かーらーのー?
襲撃防止の為、サフィルスの移動経路は公にされていない。
更に今回は、イレギュラーな豪雨により日程とルートを変更しているので予測すら困難なことになっている。
本来であれば宿泊せずに通過予定だったトパーズ領で二泊し、使用予定だった橋が洪水で流されてしまった為に、仕方無く問題となった山道を使うことになった。
選ばれた道は生活道路で、地元民は日常的に馬車で行き来しているが、護衛付きの貴族が使うような立派なものではない。
事故が人為的なものであれば、実行可能なのはトパーズ伯爵の関係者だ。
もし王太子一行の後をつけていた者が居たとしても、その日の朝に決定されたルートを先回りして工作するというのは無理がある。
サフィルスの同行者が関与している可能性も低い。
伯爵家の使用人が山道を教えてから、彼らは集団で行動している。抜け出して細工することは不可能だ。
しかし事故当日から今に至るまで、不審な動きをした伯爵家の人間は居ない。
手段ではなく、動機から犯人を探すのも難しかった。
トパーズ領はジェンマ国有数の穀倉地帯で、今回の豪雨は収穫後に起きたことなので影響は少ない。
伯爵本人も芸術を愛する温厚な人物で、王家との確執はない。
一人息子は留学中で、夫人は息子に会うために先月から家を留守にしていた。
*
「トパーズ伯爵が殿下に危害を加えることはありえません」
「どうして断言できるんですか?」
「あの方は、雨によって殿下に直訴するチャンスを得たことを喜んでいました」
「直訴? なにか揉め事を抱えていたんですか?」
ダイアナが話を聞いているのは、サフィルスに同行していたメノウ秘書官だ。
文官であり怪我人でもある彼が現場でできることはないので、他の負傷者と一緒に王都に戻ってきていた。
メノウは馬車が転落する際に、頭をぶつけて脳震盪を起こしたため、あの時サフィルスがどうなったのか見ていない。
「最近、美術品を狙った窃盗団が周辺諸国を騒がせてるんです」
「それと伯爵にどのような関係が?」
「伯爵は自慢のコレクションをしまい込むのではなく、屋敷に飾って楽しみたいタイプなんです。次は自分の屋敷が狙われるかもしれないと思うと、気が気じゃなかったようです」
「なるほど」
「盗んだ品は裏で売買されているようなので、王都へ戻ったら捜査する予定でした」
他の者にも話を聞いたが、メノウの証言と似たりよったりだった。
*
帰還した素人探偵エスメラルダは、今回の落石を自然災害と結論づけた。
「──斜面の色が違ったの。長年吹きさらしだった部分と違って、事故現場の真上に位置する部分は風化していなかったから、きっとあそこが崩れたのね。崖上まで登ったけど、工作の痕跡は無かったわ」
「エスメラルダ様、ありがとうございます」
「……渓流沿いには砂利が広がっていたから、誰かがサフィルス様を回収したとしても足跡は残らないわね。河原を移動して着水時点から充分離れた後で森に入ったなら、初動捜査の目をかいくぐることができるわ。森は踏み荒らされていたから、もう足跡からの追跡は不可能ね」
「……大人数で徹底した捜索を行ったことが仇となりましたね」
「メイジーから、有益な情報があれば良いのだけど……彼女はまだ?」
「あの子は一度帰還した後、アベンチュリンに向かいました」
アベンチュリンは、トパーズを越えた先にある交易都市だ。
サフィルスは、今回アベンチュリンに用事があり出掛けたのだ。
「つまりトパーズでは、これといった成果が無かったのね……」
「メノウ様達の証言の裏を取れたので、意味がなかったわけではないんですが、殿下を探す取っ掛かりにならなかったのが辛いところですね」
*
事故から二週間後。
サフィルス帰還の知らせが王宮を駆け巡った。
「下流に流された殿下は、地元の人間に保護されていたようです。その者は薬師で、人里離れた場所に居を構えていたため、聞き込みから漏れていたようです」
薬師の女性は薬草採取のために山に入り、倒れた王太子を発見したらしい。
ずぶ濡れだったサフィルスはその後発熱。
彼女は意識を取り戻さないサフィルスを付きっきり状態で看病していたため、外の世界で何が起こっているのか知らなかったそうだ。
「……その者の家は、」
「若い女の一人暮らしのため、防犯目的で森に溶け込むようカモフラージュしていたようです」
アリアネルの言葉を、メノウが引き継いだ。
ぽつんと一軒家か。
人工衛星無いし、年季の入った偽装工作されてたら気付かなくても仕方ないな。
「現在、殿下は医師の診察を受けていますが、薬師が世話をしていただけあり健康面では問題がなさそうです」
「妙に引っかかる言い方ね」
言い難いことを後回しにしているのか、首に湿布を貼ったメノウは浮かない顔をしている。
「その……殿下のお戻りが遅れたのは、記憶に問題が生じたからのようで。ご自身が何者か覚えていらっしゃらないのです」
「なんてこと──!」
これにはアリアネルだけでなく、ダイアナも言葉を息をのんだ。
「常識や生活に必要な知識は問題ないのですが、名前や家族のことなど自身に関する記憶だけ失ってらっしゃいます」
全生活史健忘か。フィクションではポコポコ発生するけど、現実ではスーパーレアなやつだ。
「サフィルスを保護した者には報奨を払ったのよね?」
話の流れに嫌な予感がしたのか「褒美を渡して終わりにしたんでしょうね」と、アリアネルが念押しする。
「いえ。その……」
記憶喪失の訳ありイケメンと、人里離れた場所に暮らす女がひとつ屋根の下。
令和のWeb小説どころか、昭和の少女漫画から使い古されたベッタベタのシチュエーションだ。
「まさか。この城に連れてきたりなんてことは……」
アリアネルに睨まれて、メノウはモゴモゴと「だ、大丈夫です。殿下とは引き離しております……」と答えた。
「──その女の状況を報告しなさい。サフィルスは女について、何と言ってるの?」
言葉を詰まらせたメノウは、チラチラとダイアナの顔色を伺った。
ダイアナのことを気にしているようだが、これから口にする内容を彼女に聞かれたくないのか、それとも彼女に助けを求めているのか。仕草だけでは判断がつかない。
「私に気を遣っているなら、心配無用です。いずれ知れることですから今、包み隠さず教えていただきたいです」
さすが負けるのは嫌なので攻撃力に極振りする系ヒロイン。面構えが違う。
ダイアナの言葉に腹が決まったのか、メノウはゴクリと唾を飲み込んだ後、声を張り上げた。
「ジルコニアと名乗る女は現在取り調べ中です! ご安心ください! 『イケメンが落ちてたからお持ち帰りしただけ。惚れさせれば、玉の輿に乗れると思ったの』などと嘯いておりますが、そんな戯言を真に受けたりはいたしません! 必ずや真相を暴いてみせます!」
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。




