新しい自分を見せるのは勇気がいる その3
「スタートが早かっただけに、お昼ご飯の時間まではもう少し時間があるんだよねぇ。だからそれまでは、散歩を続けていこうと思うんだけど」
二人の会話を知らない征明が、のんびりと信利達へと話しかけてくる。
「そうなんですね。浦元さんのおかげで、水分と元気チャージもばっちりですので、私は散歩を続けても大丈夫ですよ」
言葉は本当のようで、何事もなかったように希美は立ちあがっている。
彼女からの言葉に、動けなくなってしまった自分とは大違いではないか。
一番キャパオーバーになったのは、ほかならぬ自分。
そんな気恥ずかしさを抱え、立ち上がろうとする信利の耳に、征明の鋭い声が響く。
「あっ、希美ちゃん! ひじの所、怪我してる」
その声に彼女の腕へと目を向ければ、わずかに血がにじんでいるのが見える。
傷をちらりと眺め、希美は「あら、本当ですね」と呟く。
「ちょっとすりむいちゃいましたね。一応、水で洗ってきますので、少し待ってもらってていいですか?」
希美は少し離れた場所にあるトイレを指さすと、ぺこりと礼をして二人から離れていく。
しっかりとした足取りで歩くのを確認しながらも、心配になりつい、彼女の後ろ姿を見つめ続けてしまう。
そんな信利の隣に、嬉しそうな表情を浮かべた征明がやってきた。
「なになに? 兄ちゃん、今日の新しい希美ちゃんを知って、惚れちゃった感じ?」
「……そんなわけないだろう。そもそも私は『女性を好きにならない』のだから」
そうだ、自分は忘れてはならない。
言い聞かせるように呟いた言葉に、征明の笑みが消える。
『女性を好きになってはいけない』
これはいわば、『呪い』だ。
幼いがゆえに、純粋であったがゆえに起こした行動を。
その責任を、自分はこれからも取り続けねばならないのだから。
信利の過去を知る征明は、この言葉も意味も理解している。
そんな彼が自分へと向けるのは、寂しげな表情。
愚かな呪縛から未だに抜け出せない自分を、彼はどう思っているのだろう。
余計なことを話し、彼を悲しませてしまった。
謝らねばという気持ちにかられ、信利は口を開きかける。
だが、先に言葉を出したのは征明の方だった。
「でもさ、俺は兄ちゃんが変われるんじゃないかって思っているよ。ねぇ、気付いてる?」
征明は、穏やかな視線を自分へと向けてくる。
「さっきの言葉、今までのものとは違っているんだ。いつもは俺にこう言っているよ。『自分は女性をもう、二度と好きになることはない』って」
そうなのだ。
今まではいつも口癖のように語っていた言葉が、あの時だけはためらいが起こった。
自分の中で違和感が生じ、どうしてだか言いたくなくて。
「……言葉が少し、変わっただけだよ。特に深い意味は」
「あるんじゃないの。それを兄ちゃんも気づいているんでしょう?」
「……」
真っすぐに見つめてくる征明に、自分はどう答えればいいのだろう。
その思いが、顔に出ていたようだ。
柔らかな表情をたたえ、征明は再び口を開く。
「まぁ、兄ちゃん自身も戸惑っているか。焦って変な答えや行動になっちゃってもいけないし」
腕を組み、彼は何度も首を縦に振る。
「時間はこれからたくさんあるんだもん。ゆっくり考えて、それから進んでいけばいいんじゃないかな? お! 希美ちゃん来たぁ……?」
征明の口から出たのは裏返った声。
これは以前にも覚えのあるパターンだ。
得体のしれない不安を抱え、征明の視線をたどる。
「……新しいな」
今、自分が思いつく精一杯の言葉を漏らせば、隣に立つ征明が答えてくる。
「普段、冗談を言わない兄ちゃんにしては頑張ったというか、面白いコメントだね。今日の彼女の目標が『新しい自分を知ってほしい』だもんね」
「いや、別にお前を笑わせようとか、彼女の目標だからといった意図は全くない。ただ、彼女の行動が想定外すぎて、どう対応したらいいかわからないんだ」
「奇遇だね。多分、兄ちゃんほどではないけど、俺もそう思っているよ」
自分達へと近づいてくる希美を見つめ、信利は呟かずにはいられない。
「で、あれはいったい誰だ?」
希美は一人ではなかった。
彼女と手を繋ぎ、やってくるのは四歳くらいの女の子。
いや、繋ぐという感じではない。
少女は、必死に希美の腕にしがみつくようにくっついていたのだから。




