わたしは絶対に屈しない!
王太子を拉致監禁したジルソウこと、ジルコニアの主張は取り調べが進むに連れ少しずつ変化してきた。
ジルコニアがサフィルスを発見したのは家の近くでもなければ、事故現場から遠く離れた下流でもなかった。
彼女は馬車から這い出し、川縁で力尽きていたサフィルスを連れ去っていた。
*
あの日。
ジルコニアが水源近くに生える薬草を取りに行った先で事件は起こった。
突然大きな音が聞こえたので、ジルコニアは最初土砂崩れと予想した。音が落ち着くのを待って現場を確認しに行ったところ、横転した馬車を発見した。
途中で放り出されたのか、周辺に御者の姿はなかった。
二頭立ての馬車だが、馬は泡を吹いて倒れている一頭しか見当たらない。
どうするべきかジルコニアが迷っていると、叫ぶような男達の声が遠くから近づいてくるのを感じた。
(この馬車を追ってるの? それとも助けようとしてるの?)
どちらにせよ高貴な人物が乗っているに違いない。きっと助けたら褒美がもらえるとジルコニアは瞬時に算盤を弾いた。
(誰か──いた!)
男達が到着する前に、何かしら行動しておかないと、野次馬扱いであしらわれて終わりだ。
馬車の周囲を捜索したジルコニアは、男を二人発見した。
一人は馬車の中で座り込むように気絶していて、もう一人は砂利だらけの河原に倒れている。
ジルコニアの力では、車内から男を引っ張り上げるのは無理なので、倒れている男の方を介抱することにした。
(ふうん、上等そうな服。相当な金持ちね──ッ!?)
うつ伏せだった男の体をひっくり返した瞬間に、ジルコニアの人生は変わった。
*
薄暗い檻の中で、ジルコニアは膝を抱えていた。
「おい。面会だ」
「わたしに王都まで会いに来るような知り合いは──……」
「勘違いするな。殿下の婚約者様が、お前の顔を見たいと仰っている。これ以上罪を重ねたくなければ、くれぐれも態度には気をつけることだな」
「……」
愛する婚約者を攫ったジルコニアを罵るためか、欲をかいて自滅した馬鹿な女をあざ笑いたいのか。
(どっちにしても最悪。わざわざこんな場所に来るとか暇なの?)
ウィンターことサフィルス王太子の婚約者は、元平民の男爵令嬢だという。
村の連中は、自分たちと同じ平民から王妃が誕生することを誇らしげに語っていたが、ジルコニアは全くそう思わなかった。
同じなんてとんでもない。
彼女は金持ちの娘だ。
生まれたときから身分以外は何でももっていて、そこに身分がプラスされただけではないか。
(なによ。それだけ持ってて、まだ足りないって言うの? 性格悪すぎでしょ)
いけ好かない貴族のお姫様のストレス発散に付き合ってやるなんて腹立たしいが、それほど偉い人なら、うまくやればジルコニアを窮地から救ってくれるんじゃないかという望みがわいた。
(直談判できるなら、例の取引のことを話せば今度こそなんとかなるかも)
ジルコニアは取調べ中に、森で黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃したことを話して、司法取引を試みたが全く取り合ってもらえなかった。
背後に気配を感じて、すぐさま逃げてしまったので、取引内容を掴めなかったのが痛かった。
(詳しいことはわからないけど、ジンとかウォッカとか酒の名前連呼してたし、きっと酒の密輸か密造よ。善良な市民のタレコミを無視するなんて、この国も終わりね!)
おいおい。お前が本当に善良な市民だったら、ここには居ないだろ。
「おい、間もなくアダマス男爵令嬢がいらっしゃるが、女の様子はどうだ?」
「大人しくしてるよ。身の程をわきまえたんだろ」
「それなら──、ヤバい。今気づいたんだが、ここ汚すぎる」
「ご令嬢のドレスが汚れたら洒落にならんな! モップ持ってくる!!」
(何よそれ……)
自分はそんな汚い場所に捨て置かれてるのに、親が金持ちなだけの元平民女はこうもチヤホヤされるのか。
ドレスがなんだ。汚れたところで洗うのは洗濯女の仕事で、なんなら汚れた服は使い捨てしてるくらいじゃないのか。
(……もういい。いけ好かない相手にへりくだってまでして生きたくないわ。取引だって失敗する確率のほうが高いんだし、こうなったらあること無いこと吹き込んで、二人の仲をメチャクチャにしてやる! ウィンター……自分だけ幸せになろうなんて絶対に許さないんだから──!)
おいおい。善良な市民はどこ行った。
王太子貶めるとか、とんだ死に急ぎ野郎じゃねぇか。
*
「──!」
ダイアナと目があった瞬間、ジルコニアは反射的に姿勢を低くし、無言でジリジリと後退していた。……それクマと遭遇したときの対処法だろ。
(馬……鹿な。胆で……胆でわたしが圧倒されるなんて……)
自己評価どんだけだよ。マフィアの組頭じゃあるまいし。
薬師を名乗ってインテリぶっているが、ジルコニアは山で生まれ育った野生児だ。
山に住むのはキツネやウサギだけではない。クマやイノシシといった、獰猛な生き物も多数生息する。
そんなジルコニアの幼い頃から鍛えられた野生の勘が、目の前の少女が見た目通りの存在ではないと──決して戦ってはいけない、危険な生き物だと警鐘を鳴らしている。
「? 想像していたのと違いますね」
てっきり情に訴えてきたり、逆にふてぶてしく挑発してくるものと予想していたダイアナは、ジルコニアの反応に首をかしげた。ジルコニアの豹変ぶりに、隣に立つ看守も首をかしげた。
「私に言いたいことや、聞きたいことがあるのでは?」
「──!?」
距離を取ろうがジルコニアは檻の中。彼女に用があって来たのだから、それが済むまでダイアナは帰らないだろう。
逃げられないと悟ったジルコニアは全面降伏した。
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