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打木希美は前を向く  作者: とは
第二章

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17/30

新しい自分を見せるのは勇気がいる その5

 言葉の意味は分からないが、遊んでもらえて楽しい。

 そんな表情で迷子の少女が、たまに足をもつれさせながらも、「じゃぶじゃぶ~」と繰り返しては笑うのを信利(のぶとし)は見つめる。

 だがそのうち疲れてしまったようで、少女はぺたんと座り込むと、しきりにまばたきをし始めた。


「あんちゃん、ねむねむかな? そろそろ、おうちの人の所に帰った方がいいね」


 希美(きみ)の言葉に、こくりと頷くものの、少女は立ち上がる様子もない。

 まぶたをこすり、前へと倒れこみそうな姿に、希美があわてて隣へと寄り添う。


 周囲を見渡してみるが、この子を探している様子の人はいない。

 少女を支えている希美へと、信利は声を掛ける。


「ここではない場所で、はぐれた可能性が高そうです。征明(まさあき)、この公園の管理事務所か、警察に連れていこうと思うんだが」


 信利の言葉に、スマホで公園の案内図を確認した征明が答えてくる。


「ここから少し離れているけど、管理事務所の方が近いね。ひとまずは、そちらに向かって歩いていこうよ」

「そうだな。周りで人を探している人がいれば、それがこの子の親御さんかもしれないし」


 少女へと視線を向ければ、睡魔に抗えなかったようで、希美の肩に頭を乗せ眠ってしまっている。


「打木さん、この子を連れて管理事務所へ行こうと思います」 


 希美が頷いたのを確認し、征明が少女の前へと屈みこむ。


「じゃあ、俺があんちゃんを抱っこするよ。事務所の方に、迷子の連絡が来ているといいんだけどね」


 軽々と少女を抱え、征明は事務所のある方向へと歩き始めた。

 少女を探している人はいないかと、それぞれが周囲を見渡し、足を進めていく。

 征明の後ろを希美と並んで歩きながら、信利は二人へと話しかける。


「この公園もかなり広いからな。親御さんが探していても、なかなか見つけられないかもしれない」


 公園内には、遊具や建物がいくつも存在する。

 互いに移動をしながら探すとなれば、見つけるのは難しい。


「なにか、この子の親御さんに繋がる情報でもあればいいんだが。打木さん、この子を見つけた時の話を聞かせてもらっても?」

「あ、それは俺も聞いておきたい。探す時のヒントがあれば助かるから」


 征明が振り向いたのを機に、希美は話を始めていく。


「えっとですね。トイレでこの子が、一人で立っていたんです。でも別に泣いているわけでもないので、私はしばらく自分の傷の手当てをしていました」


 彼女がひじを持ち上げれば、傷の箇所には絆創膏(ばんそうこう)が貼られている。


「その最中に、この絆創膏を入れていたケースを出したんです。そうしたら、ケースに描いてあったイラストを、あんちゃんがすごく気に入ったみたいで」


 希美が、持っていたショルダーバッグへと手を入れる。

 バックの中から十五センチほどの缶ケースを取り出すと、彼女は笑顔でそれを自分達へと差し出してきた。


「……これは一体?」

「あれ、兄ちゃんこういうの好きじゃない? 俺は結構、好きかも~。かわいいじゃん」


 缶には、まるで子供が描いたような猫のイラストがプリントされていた。

 やる気のない表情を浮かべ、爪を出した猫からは「シャー」と声を出したふきだしが描かれている。

 イラストの下には流れるような達筆で「心の獣」と言う文字が書かれていた。


 彼女の持ち物だということ。

 加えて嬉しそうに見せてきたということは、お気に入りということではなかろうか。

 以前、征明に言われた「褒める」を今こそすべきだと、信利は頭を働かせていく。

 

