心臓を捧げます!
結論を言うと、ジルコニアはサフィルスとダイアナの仲に亀裂を入れるどころか、本能で格上と認めたダイアナに全力で媚びた。
もはや好きとか嫌いとかの問題じゃない。圧倒的強者の前では、いかなる抵抗も無意味。
ジルコニアは自然界のヒエラルキーに屈した。
えっ? ウィ──王太子殿下とわたしは、色気もクソもない単なるルームメイトでしたよ。彼は紳士だったので、手が触れることすらありませんでした。ハハハ!
ジルコニアがサフィルスを連れ去ったのは、命の恩人を演出するためだが、彼に一目惚れして少しでも長く繋がりを維持したいという思いもあった。
だが記憶喪失というハプニングが、彼女を狂わせた。
すべてを思い出す前に両想いになれば。既成事実を作ってしまえば……。
そこには恋だけじゃなく、父亡き後の孤独や、生活苦による打算もあった。
服を捨てなかったのは、二人の関係が確定した頃に「別れが怖くて……」と言いながら差し出して、彼を元の身分に戻すためだった。
二人での生活は思ったよりも甘いものではなかったが、サフィルスは礼儀正しかった。
礼儀正しすぎて、全然距離が縮まらなかったけど。
生活能力ゼロのヒモ男状態だったが、彼は謙虚だったのでジルコニアがイラつくことはなかった。
卵を割って欲しいと頼んだら、包丁で切ろうとするような男だったけど。
火の世話を頼んだら、パタパタ頑張って扇ぐも薪に火が移らず、松ぼっくりが燃え尽きると共に火が消える、というパターンを七回ループした男だったけど。
今の状態は期間限定だとわかっていたのもあるが、それでも世話されることを当然と思うような人物だったら、早々に愛想が尽きただろう。
だからあの日、教会に行きたいと言われてジルコニアは舞い上がった。
ウィンターは身元不明──コスモオラ教徒としての登録がないので、夫婦として受理されるのは難しいとわかっていた。
しかし申請した事実があれば、その後にあるべき場所に戻ることになっても、ジルコニアはそれなりの扱いをしてもらえると思った。
(まさかウィンターが王太子で、誘拐犯扱いされるなんて──)
ジルコニアの誤算は相手が大物すぎたことと、王太子の警戒心の強さだ。
「貴女の扱いは意見が別れているんですよね。行ったことは王族の略取なので処刑一択なんですが、状況が分からなかったので匿って手当をしたとも解釈できます」
「え? そうなの?」
教会で王太子を迎えに来た兵士たちに取り押さえられてからは、ジルコニアはひたすら凶悪犯扱いされていた。
「黒幕に口封じされるかもしれない」とか、よく分からない事を言われて王都まで連行された。
地方で生まれ育ったジルコニアにとっては人生初の王都。迎えの馬車に乗せられて、お城へご招待。部屋はもちろん静かな個室。
移動が護送用の馬車で、滞在が独房じゃなければ、最高の体験、夢のような展開。実際は最悪の経験、夢であって欲しい展開。
「助けられておいて、助け方に文句を言うような人間はクズです」
ダイアナはキッパリ断言した。
ジルコニアがサフィルスを助けたことは事実。
嘘をついたり、一服盛ったことは罪に問われるがどちらも物証がない。
被害者の証言だけで彼女を処刑したら、サフィルスのイメージダウンになる。
きちんと公式発表したところで、手元を離れた情報は人を介すごとに形を歪ませながら伝播するものだ。
平民の単独犯の命と引き換えに、王家から民心が離れることになるなんてあまりにも割に合わない。
ダイアナは清く正しく美しいヒロインではない。
潔く逞しくふてぶてしいヒロインだ。
勧善懲悪や、法の裁きに重きを置くタイプでもない。
善も悪も時代や状況で変わる流動的な指標だと思っているし、人間という不完全な生き物が作っているのだから法律も不完全なツールだと考えている。
というか法に至っては、コンプライアンス遵守どころか率先して抜け道を探すタイプだ。
「今回の件を杓子定規に片付けるのは危険です。よかれと思って行動しても、罪に問われるかもしれないと国民の間に広がれば、今後は誰も人助けをしようと思いません」
「じゃあ──」
「貴女にはそれなりの報奨が与えられるべきですが、無罪放免で釈放するのは無理です」
「それってどうなるの? お金をもらって牢屋の中で生きろってこと? 使うことができないお金って意味ある?」
「……今日貴女と話して、その結果でどう始末をつけるか提案するつもりでした」
王太子妃、ゆくゆくは王妃となったら難しい決断を迫られることもあるので、今回ジルコニアの扱いについてダイアナにはある程度の裁量権が与えられた。
これも王太子妃教育の一環で、どう処理するかで彼女の判断力が試される。
「玉の輿に乗りたかったのなら、故郷に未練はありませんよね。──今回は国外追放で手を打ちましょう」
それWeb小説御用達の断罪じゃん。
*
ジルコニアの追放先は、コスモオラ教の総本山があるクンツァイト神聖国に決まった。
そこにあるコーラル大学は、世界屈指の医療専門学校。
宗教色バリバリで、実践に重きを置いているので研究よりも臨床重視。
彼女は国外追放としてそこに留学し、懲役の代わりに学び、褒美として学費及び生活費を支給されることになった。
罰でもあるので、奨学生と同条件での成績維持が要求されている。
必死に勉学に励まなければ退学になり、無事卒業できなければ、かかった費用は全額返済を要求される。
更に彼女にはダイアナから与えられたサブミッションがある。
医療の発展を目論む未来の王太子妃は、ジルコニアに現地で人脈づくりすることを命じた。
「ジェンマ国へのヘッドハンティングに成功したら、人材ランク毎に特別報酬。医療従事者の夫をゲットして帰国すれば、開業時に資金援助する」とダイアナが告げると、ジルコニアはすくっと立ち上がり心臓を捧げるかのように右拳を胸にあてた。
彼女は公ではなく、太っ腹な未来の王妃に永遠の忠誠を誓ったのだった。
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