準備をするのにもほどがある その4
「お弁当をたくさん作りすぎちゃって」
信利はそんな言葉を、真に受ける人間ではない。
今回の企画が立ち上がったのは昨日の夜。
さらには早めの時間に、集合時間を決めてあった。
睡眠時間だって必要である。
そんな中で、大量の弁当を作るなど不可能だ。
『交際経験がない』
以前に彼女は、自分にそう言っていた。
食べ盛りの男性、ましてやそれが二人。
希美には意外に思われるだろうが、自分はこんな見た目だが、かなり食べる方だ。
手作りの料理に強い憧れを持つ征明に、加減をしろと言うのは難しい。
見たところ、お重の大きさは20cm角ほど。
たくさん作ってきたつもりであろうが、自分たち二人が満腹になるほどの量ではない。
彼女に先に食べてもらいながら、自分は少しだけ分けてもらうことにしよう。
レジャーシートの上ではお披露目が始まり、彩りよく食材が詰め込まれた三つのお重の中身が、信利達の前に広げられていく。
彼女が運動会と例えただけあって、唐揚げやフライドポテト、卵焼きがそれぞれのお重の中に並べられていた。
「希美ちゃん! この卵焼き、リンゴの形してる! すごいー!」
「ふふふ、面白いでしょう? カニカマを二つくっつけて、卵で巻くとこんな可愛い形になるんですよ」
興味を引かれ覗き込んでみれば、半分に割ったリンゴの形を模した、卵焼きが綺麗に並んでいる。
リンゴの葉をレタスで、種の部分をゴマで見立てて作ってあり、食べる前に見て楽しむこともできる実に素晴らしい料理だ。
卵焼きだけでなく、ソーセージはタコの形やカニの形をしていたり、レタスやトマト、ブロッコリーなど色鮮やかな野菜もふんだんに使われている。
見ているだけで食欲がそそられ、思わずつばを飲み込んでしまう。
それでも自分は控えめに。
残念に思いながらも、自制しようと努める信之の耳に、希美の声が聞こえてくる。
「はい、以上がおかずの部になります。つづきまして、ご飯の部です~!」
希美がリュックから、全く同じ大きさのお重をもう一つ取り出すのをみて、征明が万歳を始めている。
「すごいっ、すごいよ希美ちゃん! 山リュックの中には、こんな素敵な仲間たちがいてくれていたんだね!」
「はい! って、あれ? 山リュックって何のこ……」
まずい。
征明の失言に、不思議そうに首をかしげる希美へと、信利は前のめりになり尋ねていく。
「う、打木さん! おすすめはどれですか? 私は、それを一番初めに食べてみたいんです!」
割り込むように入ってきた自分に、嫌な顔一つせず、希美は答えてくれる。
「そうですねぇ。シンプルではあるのですが、やっぱりおにぎりかな? いろんな味で作ったので、好きなものを選べるように出来ていると思いますから」
紙おしぼりと紙皿を二人へ手渡すと、希美はお重のふたを開いていく。
おにぎりだけでなく、サンドイッチまでもが準備されている中身に、信利は感心せずにはいられない。
希美がすすめてくれたおにぎりへと目を向ければ、包まれたラップにはそれぞれ小さなシールが貼られている。
鮭ならば切り身、梅干しならば口をきゅっと結んだ子供のイラストの描かれたシールに、心がふわりと温かくなるのを感じる。
「見た目ですぐ分かると、選びやすいかなって思って。絵の出来栄えには目をつむってくださいね」
照れながらそう伝えてくるということは、彼女の手書きということか。
優しい配慮に感謝をしつつ、『ネギ味噌』と書かれたおにぎりへと手を伸ばす。
別添えにしてあった海苔を巻き、一口ほおばる。
「美味い……」
香ばしい味噌の風味と、ネギの食感が口の中に広がっていく。
味噌の後から追いかけるようにくる、ごま油の香り。
パリッとした海苔の食感と、少し大きめにカットされていたシャキシャキとしたネギは、思わず目を閉じて耳でも味わいたくなってしまう。
ゆっくりと、この味を楽しみたい。
