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打木希美は前を向く  作者: とは
第一章

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思いを告げるのはたやすいことではない

 打木(うちき)希美きみには、やり遂げたいことがあった。

 そう、それは告白である。


 希美は努力と某社の協力もあり、片思いの相手である一水(いっすい)信利のぶとしへ思いを告げることを決意した。

 その際に提案された、信利の心を確実に手に入れることが出来るという「お射止めプラン」。

 これにはかなり、心を惹かれた。


 正直なことを言えば、頼ってしまいたい。

 だが内容を聞けば、断られた瞬間に相手を気絶させ、告白を受け入れたと思い込ませる作戦だというではないか。

 普通に考えれば、成功するとは思えない。

 だが今日の出来事を見るに、この会社はそれすら可能である力を持ち合わせていそうなのだ。

 真加瀬(まかせ)の会社の力に、ひそかに希美は(おのの)く。


 それに信利を巻き込むというのは、あまりに心苦しい。

 後ろ髪をひかれながらも、自身の力でやり遂げたいと真加瀬に伝えていく。

 

「そうですか。私どもにお力添えが出来る事があれば、いつでもおっしゃってくださいね」


 その言葉と共に、缶ケースとぬいぐるみを渡される。


「弊社のノベルティグッツです。参加のお礼として、よろしければお使いください」


 穏やかな口調でそう語る彼女に見送られ、希美は信利に話をしたいことがあると連絡を入れた。

 待ち合わせ場所は、彼の会社の近くの公園。

 お守りのようにチョコが入った袋を抱え、ベンチに座って彼が来るのを待つ。

 公園とやって来た信利は、希美を見つけると硬い表情を向けてきた。


 会社の取引先の人物である信利とは、今までの臆病だった性格もあり、あまり話す機会はなかった。

 だが、呼び出した理由は察しているのだろう。

 ベンチで待つ希美を見つけ、笑顔を見せることなく彼はこちらへと向かってくる。


 礼儀正しく、冷静な態度を崩さない信利は、希美の会社の女性陣にも人気が高い。

 すらりとした長身で、端正な顔立ち。

 切れ長の一重の目で眼鏡越しに見つめられ、その視線に見惚ない女性などいない。

 初対面の女性が、思わず動きを止め、見入ってしまうことから、羨望や嫉妬を込め、一部の男性からは『氷像職人』なとど呼ばれているという。

 仕事はきちんとこなす一方で、好んで人と接することはなく、感情の起伏をほとんど見せることがない。

 そういった彼の性格もあり、その呼び名は社内外問わず認識されているほどだ。


 対して自分は、これといった特徴もない存在。

 幸いにして、容姿でひどいことは言われたことはないので、及第点には達しているとは思う。

 親しい友人や家族からは、「もっと他の人にも、自分達に見せる姿で接すればいいのに」とは言われてはいるのだ。

 それでもこの臆病な性格が災いし、いつも顔をうつむかせてしまう。

 自分の告白が、受け入れられる可能性は低い。

 それはもちろん、理解はしているのだ。


 さらに言えば、彼は希美の知る限り、女性からの誘いや告白をすべて断りつづけている男性でもある。


『つきあっている相手はいません。ですが自分は、あなたにふさわしい存在ではないのです』


 そう言われた女性の話を、希美も何度か耳にしている。

 信利の前に立ち、深々と頭を下げ思いを告げれば、彼から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


「気持ちは嬉しいです。ですが自分は、あなたにふさわしい存在では、……にゃ?」

「きゃぁっ! な、何っ?」


 信利の言葉の途中で、前屈の体勢となっている希美の背中へ何かが飛び乗った。

 希美が思わず声を出すと同時に、猫のような言葉を発しながら、視線の端に映る信利の足が後ろへと下がっていく。

 何事かと顔を上げた希美は、再び驚きの声を上げた。

 信利の顔に、猫がいる。

 いや、正しくは希美の背中を踏み台にして、猫が信利の顔に飛びついたのだ。


 猫を張り付けたまま、信利は後ろへと倒れこんでいく。 

 ドンという音に我に返れば、悠々と去っていく猫と、あおむけになって呆然としている彼の姿があった。


「大変っ、大丈夫ですか!」


 慌てて駆け寄り、ベンチへと信利を座らせる。

 幸い公園という場所で、固い地面ではなかったこともあり、大きなけがはない。

 だが倒れこみ、頭を打っていることはどうも心配だ。


「ぶつけたところは、冷やした方がいいよね。……そうだ、もしかしたら!」


 真加瀬から渡された生チョコが入っている保冷バッグを開き、中をのぞき込んでいく。


「よかった。やっぱり入ってる」


 バッグの中に保冷剤があるのを確認した希美は、それを自分のハンカチに(くる)み信利へと手渡す。


「ぶつけたところに、それを当てておいてください。すぐに戻るので、ちょっと待っていてくださいね」


 希美は近くにある自販機へと走っていく。

 万が一、気分が悪くなった時のためにと、ミネラルウォーターを買いベンチへと戻る。

 様子を見ながらかいがいしく手当てをする希美に、断るタイミングを逸してしまった。

 そんな表情で、ためらいがちに彼は礼を述べてくる。

 

「その、……ありがとうございます。仕事先での姿と違うので、なんだか驚いてしまいますね」

「そ、そうでしたか。あの、出血や腫れもないようですし、とりあえずは大丈夫だとは思います。ですが、体調の急変があるとも限りません。誰かが、一水さんの傍にいてくれると安心なのですけれども、ご自宅には……」

