悪いヒロインじゃないよ
警察だと響きが近代的すぎるかなと警吏にしました。過去投稿分も修正済みです。
世界観は相変わらず適当なので、完全に自己満足です。
「──?」
目覚めた時、視界に広がったのは納屋のような建物の天井だった。
(全身が痛い……)
体に力が入らない。
普通に起き上がるのは難しかったので、寝返りをうつように体を反転させて、汗で籠もった布団を跳ね除けた。
外の空気に晒されると涼しくて気持ち良かったが、汗が冷えると寒くなった。
自分の体の状態を確認すると、体の痛みは打撲による痛みと、発熱時の関節痛の両方だった。
声を出そうとして、喉の乾きを自覚した。出しかけた声は、久しぶりに喉を動かしたからか咽るような咳に変わった。
(このままじゃだめだ)
「誰か呼ばなくては」と思った瞬間「誰を呼べば良いんだ?」と茫然となった。
何故自分はここに寝ていたのか。熱はともかくどうして負傷しているのか、そして自分は誰なのか記憶を辿ろうとしたが真っ白だった──。
*
最初は熱で思考が鈍っているのかと思ったが違った。いくら思い出そうとしても、自分のことがわからない。
「あっ! 起きたんですね!」
頭を抱えていると、二十歳前後の女が室内に入ってきた。
「熱は──大丈夫そうですね。はい、お水どうぞ」
手渡された水を一気に飲んだが、乾きは全く癒えない。
女が笑顔でおかわりを差し出してきたので、ありがたくもらう。
「──ぁりがとう。君は……」
「わたしの名前はジルコニアです。安心してください、ここはわたしの家です」
(看病するくらいなら知り合いなのかと思ったが、名乗るということは初対面なのか?)
にこやかに説明する彼女の口ぶりは、初対面の相手に向けるそれだった。
「僕は……。……君は、僕のことをなにか知っているのか?」
「え?」
「自分のことがわからないんだ……。家に招き入れたということは、直接の面識はなくても、僕のことを知っているんじゃないのか……? お願いだ。分かる範囲のことを教えてほしい」
「その、えっと。──もしかして記憶喪失ってことですか?」
「多分そうだ。……思い出す切欠がほしい。身に着けていたものとかがあれば──」
自分の体を見下ろすが、使い古された男物の寝巻き姿だった。
袖も裾も丈が短くて、肩周りがキツい。誰かの私物を借りたのだろう。
「あの──ごめんなさい! 家の近くで倒れてたので連れ帰っただけで、あなたのこと何も知らないんですっ。服はボロボロだったので捨ててしまいました!」
大した手がかりにならなかったかもしれないが、それでも捨てたと言われればショックだった。
(しかし何故捨てる必要があったんだ? 流行り病なら仕方ないけど……僕は単なる打ち身と発熱じゃないのか?)
「捨てる時に刺繍とか、なにか身元を示すようなものに気付いたりは……?」
「え? ええと、特徴のない普通の服だったので……。すみません」
「他に所持品は……?」
「荷物はなにも」
「倒れてたってことだけど、近所の人が何か目撃していたり……」
「近所に家はありません。わたしは山で採取した薬草で薬を作って、月に一度町へ売りに行って生活してるんです」
(倒れていたのが町中であれば、盗まれたと考えられるけど、山の中で手ぶらだったのか?)
