんが笑っていてくれる。それだけで俺へのご褒美になるんだよ。だからね」
言葉を区切ると、征明は寂しげな表情を浮かべる。
「俺へと向ける表情や感情。これから先、それが変わらずにいてくれたらいいなぁって思う。……何を言ってるんだって、言われちゃいそうだけど」
笑みを取り戻し、征明は希美を見つめる。
「あはは、ごめんね。いつもの俺らしくないや。さて、希美ちゃんも車に乗って。美味しいもの食べて仕切り直そう?」
明るく振舞っているが、心の内はそうではない。
口に出せない、何かをこらえている。
希美には、今の彼がそう見えてならないのだ。
人と話をする楽しさ。
うつむかず、前を向くことで、世界はどこまでも広がっていく。
征明との出会いで、希美はそれを知ることができた。
同じように、何か彼に出来ることはないだろうか。
出会って日が浅いこともあり、どうしたら征明に喜んでもらえるのかが、まだ自分には分からない。
ならば、だからこそ素直に。
ありのままに、感謝や気持ちを伝えてみよう。
あなたがいてくれたから、変われたのだ。
その気持ちを忘れずに、持ち続けていこう。
それがきっと、彼の望む『変わらず』に繋っていくような気がするのだ。
「……はい! えっと、たくさん食べていいですか? 実は私も、お腹がペコペコで」
笑いながらそう尋ねれば、征明はほっとした表情で頷いてくれる。
「よかった、俺たち一緒だね。任せて! すっごく満腹笑顔になっちゃうところに連れていくから」
穏やかな表情を見せ、征明は運転席へと向かっていく。
その後ろ姿を眺め、希美は思うのだ。
彼は、自身への認識や態度が変わることを、恐れている。
希美には知られたくない一面。
それを隠し持っているということであろうか。
だが一方で、そんな自分を認めてもらいたい。
あの時の寂しげな表情からは、そんな矛盾した思いも感じられるのだ。
出来ることならば、その姿を希美にも見せてほしい。
彼によって自分は、たくさんの気づきと笑顔を生まれさせることが出来た。
今もそれはこうして、自分の中で芽生え、成長の糧として息づいている。
彼の希美に対する理解が、自分へと一歩踏み進めてくれたことが、この成長を促してくれたのだ。
自分も彼にとって、そういう存在でありたいと思う。
だが今の希美では、まだ彼がそれを許せるまでには近づけていないようだ。
ならば、いつか話してもらえるように、彼がそう思えるように。
変わらない姿を、素直な気持ちを届けていこう、見てもらおう。
手のひらへと、希美は視線を向ける。
彼と比べれば、この手はとても頼りなく、小さなものだ。
けれども精一杯、彼へと伸ばしていってみよう。
そうすれば、きっと。
ぐっと手を握りしめ、希美は呟く。
「私、……頑張ってみますから」
いつか、ありのままの彼と話をして、向き合うことが出来る。
その日に、この手が届くはずだと信じて。