それなのに、もっと食べたいという気持ちを抑えきれず、あっという間に食べ終えてしまった。
「すっぱーい! でも、さっぱり美味しーい!」
何とも幸せそうな声色で話しながら、隣の正明は梅のおにぎりを食べている。
まん丸に握られたおにぎりは、赤と緑がちりばめられた可愛らしい大きさのものだ。
「梅干しと大葉、それと黒ゴマを混ぜてあるんです。黒ゴマの食感と、爽やかさがおすすめなんですよ」
紙コップに入れたお茶を二人に渡しながら、希美は解説をしてくれる。
控えめに。
そのつもりでいたはずなのに、気がつけばお重の中はすっかり空になってしまっていた。
「「ごちそうさまでした」」
征明と二人、声を合わせ、彼女へと礼を述べる。
「こちらこそ、たくさん食べてくれて嬉しかったです」
食後のお茶を飲みながら、希美は笑顔を向けてくれた。
今までにない心地よい満腹感と充実感が、信利の心を満たしていく。
「満腹だなぁ。月一で美味しいご飯は確かに食べてるんだけど、それとはくらべものにならない満足がここにはあるね」
座ったままで、大きく体を伸ばしながら話す征明の言葉に、希美が不思議そうな顔をする。
「あぁ、えっとね。俺たち月に一回、親戚で集まる食事会みたいなのがあるんだ。その会場が、お高ーいお店でやるもんだから。料理は美味しいんだけど、そこでの話はすっごくつまんない。だから、全く楽しくないんだよねー」
そういえば、次の会合の日程を、まだ実家に確認していなかった。
「征明、次の会の日程をお前は聞いているか?」
「……ん~、ちょっと待ってて。たしかスケジュール登録はしてあったはず」
征明はスマホを取り出し、画面をスクロールさせていく。
「あったよ。再来週の金曜の夜。場所は野小納市のいつものレストランだって。ちぇ~、着替え持ってくのめんどくさ~い」
「下手に欠席して、翌月に説教食らうよりいいだろう。ここ最近は、別に言いがかりをつけられることもしていないだろうし」
「まぁ、きちんと『いい子』にしてるし、隙は見せないよ。健全な大学生活を送っているし、これ以上些細なことで、けちなんてつけられたくないからね」
いつもの笑顔を消し、淡々と語る彼に自分は何が言えるというのだろう。
彼自身は全く悪くない。
なのに、彼を取り巻く環境が、それを許さず傷つけようとしている。
「最近は、むかつく奴らも受け流せるようになってきたし。兄ちゃんもずっと隣にいてくれるから、随分と楽になったよ。って、希美ちゃん?」
征明の声に彼女を見てみれば、座ったままで、うとうととまどろんでいる。
「ここで寝ていたら、風邪をひきそうだ。可哀想だが起こそう」
声を掛けようとするものの、「待って」と征明から制止されてしまう。
「こんなに頑張ってお弁当作ってたら、きっとあんまり寝てないよね。俺としては、このまま寝かせてあげたい。だから車まで連れていくよ」
シートの上からだいたいの荷物をリュックの中へと戻すと、征明はそっと彼女を抱きかかえる。
かなり疲れているようで、むにゃむにゃと何か小さく呟いたものの、起きる様子はない。
そんな彼女の姿を優しく見つめてから、征明は信利へと振り返る。
「ごめん兄ちゃん。彼女の荷物をお願い」
黙って頷き、リュックを背負うと彼の後に続いた。
征明の肩に寄りかかり、すやすやと眠る彼女の髪が揺れる。
行きと違い、背中にかかる重さはずいぶんと変わった。
なぜか胸を締め付けてくるのは、その軽さと同じくらい、心が空になったような、よくわからない痛み。
その正体から目をそらしながら、信利は黙って足を動かし続けた。
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彼ら三人の物語、引き続き楽しんでくださいませ。
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