考えたくないが、水盆にインクを垂らしたように疑念が広がる。
「……君はずっと一人なのかい?」
「ジルコニアで構いませんよ。去年までは、お父さんと二人暮らしだったんですが……」
亡くなったのか、出ていったのか。ジルコニアが言葉を濁したため、彼女の父親がどうなったのかハッキリとは分からなかった。
「じゃあ、この寝間着は父君の物か」
「はい! もう着る人が居ないので、遠慮しないでください。でもサイズ全然合ってないですね。ちゃんと体にあったものを買わないと……」
「いや、見ず知らずの女性にそこまで負担は掛けられない。熱は下がったみたいだし、出ていくよ。世話になったね。いつになるかはわからないけど、落ち着いたら必ず礼をしよう」
「自分が誰かもわからないのに、何処に行くつもりなんですか!?」
「この辺りは警吏──じゃなくて、警備隊なのかな? とりあえずそこを目指すよ、家族が探しているかもしれないし……」
国の主要都市に配置されているのが警吏、地方都市や田舎だと警備隊だ。
警吏は国が採用試験を行い、給料を出す。癒着を防ぐために、定期的に転属を命じられる。つまり公務員だ。
警備隊は、警吏以外の治安維持組織だ。
ある程度大きな町であれば領主が雇い入れた私兵であったり、商業都市であれば商会連合がスポンサーになっている傭兵だったりする。
山の麓がどのくらい栄えているのか分からないが、田舎の村であれば、男衆が持ち回りでやってるボランティアのようなものである可能性が高い。
町内会レベルの警備隊の役割は、犯人を捕まえたり、捜査することではなく、有事の際に最寄りのプロ警備隊に助けを呼びに行くことだ。
だがそんなプロ警備隊ですら、信頼できるかと言えばノーだ。
雇われの身なのでスポンサーに頭が上がらなかったり、地域密着と言えば聞こえが良いが、事件が起きてもなあなあに処理したり、練度の差が激しかったりと色々問題がある。
国としては全国に警吏を配置したいと考えているが、あまり進んでいないのが現状だ。
「……自分のことはわからないけど、常識はあるみたいだ。人里までの道を教えてほしい」
「何時間も歩くことになりますよ。今の状態では、絶っ対に無理です!」
自分でも無茶だとわかっているが、それでもこれ以上独り身の女性に甘えるわけにはいかない。
警備隊までたどり着いたら、捜索願いが出ていないか確認してもらい、迎えが来るまでは教会に身を寄せられないかと考えた。
「いいですか! わたしは人体についてはそれなりに詳しいと自負しています! ここには薬がありますし、あなた一人くらいなんとでもなります!」
「……今の僕は、君に返せるものがないんだ」
「怪我人はそんなこと気にしないでください! いつまでも、あなた呼びは不便ですね。……髪も目も涼し気な色をしてるので、ウィンターとかはどうでしょうか?」
話はこれで終わりとばかりに「夕飯は消化に良いものにしましょう」と、微笑むジルコニア。
楽しそうにあれこれと語る彼女を見ながら(彼女は怪我人と言った……やっぱり流行り病じゃないんだな)と胸がモヤついた。
*
納屋のような家だったが、父親と年頃の娘が二人暮らしをしていただけあり、寝室は別だった。
ジルコニアは面倒見の良い性格なのか、あれこれと甲斐甲斐しく世話を焼いた。
(彼女は本当に善良な人間で、信念に基づいて行動しているだけかもしれない。でも不自然なことが多すぎる……恩人だからといって、無条件に信じるのは危険だ)
思い過ごしであれば良いと思う。
不安だらけの自分が、些細なことを違和感に昇格させて、神経質になっているだけだと思いたい。
*
ジルコニアが森に入っていくのを確認すると、家の捜索を開始した。
いつもの薬草採取なら、昼前までは帰ってこない。
自分の部屋は捜索済みなので、今日は彼女の部屋だ。
女性の部屋を漁ることに罪悪感が湧くが、大事なものを隠すなら私室を選ぶ可能性が一番高い。
「! ──これは」
床下収納の中には、上等な仕立ての紳士服がしまわれていた。
体に当ててみればサイズはピッタリ。
今自分が着ている服は、ジルコニアの父親が残したものだ。
彼女は今も昔も恋人はおらず、男物の服は父親のものしか無いと言っていた。
(僕の服に違いない)
震える手で細部をチェックしたが欠けたところはなかった。細かい細工が彫られた釦どころか、宝石が使われたカフスボタンまで無事だ。
(金目のものを売り払ってしまったから『荷物はなかった、服は捨てた』と嘘をついたのなら、どれだけ良かったか……)
それなら治療代として飲み込むことができた。
「生活が苦しいなら力になろう」と、この共同生活に前向きになったかもしれない。
(彼女の目的は一体何だ?)
自分の直感が正しかったことに安堵する傍ら、背筋が凍るような不気味さを感じた。
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