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打木希美は前を向く  作者: とは
第二章

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20/30

彼らは何も知らなくていい

 信利(のぶとし)が管理事務所への階段を下りていくのを征明(まさあき)は笑顔で見送る。

 ここまで離れていれば、もう大丈夫だ。

 征明は笑顔を消し、スマホの画面へと目を落としていく。

 従兄へと暴力をふるった愚かな男は、いまだに自身の服へと仕込まれた存在に気づかず、移動を続けていた。

 合わせて、この情報を共有している何人かの『お友達』から、男を追っているという報告が上がってきている。


「ふぅん。これならば今日中には、ある程度は分かりそう。持つべきものはやはり友達ってやつかねぇ」


 淡々と語りながら、万が一の時に協力を仰ごうとしていた女性のことを思う。

 信利が殴られたと聞いたら、あの人はどれだけ激高することか。

 どれだけの早さで男は捕まり、そして、どのような(つぐな)いをすることになるのだろう。


「やっぱり行方不明にでもなるのかねぇ。……母さんみたいに」

 

 母、という単語を口にしたことで軽い吐き気を催し、征明はその場にしゃがみ込む。

『時の経過』という薬をもってしても、この感情の揺さぶりを無くすことは出来ない。


「ははっ、未だにこんなふうだもん。……まいっちゃうね」


 気分はすぐれないが、いつまでもここに留まり、信利達に戻ってこられてはまずい。

 立ち上がり、動くことに問題がないのを確認すると、事務所へと足を進めて行く。

 坂を下りている途中で、手に持ったスマホからの振動に、征明は画面へと目を向けた。

 不鮮明ながらに映し出されたのは、征明が探しているあの男の姿。

 歪んだ笑みを浮かべ、引き続き男の追跡と情報の共有、そして有用な情報を提供した者には十分な謝礼を出すことを伝えておく。

 

「逃がすわけないだろう。自分のしでかした行動に後悔するがいい」


 低く、いら立った自分の声に、今のままの表情で向かうべきではないことを悟る。

 空いた手で口元をなぞり、その笑みを消すと、穏やかな顔つきである『いつも通りの好青年』へ。

 信利達が見知った『浦元(うらもと)征明まさあき』へと自分を変えていく。

 

「うーん、昼飯はお好み焼きってことになっていたけど。あれだけのことがあったし、やっぱ今日は無しかなぁ」


 征明としては、中止になろうがこのまま食べに行こうが、さして興味はない。


 何かを期待した時に、それがなされなかった際の失望は大きい。

 ましてや自分は、それを望むことすら許されぬ環境で生きてきた。

 だから自分は期待しない、願いなど持つ必要もない。


 ――そのはずだったのに。


 このまま今日、彼らと別れてしまうのが、どうしてだか名残惜しくて。

 二人と一緒に、もう少しだけ過ごすことが出来たら。

 そんな思いを、つい抱いてしまうのだ。


 とはいえ、それを決めるのは自分ではない。

 幼い頃のように期待をして、傷つくのはもうごめんだ。

 いつもとは異なる思考に傾く自分をとどめようと、征明は目を閉じうつむく。


 判断するのは、あの二人。

 でも、もし……。


「もし、俺に決めてもいいよって言ってくれたら」


 黙々と食べ続ける信利。

 対して希美は、一口ごとに目を輝かせていくのだ。

 そんな彼らの前で、笑っている自分の姿が頭の中に浮かんでしまう。

 

「困ったね。やっぱ、我慢すんの無理じゃん」

 

 その光景が見たい。

 もはやそう願う自分を、征明は自覚せざるを得ない。

 だから。


「俺はいきたい。そう言うくらい、……いいよね」


 ――はい、もちろんですよ。


 希美ならば、そう答えてくれるのではないか。

 そんな勝手な想像をしてしまう自分に、苦笑いが浮かぶ。

 

「でもさ、期待しちゃうじゃん。『約束』なんて言われたら」


 あの子は、征明が来るのを待っていると言ってくれた。

 あたたかな日差しのように、絶えることなく、いつまでも柔らかく。

 何の見返りも求めず、ただ純粋に彼女は優しさを分けてくれる。


『言葉は耳ではなく、心へと響き、届くもの』


 語らずともそれを、彼女は自分へと教えてくれるのだ。


「うん、では『迎え』に行きますか」


 自分の口から出たとは思えない、予想外に弾んだ声。

 その感情に戸惑いつつも、自分を待つ二人の元へと急ぐ。

 早く顔が見たい、声が聞きたい。

 だって彼らは自分を受け入れ、笑顔にする言葉をくれる。


『生まれて来なければ』

『お前なんていらない』


 そんな言葉を、二人は決して口にしない。 


 素直に笑い、過ごしていく。

 それでいいのだと、彼らは認めてくれるのだ。


 だから自分も、認めようではないか。

 二人と会うことは、征明にとって大切であり、守りたい時間であるということを。


 だが同時に、征明は気づいている。

 この幸せは、そう長く続かないということを。

 そしてそれを、信利も感じているということも。

 いずれはあの人に希美の存在を気付かれ、こうして三人で会うことも出来なくなるだろう。


 悔しいが今の自分では、あの人に逆らう力はない。

 だからせめてその時が来るまでは、『ただの大学生』として。

 何も知らない二人の前では「世話の焼ける従弟」であり、「仲良くなった友達」として過ごしていきたいのだ。

 だからそれを邪魔する奴は許さない。

 それを妨げるようであれば。

 再びスマホへと目を向ければ、『男の確保完了』という文字が通知欄に出ている。


『自分が行くまで、「優しくわかりやすく」話をしておいて』


 そう返信を入れておき、征明は再び歩き始めていく。 


「俺の手が届く範囲の邪魔する奴は、いなくなってもらわなきゃ。それもなるべく早めにね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 征明の考えとは!? これはただ事ではなさそうな雰囲気ですね!? 希美ちゃんもどうなってしまうのか!? 続きも楽しみです!(´▽`)
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