思いを告げるのはたやすいことではない
打木希美には、やり遂げたいことがあった。
そう、それは告白である。
希美は努力と某社の協力もあり、片思いの相手である一水信利へ思いを告げることを決意した。
その際に提案された、信利の心を確実に手に入れることが出来るという「お射止めプラン」。
これにはかなり、心を惹かれた。
正直なことを言えば、頼ってしまいたい。
だが内容を聞けば、断られた瞬間に相手を気絶させ、告白を受け入れたと思い込ませる作戦だというではないか。
普通に考えれば、成功するとは思えない。
だが今日の出来事を見るに、この会社はそれすら可能である力を持ち合わせていそうなのだ。
真加瀬の会社の力に、ひそかに希美は慄く。
それに信利を巻き込むというのは、あまりに心苦しい。
後ろ髪をひかれながらも、自身の力でやり遂げたいと真加瀬に伝えていく。
「そうですか。私どもにお力添えが出来る事があれば、いつでもおっしゃってくださいね」
その言葉と共に、缶ケースとぬいぐるみを渡される。
「弊社のノベルティグッツです。参加のお礼として、よろしければお使いください」
穏やかな口調でそう語る彼女に見送られ、希美は信利に話をしたいことがあると連絡を入れた。
待ち合わせ場所は、彼の会社の近くの公園。
お守りのようにチョコが入った袋を抱え、ベンチに座って彼が来るのを待つ。
公園とやって来た信利は、希美を見つけると硬い表情を向けてきた。
会社の取引先の人物である信利とは、今までの臆病だった性格もあり、あまり話す機会はなかった。
だが、呼び出した理由は察しているのだろう。
ベンチで待つ希美を見つけ、笑顔を見せることなく彼はこちらへと向かってくる。
礼儀正しく、冷静な態度を崩さない信利は、希美の会社の女性陣にも人気が高い。
すらりとした長身で、端正な顔立ち。
切れ長の一重の目で眼鏡越しに見つめられ、その視線に見惚ない女性などいない。
初対面の女性が、思わず動きを止め、見入ってしまうことから、羨望や嫉妬を込め、一部の男性からは『氷像職人』なとど呼ばれているという。
仕事はきちんとこなす一方で、好んで人と接することはなく、感情の起伏をほとんど見せることがない。
そういった彼の性格もあり、その呼び名は社内外問わず認識されているほどだ。
対して自分は、これといった特徴もない存在。
幸いにして、容姿でひどいことは言われたことはないので、及第点には達しているとは思う。
親しい友人や家族からは、「もっと他の人にも、自分達に見せる姿で接すればいいのに」とは言われてはいるのだ。
それでもこの臆病な性格が災いし、いつも顔をうつむかせてしまう。
自分の告白が、受け入れられる可能性は低い。
それはもちろん、理解はしているのだ。
さらに言えば、彼は希美の知る限り、女性からの誘いや告白をすべて断りつづけている男性でもある。
『つきあっている相手はいません。ですが自分は、あなたにふさわしい存在ではないのです』
そう言われた女性の話を、希美も何度か耳にしている。
信利の前に立ち、深々と頭を下げ思いを告げれば、彼から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「気持ちは嬉しいです。ですが自分は、あなたにふさわしい存在では、……にゃ?」
「きゃぁっ! な、何っ?」
信利の言葉の途中で、前屈の体勢となっている希美の背中へ何かが飛び乗った。
希美が思わず声を出すと同時に、猫のような言葉を発しながら、視線の端に映る信利の足が後ろへと下がっていく。
何事かと顔を上げた希美は、再び驚きの声を上げた。
信利の顔に、猫がいる。
いや、正しくは希美の背中を踏み台にして、猫が信利の顔に飛びついたのだ。
猫を張り付けたまま、信利は後ろへと倒れこんでいく。
ドンという音に我に返れば、悠々と去っていく猫と、あおむけになって呆然としている彼の姿があった。
「大変っ、大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄り、ベンチへと信利を座らせる。
幸い公園という場所で、固い地面ではなかったこともあり、大きなけがはない。
だが倒れこみ、頭を打っていることはどうも心配だ。
「ぶつけたところは、冷やした方がいいよね。……そうだ、もしかしたら!」
真加瀬から渡された生チョコが入っている保冷バッグを開き、中をのぞき込んでいく。
「よかった。やっぱり入ってる」
バッグの中に保冷剤があるのを確認した希美は、それを自分のハンカチに包み信利へと手渡す。
「ぶつけたところに、それを当てておいてください。すぐに戻るので、ちょっと待っていてくださいね」
希美は近くにある自販機へと走っていく。
万が一、気分が悪くなった時のためにと、ミネラルウォーターを買いベンチへと戻る。
様子を見ながらかいがいしく手当てをする希美に、断るタイミングを逸してしまった。
そんな表情で、ためらいがちに彼は礼を述べてくる。
「その、……ありがとうございます。仕事先での姿と違うので、なんだか驚いてしまいますね」
「そ、そうでしたか。あの、出血や腫れもないようですし、とりあえずは大丈夫だとは思います。ですが、体調の急変があるとも限りません。誰かが、一水さんの傍にいてくれると安心なのですけれども、ご自宅には……」
