タッチダ〜ゥン!Ya〜ha〜!
エスメラルダが婚活サロンの紹介をしていると、母屋の方が騒がしくなった。
「ダイアナお姉様っ! お姉様はどちら!?」
メイジーが駆けてくる。
今日の茶会に、彼女の参加予定はなかった。
彼女はかさばるドレスと、走りにくい靴を履いているにも関わらず、恐ろしいほどの健脚だった。
公爵家の使用人が追いかけているが、どんどん引き離されている。
実況:先頭メイジー。二番手との差は五バ身以上!
解説:人を探しながら走っているからか、ややよれていますね。コース取りに手間取っているようです。
実況:二番手は執事セバスチャン。三番手は外から離れて孫のジョー。やや遅れて、内から息子のキングレイ。
解説:名門公爵家ならではの三世代共闘ですね。しかし執事一家がゴールまでに差し返せるのか、気になる開きです。
ナニコレ。とりあえずセバスチャンは年なんだから無理すんな。走るのは孫に任せとけ。
「メイジー・アダマス。止まりなさい」
メイジーの進行ルートに、オパールが立ちふさがった。
婚活サロンのステマの為、今日の彼女はエスメラルダの侍女ではなく、伯爵令嬢として茶会に参加していた。
自分を止めようと待ち構えるオパールを、メイジーは体を回転して交わした。
「おおスピン!」
力尽きて芝生に座り込んだジョーが歓声を上げた。お前まだ二十代だろ。立て、立つんだジョー!
「ああっ、お姉様! 落ち着いて聞いてください!」
プリティなダービーから、アメフトに切り替えたメイジーは、ダイアナの肩を掴むと叫んだ。
「──王太子殿下が、落石事故に巻き込まれたと知らせが!」
*
メイジーの乱入は、ダイアナの咄嗟の対応力を試すドッキリではなくガチだった。
サフィルスは仕事先から王都へ戻る途中、山道を走る馬車に転がり落ちてきた岩が激突し、後続の騎馬隊諸共斜面を滑り落ちた。
先行していた騎馬隊はふた手に別れて、片方は王太子の救助に、片方は人里に救援を呼びに行った。
ゆるゆるヨーロッパな世界なので、ガードレールなんてものはない。
道を踏み外した馬車は木々にぶつかりながら落ち続け、渓流に突っ込んだ。
一直線に落ちたのではなく、衝撃を殺しながら落ちたのでサフィルスと一緒に乗っていた秘書官はムチ打ちと打撲で済んだ。
滑落した騎馬隊員は途中で木に引っかかったので、落ちたのは数メートルのことだったが、生身だったのでこちらは重症者多数。
バイク事故と自動車事故の違いだな。
多くの負傷者を出したが、死者はゼロ、行方不明者が一名。
──騎馬隊が川の真ん中で横転した馬車へと駆けつけた時、そこに王太子の姿は無かった。
*
馬車の扉が破損していたことから、途中で投げ出された可能性があるとして当初は転落地点を中心とした捜索がなされた。
次に流された可能性があると、川を下る形で捜索範囲を拡大したが見つからず。
その後、大規模な山狩りを行うも成果なし。
落石は人為的なもので、サフィルスは連れ去られた可能性もあると、事故二日目からは山での捜索活動と並行して周辺地域の捜索と検問を行っているが成果は出ていない。
(馬車から投げ出されたとしても、距離はたかが知れてる。遭難なら生死問わずに見つかって然るべき。となると、攫われたと考えたほうが自然。誘拐なら、これだけ時間が経過しているのに、犯人から要求が無いのはおかしい。殺害が目的ならその場で始末して立ち去れば済む。……目的は何?)
王妃と一緒に状況報告を受けながら思案するダイアナ。
思考回路が恋愛小説のヒロインじゃなくて、推理小説の刑事なんよ。
(もどかしいけど、メイジー達の報告を待つしかない)
他所の家で騒ぎを起こしたメイジーは自宅謹慎中──ということにして、彼女は現地で聞き込み調査を行っている。
「金持ちの一人娘」「平民の孤児」「貴族の養女」と、目まぐるしい転身を繰り返したメイジーの特技は、瞬時に周囲に溶け込むことだ。
一通りの淑女教育を終えた彼女は、先日ダイアナが通う学園に編入したが、登校初日にして内部進学生のような馴染みっぷりだった。
ごく自然に井戸端会議に潜り込めるメイジーなら、いかつい兵士による調査とは違った情報を持ち帰るだろう。
新人メイドは見た! あらいやだ、そんな事情が? あらまあ、それは大変……
エスメラルダも捜索隊の陣中見舞いと称して、事故現場を見に行っている。
本当はダイアナも同行したかったが、憔悴した王妃に寄り添うよう国王に命じられて叶わなかった。
(……そもそも落石事故は手段として確実性に乏しい。大きな岩を用意するのは大変だし、期待通りに転がる可能性も低い。私が馬車を襲撃するなら上からじゃなくて、道の方に仕掛ける……)
ダイアナが物騒なことを考えていると「──引き続き捜索を続けます」と、昨日と同じ締めの言葉が告げられた。
隣に座るアリアネルがダイアナの手を握る。
ダイアナを慰めるような動きだが、本当は彼女自身が誰かにすがりつきたいのだろう。
アリアネルの手は、侍女たちに手入れされているとは思えないほどカサついていて、冷たかった。
化粧で誤魔化しているが、その顔はここ数日で一気に老けた。
「ああ……こんなことになるなんて……」
「ええ」
「どうして、あの子が……」
「道の整備が不十分だからです」
「そう──ぅえ?」
斜め上の回答に、未来の嫁と慰め合う気満々だったアリアネルは肩透かしを食らった。
「──今回のことで身にしみました。折角結婚しても、早々に死別しては意味がありません」
目尻に涙をためた状態でぽかんとしている姑を置き去りにして、ダイアナは続けた。
「王妃様。国民の死亡率を引き下げるためには、インフラの整備と医療の発展が必須です」
「ダ、ダイアナ……?」
「海路──造船・航海技術と、医療技術は民間でもカバー可能です。為政者だからこそできる仕事として、私が王太子妃となったあかつきには、陸路の整備と公衆衛生の向上に力を入れます!」
「どうしたらその発想になるのかわからないけど、つまり貴女はサフィルスが生きていると信じているのよね? そうよね!?」
「はい。目的はわかりませんが、殿下は連れ去り犯によって生かされていると思います。──絶対に取り戻します」
完全に目が据わっていらっしゃる。
大事な人の無事を祈る乙女じゃなくて、獲物を横取りされたハンターの顔だ。
ヒロインがしていい表情じゃないよもう。
「途中がよく分からなかったけど、希望を持つことは良いことね。ええ、私もしっかりしなければ!」
ダイアナの力強い言葉に影響されて、アリアネルの目にも力が戻った。
「王妃様。私はこの国の死因第一位を老衰にしてみせます!!」
「素晴らしい志だわ! でもその結論に至った過程がよく分からないわ!!」
ダイアナお嬢様は根っからのリアリストなので「老衰以外の死因を駆逐してやる!」とは宣言しなかった。できないことを口にしない点は流石である。
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。