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打木希美は前を向く  作者: とは
第二章

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新しい自分を見せるのは勇気がいる その4

「この子は『あんちゃん』です。えっと、……たぶん迷子です」


 希美(きみ)が少女の頭を撫でながら、信利(のぶとし)へと説明してくる。

 少女に聞こえないようにと、後半部分は小さめの声で伝えてくるのが彼女らしい。


 迷子だろうとは思っていた。

 だが、その事実が確定したことに安堵している自分に、戸惑いを隠しきれない。

 黙りこくる自分とは正反対に、征明(まさあき)は彼女へと話しかけていく。


「びっくりしたよ。希美ちゃんに子供がいたのかと、一瞬だけ思っちゃったからさ」

 

 征明も同じ思いを抱いていたのだ。

 もっとも彼は自分とは違い、「そうだったらショックだ」などとは思わなかったであろうが。

 

 ――いや待て。

 どうして彼女に子供がいたら、ショックを受けるというのだ。

 自らの思考に動揺し続ける信利を、征明は意味ありげに見つめてくる。

 小さく笑みを浮かべながら、征明は希美へと再び視線を戻した。 


「そんなはずはないって、分かってはいるんだけどさ。でも希美ちゃんとあんちゃんって、なんか似ているんだもん」

「え、そうですか? だったら嬉しいですけれども」

「似てる似てる。『この子のママでーす』って言われても、初対面なら確かにって思えちゃうくらい」

「私に子供はまだいませんよ。でも、こんな可愛い子のママになれるのだったら……」


 ヘラリと笑い、希美が少女をみつめる。

 薄茶色の髪を、耳の下で二つ結びにした可憐な顔立ちの少女は、希美を指差し口を開いた。


「あんちゃんの、ママじゃない」

「そうなんだよねぇ、あんちゃんのママじゃないもんねぇ。しょんぼりぼりぼりしちゃう~」


 手の甲をまぶたに当て、泣きまねをする希美をみて、少女は楽しそうに笑いはじめた。

 彼女の笑顔に誘われるように、希美もニコニコと笑みを浮かべていく。


 少女からの、『ママじゃない』という発言。

 その言葉に落ち着きを取り戻すと、信利は改めて希美達へと目を向ける。


 確かに系統は似ているのだ。

 楽しそうに笑みを浮かべるところや、妙に庇護欲を掻き立てられる姿やふるまい。

 互いに顔を見合わせて笑う彼女達の姿は、信利の心に穏やかな気持ちを与えてくれる。

 幸せそうな空気に、つられたのかもしれない。

 気が付けば、言葉が勝手に出てしまっていた。


「確かに二人とも、可愛(かわい)っ……」


 こぼれ出したのは、自分が抱くことはないと思っていた感情。

 我に返った信利は、あわてて口元を押さえる。


「え~? 兄ちゃん二人ともが何だって~?」


 体を信利の方へと傾けた征明が、にやにやとしながら耳に手を当て、わざとらしく聞いてくる。


 ここ数年、忘れていたはずの思い。

 想定外に出してしまったそれを、何とかごまかさねばと、信利は必死に頭を働かせていく。


「ふたっ、……二人とも『かわいた空気を(うるお)すような存在である』。そう思い、口にしたかったんだ」


 信利からの言葉に、征明はがっかりとした表情で答えてくる。


「ふ~ん。認めちゃえば楽なのに粘るね。まぁ、でも」


 征明は希美へと視線を向け、くすりと笑う。


「本人は喜んでいるみたいだし、今回はいいか」

 

 征明は何を言っているのだ。

 こんなことで喜ぶなど、あろうはずがない。

 そう思い希美へと目を向ければ、彼女は少女の両手をがしりと握りしめている。


「潤すなんて、素敵な言葉っ! あんちゃん、ありがとうね。おかげで一水(いっすい)さんに褒めてもらえたよ! 嬉しいね、幸せだね! 今日は二人でいっぱい、じゃぶじゃぶと潤していこうね!」


 そのまま彼女達は、くるくると回りながら楽しそうに踊り始めていく。

 信じがたいが、確かに彼女は喜んでいるようだ。


 誉め言葉というほどではない。

 それなのにどうして、彼女はこれほどまでに嬉しく思えるのだろうか。

 理解が出来ず信利は、征明へと疑問をぶつけていく。

 

「いや、別にここまで嬉しいと思える言葉ではないだろう?」 

「もー、分かってないなぁ、兄ちゃんは」


 やれやれといった様子で、征明は口を開く。


「言葉の意味だけじゃないんだよ。相手が自分を見て、考えて、そうして話してくれた。それだけで、嬉しい時がある。……今の兄ちゃんなら、分かるんじゃないの?」


 顔を覗き込むようにして語る征明の言葉に、よみがえるのはここ数週間での出来事。


「そ、それは……」


 とくり、と心臓が跳ね、思わず胸に手を当てる。


 ……あぁ、そうだ。

 自分は、確かにそれを最近、()()()のだ。


 初めて一緒に食事をした店で、彼女は言ってくれた。


『あなたは一人ではありません』


 そしてつい先日も、自分が伸ばした手を握り、こう話してくれたのだ。 

 

『これからも一緒に、こうやってたくさん笑っていきましょう』


 彼女がくれた言葉達は、とても優しく、そして温かくて。

 耳に届くと同時に、渇き切った自分の心へと流れこみ、ある感情を生まれさせていく。


「あぁ、そうだな。……そうかもしれない」


 征明の言う通りだ。

 あの時、彼女から与えられたもの。

 それは間違いなく、『喜び』と呼べる感情だった。


「そうだよ。だって今の兄ちゃん、すんごく良い顔になってるんだから」


 嬉しそうに笑う征明の言葉が、正しいであろうことは分かっている。

 だが、どうにも素直に受け止めることが出来ない。

 ふいと目をそらし、ごまかすようにめがねをぐっと押し上げる。


「その言い方だと、私は普段どんな顔をしているのかという話になるんだが」

「しーらなーい! 希美ちゃんに聞いてみたら?」


 誘われるように希美へと視線を向ければ、彼女は自分へと笑みを見せてくれる。

 それだけのことなのに、自分の中に生まれくるのは温かな思い。

 

「潤す、……か」


 今まさに、自分はそれをしてもらえたのだと気付く。

 静かに胸の中で広がりゆく、柔らかなこの気持ちはきっと。

 彼女によって渇きから解放され、潤されたという確かな証といえるものだろうから。

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― 新着の感想 ―
[一言] あんちゃんとは!? 希美さんの子供ではなく似ているという少女。 征明さんも信利さんも驚きでしょうがこの子は。 確かにでも潤されますね( *´︶`*)
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