「あぁ、自分は一人暮らしです。ですので、帰っても誰もいません」
「そうでしたか。だったら会社に戻っていただいて様子をみる? う~ん、それもなぁ」
心配そうに語る希美に、信利は「でしたら」と声を掛けてくる。
「これだけお世話になったのです。自分は今日、仕事もほぼ終えております。この後、手当のお礼も兼ねて、どこか食事でもどうでしょうか? そうすれば自分の経過観察も出来ますし、何かあっても打木さんに相談できますよね」
信利の提案は、希美にとってとても嬉しい提案だ。
返事をしなければいけないのは分かっている。
それなのに、彼の困りながらも提案してくる顔につい見惚れてしまい、言葉が出てこない。
「打木さん、どうかされましたか?」
「は、はいぃ! そうですね」
自分の名を呼ばれ、ようやく出てきた声はみっともなく裏返ってしまった。
こちらとしては、その原因の猫の踏み台になってしまった負い目がある。
後ろめたさと、まだ彼の顔をまっすぐに見れない思いから、希美はうつむきながら返事をしてしまう。
「確かに、いいご提案だと思います。ですが……」
「あっ! ……いや、こちらこそ申し訳ないことを。そうですよね、急に誘われたって用事もあるだろうに。勝手なことを言ってしま……」
不意に途切れた言葉に、希美は顔を上げた。
戸惑いの表情を浮かべ、口元へと手をあてた信利が、こちらを見つめながら再び口を開く。
「その、……申し訳ない。普段の自分であれば、こんなふうに積極的に人を誘うなどしないというのに。そのせいで、あなたを驚かせてしまったのではないかと」
彼の頬が、ほんのりと赤い。
普段の自分であれば、決して見ることがなかったはずのその姿。
彼を見上げながら、希美は気づくのだ。
かつてはうつむいてばかりで、『相手を見る』ことなど出来ていなかった。
こうして今までも、自分は出会ってきた人たちの知らない一面。
そんな大切な機会を見つけることも、たくさん逃してきていたのではないかと。
このままでは、いつもと変わらない自分のままで終わってしまう。
彼を知るきっかけを、新しい一面を見せてもらえるための行動を今こそ。
ぐっとこぶしを握り、顔を上げた希美は信利へと答えていく。
「いっ、行きたいです! 私っ、一水さんとご飯に、とても行ってみたいです!」
言えた。
緊張とあふれる思いがまじり、ひどくたどたどしい言葉となってしまった。
それでも、素直に自分の気持ちを伝えることが出来たのだ。
思わずこぼれた笑みに、信利の表情が同じように柔らかくなっていくのを希美は見つめる。
仕事の時の笑顔とは違う、感情のままに笑うその姿は、希美が初めて見るものだ。
勇気を出してみてよかった。
踏み出せた行動のおかげで、こんな優しい顔をしている彼の一面が知れたのだから。
嬉しいながらも、ずっと気になっていることを希美は口にする。
「ですが、私があの体勢になったから、猫がいい踏み台だと思って一水さんに突撃していましたよね。当初のきっかけとなってしまった踏み台代といいますか、慰謝料と言いますか……」
希美の言葉に、信利は目を丸くすると、やがてくすくすと笑いだす。
「ちょっと待ってください。踏み台代とか慰謝料って。ふつうそんな言葉、ここでは出てこないでしょう。打木さんって、話したらとても面白い人なんですね」
「面白いですか? そんなふうに言ってもらえたのは私、初めてかもしれません」
そもそも家族以外と、こんなに話すのは初めてと言ってもいいくらいなのだ。
その事実に気づいた気恥しさに頬が熱くなり、思わず両手を頬へと当てる。
その仕草を、信利は目を細めながら見つめてきた。
「では打木さん、改めて私から一つ提案を」
人差し指をまっすぐに伸ばし、彼は告げる。
「さっきの自分の変な声。あれを忘れてもらう条件として、食事につきあっていただけませんか? そうですね、打木さんのように言うのであれば、『口止め料』とでも呼びましょうか」
希美の脳裏に、猫のゆらゆらと揺れる尻尾と、「にゃ」と声を出している信利の姿が浮かび上がる。
「ぷふぅ。わ、分かりました。そのお話、受け入れさせていただきます」
返事にホッとした表情を見せた信利が、希美の手に握られた保冷バッグへと視線を向ける。
「ところで先程、そこから保冷剤を出していましたよね。自分のせいで、中のものが痛んでしまうのでは?」
申し訳なさそうに尋ねてくる信利の声に、希美にある考えが浮かぶ。
「そうだ! 実はこれ生チョコが入っているんです。もし一水さんがよければなんですが、ここで一緒に食べてくれませんか? 美味しさは保証しますので!」
突然の申し出にもかかわらず、信利はうなずいてくれた。
真加瀬の準備はたいしたもので、包装を開ければ二つのピックが入っている。
こうなることまで予測していたのだろうか。
さすがにそれはないと心の中で苦笑いをしながら、二人で並んでベンチへと腰掛ける。
甘くて苦い、ふわりと広がるココアの味は、まるで今日の出来事のようだ。
彼の隣で過ごせる時間と、美味しいチョコレート。
二つの幸せをゆっくりと味わいながら、希美は爽やかな気持ちで空を見上げていくのだった。