「あぁ、自分は一人暮らしです。ですので、帰っても誰もいません」

「そうでしたか。だったら会社に戻っていただいて様子をみる? う~ん、それもなぁ」


 心配そうに語る希美に、信利は「でしたら」と声を掛けてくる。


「これだけお世話になったのです。自分は今日、仕事もほぼ終えております。この後、手当のお礼も兼ねて、どこか食事でもどうでしょうか? そうすれば自分の経過観察も出来ますし、何かあっても打木さんに相談できますよね」


 信利の提案は、希美にとってとても嬉しい提案だ。

 返事をしなければいけないのは分かっている。

 それなのに、彼の困りながらも提案してくる顔につい見惚れてしまい、言葉が出てこない。 


「打木さん、どうかされましたか?」

「は、はいぃ! そうですね」


 自分の名を呼ばれ、ようやく出てきた声はみっともなく裏返ってしまった。

 こちらとしては、その原因の猫の踏み台になってしまった負い目がある。

 後ろめたさと、まだ彼の顔をまっすぐに見れない思いから、希美はうつむきながら返事をしてしまう。 


「確かに、いいご提案だと思います。ですが……」

「あっ! ……いや、こちらこそ申し訳ないことを。そうですよね、急に誘われたって用事もあるだろうに。勝手なことを言ってしま……」


 不意に途切れた言葉に、希美は顔を上げた。

 戸惑いの表情を浮かべ、口元へと手をあてた信利が、こちらを見つめながら再び口を開く。


「その、……申し訳ない。普段の自分であれば、こんなふうに積極的に人を誘うなどしないというのに。そのせいで、あなたを驚かせてしまったのではないかと」


 彼の頬が、ほんのりと赤い。

 普段の自分であれば、決して見ることがなかったはずのその姿。

 彼を見上げながら、希美は気づくのだ。


 かつてはうつむいてばかりで、『相手を見る』ことなど出来ていなかった。

 こうして今までも、自分は出会ってきた人たちの知らない一面。

 そんな大切な機会を見つけることも、たくさん逃してきていたのではないかと。


 このままでは、いつもと変わらない自分のままで終わってしまう。

 彼を知るきっかけを、新しい一面を見せてもらえるための行動を今こそ。

 ぐっとこぶしを握り、顔を上げた希美は信利へと答えていく。 


「いっ、行きたいです! 私っ、一水さんとご飯に、とても行ってみたいです!」


 言えた。

 緊張とあふれる思いがまじり、ひどくたどたどしい言葉となってしまった。

 それでも、素直に自分の気持ちを伝えることが出来たのだ。

 思わずこぼれた笑みに、信利の表情が同じように柔らかくなっていくのを希美は見つめる。 

 仕事の時の笑顔とは違う、感情のままに笑うその姿は、希美が初めて見るものだ。


 勇気を出してみてよかった。

 踏み出せた行動のおかげで、こんな優しい顔をしている彼の一面が知れたのだから。

 嬉しいながらも、ずっと気になっていることを希美は口にする。


「ですが、私があの体勢になったから、猫がいい踏み台だと思って一水さんに突撃していましたよね。当初のきっかけとなってしまった踏み台代といいますか、慰謝料と言いますか……」


 希美の言葉に、信利は目を丸くすると、やがてくすくすと笑いだす。


「ちょっと待ってください。踏み台代とか慰謝料って。ふつうそんな言葉、ここでは出てこないでしょう。打木さんって、話したらとても面白い人なんですね」

「面白いですか? そんなふうに言ってもらえたのは私、初めてかもしれません」


 そもそも家族以外と、こんなに話すのは初めてと言ってもいいくらいなのだ。

 その事実に気づいた気恥しさに頬が熱くなり、思わず両手を頬へと当てる。

 その仕草(しぐさ)を、信利は目を細めながら見つめてきた。


「では打木さん、改めて私から一つ提案を」


 人差し指をまっすぐに伸ばし、彼は告げる。


「さっきの自分の変な声。あれを忘れてもらう条件として、食事につきあっていただけませんか? そうですね、打木さんのように言うのであれば、『口止め料』とでも呼びましょうか」


 希美の脳裏に、猫のゆらゆらと揺れる尻尾と、「にゃ」と声を出している信利の姿が浮かび上がる。


「ぷふぅ。わ、分かりました。そのお話、受け入れさせていただきます」


 返事にホッとした表情を見せた信利が、希美の手に握られた保冷バッグへと視線を向ける。


「ところで先程、そこから保冷剤を出していましたよね。自分のせいで、中のものが痛んでしまうのでは?」


 申し訳なさそうに尋ねてくる信利の声に、希美にある考えが浮かぶ。


「そうだ! 実はこれ生チョコが入っているんです。もし一水さんがよければなんですが、ここで一緒に食べてくれませんか? 美味しさは保証しますので!」


 突然の申し出にもかかわらず、信利はうなずいてくれた。

 真加瀬の準備はたいしたもので、包装を開ければ二つのピックが入っている。

 こうなることまで予測していたのだろうか。

 さすがにそれはないと心の中で苦笑いをしながら、二人で並んでベンチへと腰掛ける。


 甘くて苦い、ふわりと広がるココアの味は、まるで今日の出来事のようだ。

 彼の隣で過ごせる時間と、美味しいチョコレート。

 二つの幸せをゆっくりと味わいながら、希美は爽やかな気持ちで空を見上げていくのだった。

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