新しい自分を見せるのは勇気がいる その5
言葉の意味は分からないが、遊んでもらえて楽しい。
そんな表情で迷子の少女が、たまに足をもつれさせながらも、「じゃぶじゃぶ~」と繰り返しては笑うのを信利は見つめる。
だがそのうち疲れてしまったようで、少女はぺたんと座り込むと、しきりにまばたきをし始めた。
「あんちゃん、ねむねむかな? そろそろ、おうちの人の所に帰った方がいいね」
希美の言葉に、こくりと頷くものの、少女は立ち上がる様子もない。
まぶたをこすり、前へと倒れこみそうな姿に、希美があわてて隣へと寄り添う。
周囲を見渡してみるが、この子を探している様子の人はいない。
少女を支えている希美へと、信利は声を掛ける。
「ここではない場所で、はぐれた可能性が高そうです。征明、この公園の管理事務所か、警察に連れていこうと思うんだが」
信利の言葉に、スマホで公園の案内図を確認した征明が答えてくる。
「ここから少し離れているけど、管理事務所の方が近いね。ひとまずは、そちらに向かって歩いていこうよ」
「そうだな。周りで人を探している人がいれば、それがこの子の親御さんかもしれないし」
少女へと視線を向ければ、睡魔に抗えなかったようで、希美の肩に頭を乗せ眠ってしまっている。
「打木さん、この子を連れて管理事務所へ行こうと思います」
希美が頷いたのを確認し、征明が少女の前へと屈みこむ。
「じゃあ、俺があんちゃんを抱っこするよ。事務所の方に、迷子の連絡が来ているといいんだけどね」
軽々と少女を抱え、征明は事務所のある方向へと歩き始めた。
少女を探している人はいないかと、それぞれが周囲を見渡し、足を進めていく。
征明の後ろを希美と並んで歩きながら、信利は二人へと話しかける。
「この公園もかなり広いからな。親御さんが探していても、なかなか見つけられないかもしれない」
公園内には、遊具や建物がいくつも存在する。
互いに移動をしながら探すとなれば、見つけるのは難しい。
「なにか、この子の親御さんに繋がる情報でもあればいいんだが。打木さん、この子を見つけた時の話を聞かせてもらっても?」
「あ、それは俺も聞いておきたい。探す時のヒントがあれば助かるから」
征明が振り向いたのを機に、希美は話を始めていく。
「えっとですね。トイレでこの子が、一人で立っていたんです。でも別に泣いているわけでもないので、私はしばらく自分の傷の手当てをしていました」
彼女がひじを持ち上げれば、傷の箇所には絆創膏が貼られている。
「その最中に、この絆創膏を入れていたケースを出したんです。そうしたら、ケースに描いてあったイラストを、あんちゃんがすごく気に入ったみたいで」
希美が、持っていたショルダーバッグへと手を入れる。
バックの中から十五センチほどの缶ケースを取り出すと、彼女は笑顔でそれを自分達へと差し出してきた。
「……これは一体?」
「あれ、兄ちゃんこういうの好きじゃない? 俺は結構、好きかも~。かわいいじゃん」
缶には、まるで子供が描いたような猫のイラストがプリントされていた。
やる気のない表情を浮かべ、爪を出した猫からは「シャー」と声を出したふきだしが描かれている。
イラストの下には流れるような達筆で「心の獣」と言う文字が書かれていた。
彼女の持ち物だということ。
加えて嬉しそうに見せてきたということは、お気に入りということではなかろうか。
以前、征明に言われた「褒める」を今こそすべきだと、信利は頭を働かせていく。
「……まぁ、個性的ではあると思う。つたない感じが、子供の心を掴んだというかなんというか」
自分なりに、好意的な意見を出せたように思う。
だが征明の表情を見るに、合格点にはまだまだ遠いようだ。
それでも希美は、信利の精一杯を評価してくれたようで、嬉しそうに返事をしてくれる。
「そうみたいですね。それであんちゃんとお話ししているうちに、この子は迷子だろうなぁと気づいて」
すやすやと眠る少女へと、彼女は優しい視線を向ける。
「お名前を聞いても『あんちゃん』しか教えてもらえなくて。服や持ち物に名前がないかと、さりげなく見たのですがわからなかったんです。このまま一人にさせておくのも心配なので、お二人の所に戻ったら公園の管理事務所に連れていこう。そう思っていたのですが」
困り顔で、希美は自分を見上げてくる。
「みんなで話しているのが、つい楽しくて。はしゃいでいるうちに、あんちゃんが眠っちゃいました。そこは要反省ですね」
希美の説明に、征明が笑って答えていく。
「でも、結果的にはよかったんじゃないかな。迷子だって気づいて、あんちゃんが泣いちゃうよりは、眠っているうちに安全な場所で保護してもらう。俺はその方がいいって思うよ」
優しく少女の頭を撫でながら語る征明の言葉に、希美はほっとした表情を彼へと向けた。
それを見届けた征明は、穏やかにほほ笑むと、再び前に向き直り歩き始めていく。
何気ない彼の一言は、彼女の元気を取り戻した。
ありがたいと思うと同時に、それを自分が出来なかったこと。
その事実が信利の心に、どうしたことかちりちりと痛みを与えてくる。
何を考えているのだ。
今は、この少女を保護者に届けることを最優先にすべきだというのに。
小さく頭を振り、余計な思考を追い出そうと、信利は人探しに集中していく。
改めて周囲を気にしながら事務所へと向かうものの、やはり迷子を探している人の姿は見つけられない。
やがて征明が立ち止まり、少女を抱え直しながら先にある建物を指さす。
「さてっと、この階段の奥が管理事務所だよ。親御さんたち、待っていてくれたらいいね~」
自分たちが向かう緩やかな坂は、下りの階段へと続いている。
階段の先は行き止まりとなっており、管理事務所があるだけだ。
そんな状況もあり、周囲で遊んでいる子供や保護者の姿はない。
「残念ですが、ここに来るまでに、親御さんとは会えませんでしたね」
しょんぼりとした様子で、希美が少女の寝顔をのぞき込む。
元気のない姿に、胸が痛むと同時に、何とかしたいという気持ちが膨れ上がっていく。
自分だって、彼女から悲しい顔をなくしたい。
その思いで希美へと声を掛ける。
「こればかりは仕方ありませんよ。打木さんがそこまで落ち込まずとも……」
信利はそこで言葉を止め、耳をすませる。
後ろから聞こえてくるのは、駆けてくる足音。
振り返れば二十代後半と思われる男性が、自分達へと向かってくるのが見えた。
「よかった、あんちゃん! どこに行ったかと思ったよ」
両手を広げ、男性はこちらへと近づいてくる。
少女を迎えに来てくれた。
本来なら、そう考えるべきだろう。
だが信利には、違和感がぬぐえない。
自分達は彼女の保護者を探すために、周囲を見渡しながら歩いてきた。
だから自分は知っている。
ここに来るまでに、この男を何度か目にしているということを。
本当にこの子の保護者であれば、それまでに話しかけてきているはず。
とはいえ、自分の見間違いであるということも否定できない。
だが周りに誰もいない、このタイミングで声を掛けてきた。
それがどうも腑に落ちない。
征明へと視線を向ければ、男性を見据えながら、彼はゆっくりと後ろへ下がっていく。
少女を抱える腕に力をこめ、男へと向けるのは厳しい視線。
その行動で、征明も同じ考えであることを理解する。
――この男は本当に、少女の父親であろうかと。




