だから自分は足を止めない
「大丈夫ですか? なんだか顔色が良くないですけれども」
公園の職員の声掛けに、希美は笑顔を作り「大丈夫です」と答えていく。
「お嬢さんは、こちらでお預かりしますね」
「はい、よろしくお願いします。あんちゃん、また遊ぼうね」
声を掛ければ、寝起きでぼんやりとしながらも、小さな可愛らしい手を少女はこちらへと振ってくれる。
すぐに受け入れてくれたこと。
彼女の服装や名前を聞き、事務所内の職員達のざわめく様子に、すでに保護者からの問い合わせが来ているのだと希美は察する。
もうこれで、彼女は大丈夫だ。
眠っていたこともあり、この子が怖い思いをせずに済んだことに改めて安堵する。
自分のすべきことを、まずは一つ果たせた。
あとは、男性のことを話すべきかということだが。
「では私は失礼します。親御さんに、よろしくお伝えください」
ひとまずは語ることなく、希美はその場を離れることにする。
先に暴力を振るわれたとはいえ、信利も反撃していた。
すぐに激昂した態度や行動から考えるに、あの男性は嘘をつく可能性が高い。
『一方的に信利に暴力を振るわれた』
ありもしないこんな偽証をされれば、目撃者もいない状況は自分達に不利となってしまう。
さらに信利達が、大ごとになるのを望んでいないとしたら。
まずは、二人の意思を確認してから判断した方がいい。
そう結論を出し、希美は足を進めていく。
少し歩いた先にベンチを見つけ、そこへと腰かける。
心を落ち着かせようと目を閉じ、彼らが来るのを待つ。
「私は約束を守りましたよ。……浦元さん、次はあなたの番ですからね」
希美はそう呟き、征明と交わした会話を思い返していく。
◇◇◇◇◇◇
征明に半ば抱えられるようにして、眠り続けている少女の元へとたどり着いてすぐのことだ。
少女を指さしながら、征明が希美へと早口で話し始める。
「希美ちゃん、あんちゃんを連れて、このまま事務所まで向かってほしい。兄ちゃんを見て分かると思うけど、俺達けっこう強いんだ。だから心配しないで」
彼と共に視線を向けた先では、倒れた男の傍らで信利がしゃがみ込んでいるのが見える。
「いろんなことは、あとで必ず説明するから、……どうか、お願い」
申し訳なさそうに、征明は目を伏せる。
彼とて希美がいなければ、すぐに信利の元に向かいたいはずだ。
ならば自分は、今できることを。
眠り続けている少女を抱きかかえ、希美は征明へと頷いてみせる。
「……分かりました。事務所で先に待ってます。でも、約束してください。二人が必ず私を、迎えにきてくれると」
震え声で伝えれば、彼は一瞬、驚いた顔をこちらへと向ける。
「そっか、……『迎えに』かぁ。うん、ありがとう。約束するからね」
どうしたことか、感謝の言葉と共に、彼は希美の頭を撫でてくるのだ。
予想外の行動に、思わず裏返った声で反応してしまう。
「ひゃあっ! わっ、私は浦元さんよりお姉さんなんですよ!」
「あっれー、そうだったっけ。じゃあさ、お姉さん」
征明は希美の肩へと手を置き、くるりと希美の体を事務所の方へと向けさせる。
「一度も振り返らずに、そのまま事務所に入ってね。あんちゃんのこと、お願い」
信利同様に背中を軽く叩かれ、希美は走り出す。
動かすのは足と、振り返りたいという思いを抑える心。
『この子を安全な場所へ届ける』
『彼らが迎えに来るのを待つ』
この二つの約束を守るため。
自分に出来ると託してくれた、彼の思いに応えたい。
だから希美は願い、待つのだ。
彼ら二人は必ず自分を、『迎え』に来てくれると信じて。