「……まぁ、個性的ではあると思う。つたない感じが、子供の心を掴んだというかなんというか」


 自分なりに、好意的な意見を出せたように思う。

 だが征明の表情を見るに、合格点にはまだまだ遠いようだ。

 それでも希美は、信利の精一杯を評価してくれたようで、嬉しそうに返事をしてくれる。


「そうみたいですね。それであんちゃんとお話ししているうちに、この子は迷子だろうなぁと気づいて」


 すやすやと眠る少女へと、彼女は優しい視線を向ける。


「お名前を聞いても『あんちゃん』しか教えてもらえなくて。服や持ち物に名前がないかと、さりげなく見たのですがわからなかったんです。このまま一人にさせておくのも心配なので、お二人の所に戻ったら公園の管理事務所に連れていこう。そう思っていたのですが」


 困り顔で、希美は自分を見上げてくる。


「みんなで話しているのが、つい楽しくて。はしゃいでいるうちに、あんちゃんが眠っちゃいました。そこは要反省ですね」


 希美の説明に、征明が笑って答えていく。


「でも、結果的にはよかったんじゃないかな。迷子だって気づいて、あんちゃんが泣いちゃうよりは、眠っているうちに安全な場所で保護してもらう。俺はその方がいいって思うよ」


 優しく少女の頭を撫でながら語る征明の言葉に、希美はほっとした表情を彼へと向けた。

 それを見届けた征明は、穏やかにほほ笑むと、再び前に向き直り歩き始めていく。


 何気ない彼の一言は、彼女の元気を取り戻した。

 ありがたいと思うと同時に、それを自分が出来なかったこと。

 その事実が信利の心に、どうしたことかちりちりと痛みを与えてくる。


 何を考えているのだ。

 今は、この少女を保護者に届けることを最優先にすべきだというのに。

 小さく頭を振り、余計な思考を追い出そうと、信利は人探しに集中していく。 


 改めて周囲を気にしながら事務所へと向かうものの、やはり迷子を探している人の姿は見つけられない。 

 やがて征明が立ち止まり、少女を抱え直しながら先にある建物を指さす。


「さてっと、この階段の奥が管理事務所だよ。親御さんたち、待っていてくれたらいいね~」 


 自分たちが向かう緩やかな坂は、下りの階段へと続いている。

 階段の先は行き止まりとなっており、管理事務所があるだけだ。

 そんな状況もあり、周囲で遊んでいる子供や保護者の姿はない。


「残念ですが、ここに来るまでに、親御さんとは会えませんでしたね」


 しょんぼりとした様子で、希美が少女の寝顔をのぞき込む。

 元気のない姿に、胸が痛むと同時に、何とかしたいという気持ちが膨れ上がっていく。

 自分だって、彼女から悲しい顔をなくしたい。

 その思いで希美へと声を掛ける。


「こればかりは仕方ありませんよ。打木さんがそこまで落ち込まずとも……」


 信利はそこで言葉を止め、耳をすませる。

 後ろから聞こえてくるのは、駆けてくる足音。

 振り返れば二十代後半と思われる男性が、自分達へと向かってくるのが見えた。


「よかった、あんちゃん! どこに行ったかと思ったよ」


 両手を広げ、男性はこちらへと近づいてくる。

 少女を迎えに来てくれた。

 本来なら、そう考えるべきだろう。


 だが信利には、違和感がぬぐえない。

 自分達は彼女の保護者を探すために、周囲を見渡しながら歩いてきた。

 だから自分は()()()()()

 ここに来るまでに、この男を何度か目にしているということを。

 本当にこの子の保護者であれば、それまでに話しかけてきているはず。


 とはいえ、自分の見間違いであるということも否定できない。

 だが周りに誰もいない、このタイミングで声を掛けてきた。

 それがどうも腑に落ちない。


 征明へと視線を向ければ、男性を見据えながら、彼はゆっくりと後ろへ下がっていく。

 少女を抱える腕に力をこめ、男へと向けるのは厳しい視線。

 その行動で、征明も同じ考えであることを理解する。


 ――この男は本当に、少女の父親であろうかと。

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― 新着の感想 ―
[一言] この少女は果たしてこの男と何か関わりがあるのだろうか? 期待です(՞ ܸ. .ܸ ՞)"
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