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打木希美は前を向く  作者: とは
第二章

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22/30

その手は振り払えない

「あっ、見つけた! ()ちゃ~ん、お待たせしました!」


 快活な声と共に、征明(まさあき)が希美の元へと近づいてくる。

 すぐさま希美は立ち上がると、征明へと駆け出していく。


浦元(うらもと)さん、よかった。あの、怪我とかはしていませんか」

「うん、俺はあのおじさんと話をしただけだから。それでえっと、あの人についてなんだけど。希美ちゃんは、職員さん達に話とかしてる、……よね?」


 不安そうに尋ねてくる征明に、希美は首を横に振る。


「いいえ、何も話していません。お二人と相談してからの方がいいかと思って」

「そっか。こんな言い方はよくないんだけど、正直ちょっと安心したよ」


 話さずにいて、よかったようだ。

 改めてその認識をしつつ、征明へと希美は答えていく。 


「正当防衛ではあったのですが、確認してからの方がいいと考えました。ところで、一水(いっすい)さんの姿が見当たらないのですが」


 征明が歩いてきた方向を見やるも、信利が現れる様子はない。


「ま、まさか。あの時に私をかばった怪我で、動けなくなっているとか!」


 たまらずそのまま走り出せば、後ろから「大丈夫だよ」と声が聞こえてくる。

 振り返れば、征明が苦笑いをしながら、自分へと手招きをしているのが見えた。


「心配しないで。いつものやつというか今、風にあたって心を落ち着かせているだけだから。ほら、俺と会った時もそうだったでしょ?」

「あぁ、確かに。一水さんはそうやって心のリセットをすると言っていましたね」


 征明と初めて出会った店での出来事を、希美は思い返していく。


「希美ちゃんにとっても、兄ちゃんの行動は予想外だったでしょ? 多分、そんな姿を見られたことで動揺しちゃったんだと思う。もう少ししたら、ここに来るだろうから心配しないで。それで、さっきの話なんだけど」


 ためらいがちに、征明は言葉を続ける。


「あのおじさんだけど、反省はしていてね。本来は警察とか、ここの人達に引き渡すのがいいとは分かってるんだ。けど兄ちゃんの反撃で、まあまあな怪我しちゃって。そのこともあって、お互いに相殺ということで話を決着させたいと思っているんだ。一応こちらは、相手の住所や名前を免許証で確認している。それでこの件にこれ以上、希美ちゃんを巻き込みたくない」


 唇をかみしめ、征明が目を伏せる。


「……だから、相手の情報は教えられない。あんな怖い思いをさせておいて、酷いことを言っているとは思うけど」

「そんな! むしろ迷惑をかけたのは私です。最初に話しかけられた時に、相手にせず事務所に向かえばよかったのですから」


 思えば、自分が缶ケースを使い、相手の真意を探ろうとしたのが発端ではないか。

 申し訳なさに、希美は顔をうつむかせる。


「希美ちゃん。それについては、あまり気にしないで。まさかあんな展開になるなんて、誰も想像できなかったでしょう? だからね」


 ぽんと肩をたたかれ、希美は顔を上げる。


「お互いに、『ごめんなさい』で終わらせようよ。まずは俺からね、怖い思いをさせてごめんなさい」


 希美に向けて征明は頭を下げると、にっと笑いかけてくる。


「次は希美ちゃんだよ。そうだな、『こんな素敵な浦元さんの魅力に、今まで気づけずにごめんなさい』でどうだろう?」 

「え? えっと……」


 まさかの発言に、希美は戸惑う。

 随分とふざけた言葉だが、これは自分が落ち込まないようにという配慮だ。

 その優しさに、今回は甘えさせてもらおう。

 希美は、征明を見上げ大きくうなずいてみせた。


「はい。ではいきます! こんな……」


 ところがいざ話し出そうとすると、言葉の意味を意識せずにはいられない。

 動揺もあり、実にたどたどしい言い方で、希美は征明へと話しかけていってしまう。


「こんな、すてきな、うっ、うらもとさんのみりょ……」

「ちょっと待って。なんでそんな、言葉を覚えたての子供みたいになっているの?」

「す、すみません。なんだか照れが出てしまって」


 自分のおかしな言動を説明するという行為に、希美の頬はどんどん熱くなっていく。

 そんな自分に、彼はくすくすと笑いながら言うのだ。


「やっぱり希美ちゃんは、他の子とは違うよね。初めに兄ちゃんといた時にも思ったんだ。この人なら兄ちゃんを変えることが出来るんじゃないかって」

「変える、ですか?」

「うん、そう。希美ちゃんに会ってから、兄ちゃんすごくいい方向に変わってるんだよ」

「そうなのですか。でもそれは私だからというわけではなく、一水さんが努力をしているからだと思いますよ」


 けれどももし、自分の存在が影響していてくれたら。

 そんなことを思い小さく微笑めば、同じように征明も笑顔を返してくれる。


「兄ちゃんだけじゃないんだ。俺も希美ちゃんから、たくさんの気づきをもらえている。それが嬉しくて。だから会えるのが本当に楽しくて」


 征明の手が希美へと向かい、そっと頬を撫でてくる。


「今までの自分から解放されて、新しい自分になれるんじゃないか。そんな期待を、……してしまうんだ」


 これまでされたことのない行動に、驚いたということもある。

 だが、すがるようなまなざしがあまりにも寂し気で。

 声を出すことも出来ず、希美は征明をただ見つめることしかできない。

 やがて名残惜(なごりお)しそうに彼は手を下ろすと、希美の後ろへと声を掛ける。


「おかえり。少しは落ち着いた?」

「あぁ、……少しだけだがな」


 聞き覚えのある、だがどこまでも冷たい声に、思わず希美は振り返っていく。

 視線の先では信利が、硬い表情を浮かべ、自分たち二人を見つめていた。

 だが征明の方にばかり視線を向け、彼は自分とは目を合わそうともしない。


「い、一水さん?」


 動揺から、震えた声が出てしまった。

 そんな自分に信利は、はっと顔色を変える。


「も~、兄ちゃんってばいつまで待たせんのさ。俺、お腹がぺっこぺこなんだけど~」


 重苦しい空気をとりはらうように、明るい口調で征明が信利へと歩み寄ると、背中をぐいぐいと押していく。


「征明、私はこのまま帰らせてもら……、ってうわぁ!」

「い~や~で~すぅ! さ、希美ちゃん着いてきてね~、レッツゴー!」


 征明に促されるまま、希美は足を動かす。

 先程の信利の態度は、自分を避けていたのではなかろうか。

 その不安を抱えつつ、希美は彼らの後を追うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 征明も信利も希美ちゃんの事をしっかり思ってくれているようで。 だけど信利の行動は希美ちゃんに不安な思いを残したようですね。 三人の今後追わさせていただきます!
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