過去はあまり振り返らない方がいい
「……やってしまった」
自宅のベットに倒れこみながら、希美はうなり続ける。
心地よい満腹感。
暖かな光、爽やかに吹き抜ける風。
近くで聞こえてくる、大好きな人の声。
次第に重くなっていくまぶたの上に、弁当作りの睡眠不足がさらにのしかかってくる。
近くであったはずの彼の声が、やがてとぎれとぎれになっていき、そして……。
気がつけば、征明の車の後部座席に自分は座っていた。
いつの間にと驚きつつ、周りを見渡せば、まだ公園の駐車場内にいる。
起きたことに気づいたようで、前の座席にいた二人が、希美へと振り返ってきた。
彼らから、公園で希美が眠ってしまったこと。
風邪をひくといけないので、そのまま連れて帰ってきたことを聞かされる。
何ということだろう。
散歩をすると言っていたにもかかわらず、昼寝だけして帰ってきてしまうなんて。
落ち込む希美へと二人は、弁当が本当に美味しかったこと。
仕事や学業で疲れていた体に、ちょうどいい休みになったと話してくれたのだ。
「というか浦元さん、大学生だったんだね。しかも二十歳って。私より四つも年下なんて、びっくりだよ」
結局、そのまま自宅まで送り届けてもらい、諸々の荷物を片付け今に至る。
「起こしてしまったことは、悔やんでも仕方がないもんね。それにこのハプニングで、新しい楽しみが出来たわけだし」
スマホのスケジュール画面を開き、翌週の土曜日の画面にある『公園再集合!』という文字をなぞる。
お詫びをしたいと謝る自分に、今度は二人から提案がなされた。
一週間後、もう一度あの公園に行こうと。
ただし次は、希美は弁当は作らずに来る。
代わりにゆっくり散歩を楽しんだ後、征明のお気に入りの店で昼食を食べるのだという。
「個人でやっているお好み焼き屋さんだよ。そこの自家製のわらび餅がすっごく美味しいんだ」
「お好み焼きに、わらび餅」
全部、大好きな食べ物だ。
さらには美味しいお店を教えてもらえる。
何て素敵な企画なのだろう。
「ぜひ行きたいです! どうかよろしくお願いします!」
「わかったよ。こちらも楽しみにしているからね〜」
そう機嫌よく征明からは告げられたのだが……。
「一水さん、怒ってたのかなぁ」
淡々とした態度はいつも通り。
だが、車内での彼の態度に違和感を拭えない。
「ん〜。浦元さんとは、親しくなれた感じはするんだけど。一水さんはなんだか、まだ距離があるというか……」
自分と同様に、彼も人見知りだ。
親しくなるのには、まだ時間がかかるということか。
「でも、本当に嫌だったら、次の約束ってしないよね」
征明がスケジュールを確認した際にも、信利は断ることなく予定を確認し、翌週の約束をしてくれたのだから。
さらに征明からの提案により、週一のペースで、三人で予定を合わせ『苦手なものを克服するぞ計画』なるものが実行されることになった。
希美は人見知りを。
信利は女性が苦手だという意識を変えていくのを最終目標として、様々なリハビリを行っていくという。
とてもありがたい提案だ。
しかしながら、なぜ征明はここまでしてくれるのか、という疑問が浮かぶ。
興味を持って尋ねれば、彼はニンマリと笑ってこう言うのだ。
「決まってんじゃん! 一番近くで、二人を見守りたいからだよ~!」
確かに、初めて会った店でも、彼がそう語っていたと希美は思い出す。
「二人共、口下手だから一緒に克服するぞ! って言ってもだんまりで終わっちゃうでしょ? だったら司会進行というか、導いていく存在ってものが必要になってくる。そのために俺はいるって思ってくれればいいよ」
実に頼もしいことを言ってくれるではないか。
短所に困っている人の心を導く優しさを、征明は持ち合わせている。
自分もぜひ、そこは見習っていきたい。
感動する希美とは対照的に、信利は不審そうな目を彼へと向けていく。
「征明、『見守りたいではなく、一番近くで面白いものを見るため』。なんてことではないだろうな?」
しばしの沈黙。
やがて咳払いをした征明が、満面の笑みを信利へ向ける。
「兄ちゃん、そんな考えは良くないよ。いいかい、世の中の見方は一つだけではないんだ。俺たち三人は、そんなくくりで縛られるものではないんだよ。つまりはって……、痛い痛い! 兄ちゃんやめてぇ!」
征明の耳を、信利が引っ張り上げている。
痛々しい悲鳴が車内に響き渡る中、申し訳ないと思いつつ、希美は笑いをこらえることが出来ない。
普段あれだけ冷静な態度の彼が、こんな行動をするなんて。
それだけ二人は、心を許し合える仲なのだ。
羨ましいという気持ちを抱きながら、希美は思う。
過ごした時間で築かれた信頼が、そうさせるのだろう。
ならば自分はこれから近づいていけばいい、知ってもらえばいい。
そうして、いつか……。
ささやかな願いを胸に、希美は二人を見つめていくのだった。




