ギャーギャーやかましいんだよ
「──……だそうよ。うふふ」
「まあ、素敵ね……──」
オブシディアン公爵家の広大でありながら完璧に整備された庭には、瀟洒なテーブルセットがいくつも並べられている。
清々しい晴天は気分を晴れやかにしてくれるが、女性にとって紫外線はニキビと並んで生涯の天敵。
日差しが当たらぬようセットされたパラソルがテーブルに優しい影をつくり、ゲストである淑女たちのドレスと相俟ってカラフルな布の祭典のようになっている。
華やかなお茶会会場は、花とお菓子の匂いが混ざりあい、野外にも関わらず甘い香りを漂わせていた。
「この度大使として赴任されたギャラハッド殿下は、高貴な方でいらっしゃるのに大変気さくな方でしたわ。婚約者はいらっしゃらないということですし、もしこの先も我が国に居を構えられるのであれば、この国の貴族と結びつくのも吝かではないと思いますの……」
ビジネスチャラ男を止めたギャラハッドは、元々空気が読める次男坊だったこともあり、女性ウケが一転した。
軽薄と気さくは紙一重。
フリーの王族、イケメン、コミュ力が高い。池に投げ込まれたお麩のように、恋に鯉する乙女たちが殺到していた。
「ええ。父の仕事の関係で、我が家も親しくさせていただいておりますが、両国の関係を考えても良い考えだと思いますわ」
おーっと。ギャラハッドと個人的に交流があるというアピールに対し、こっちは家単位で親しいんだとすかさず牽制!
目が笑っていない両者、見つめ合ったまま一歩も譲らず!
「我がグロッシュラー公爵家であれば、帝国の皇弟であっても釣り合いがとれますわ。もし縁を結ぶことができれば国益となります」
伯爵家の令嬢たちによる繋がり合戦を、公爵令嬢が叩き潰した。
「で、でも婚姻は両者の気持ちが大事ではございませんか。成人済みの殿下が婚約者を持たれていないのは、殿下も運命のお相手を探していらっしゃるからでは?」
「もちろん、私は殿下をお慕いしておりますわ。その上で各方面に利益があるのですから、これ以上の話はないと思いますの──エスメラルダ様もそう思われませんこと?」
身分的に問題がなく、国にもメリットがあり、恋愛結婚重視のお国柄に相応しく恋愛感情があると畳み掛ける。
貴族らしい言い回しをしているが、やっていることは「私、◯◯くんのことが好きなの。友達なら協力してくれるよね?」という女子特有の圧力だ。本人不在でよーやるわ。
「ギャラハッドの相手として自分が最も相応しい。文句があるなら、かかってこいや」と牽制したグロッシュラー公爵令嬢は、反論できない少女たちが悔しそうに黙り込む姿に満足そうに微笑むと、お茶会のホストであり筆頭公爵家の娘であるエスメラルダに話を振った。
「そうねえ……」
エスメラルダがどう答えるかによって、この先の流れが決まる。
ごくり、と数人の喉が上下した。
もしエスメラルダが同意を示せば、オブシディアン公爵家はグロッシュラー公爵令嬢とギャラハッドの婚姻を後押ししていることになる。
エスメラルダは、幼い頃からこのような会話に巻き込まれてきた。
彼女の同意ひとつで「自分は公爵家の庇護を受けているんだぞ」と虎の威を借る狐状態になる下級貴族もいれば、「オブシディアン公爵令嬢を従わせた。つまり女としては私のほうが格上よ!」とマウントを取ろうとする令嬢もいた。
「わたくしはホストなので、皆さんがお茶に手を付けていないことの方が気になるわ。喉が乾いてらっしゃると思うのだけど、お気に召さなかったのかしら?(訳:用意されたものに口をつけずにおしゃべりに夢中だなんて、お可愛いこと……)」
エスメラルダ主催の茶会だ。
すべてのゲストの好みを把握しており、アレルゲンを含む食材は排除している。相手もそれをわかっているので、エスメラルダと同じテーブルについた少女たちは青ざめた。
慌ててカップに手を伸ばして、口々に美味しいと褒めそやした。
その中にはグロッシュラー公爵令嬢も含まれている。
同意どころか、完全スルーされたことで彼女は再チャレンジすることができなくなった。
「そうそう、この中にはまだ婚約者をお持ちでない方もいるわね。近々王妃様が若者たちの恋愛結婚を支援するサロンを開設するとおっしゃっていたわ。ここだけの話だけど、ギャラハッド殿下も興味をお持ちだとか……」
無言で咀嚼していた少女たちは、エスメラルダの言葉に活気を取り戻した。
「そっ、それはどのようなものですの?」
「近々っていつかしら。私、今年のうちに一度領地に戻らなければいけないのです。場合によってはお父様と交渉して、予定を見直さなければ──!」
今日のお茶会は「庭の薔薇が美しく咲いたので、一緒に楽しみましょう」という名目で開催したが、単なる女子会ではない。
真の目的はダイアナの王太子妃教育の実地テストと、婚活サロンの紹介だ。
今も給仕に扮した試験官が、ダイアナのマナーと並行して、彼女が次世代を担う貴族子女と上手く交流できるかチェックしている。
遠目に確認する限りでは、エスメラルダのアシストがなくてもダイアナは問題なくやれているようだ。
何を話しているのかはわからないが、結構盛り上がっている。
エスメラルダは自分が居なくても大丈夫なことに安心すると同時に、一抹の寂しさを感じた。
「新しいサロンは、出会いを求めている男女だけが利用できるカフェだそうよ。気の合うお相手が見つかれば、その後はスムーズに婚約まで話が進むようなシステムになっているの」
「……旧劇場の解体が再開されましたが、もしかしてそこに?」
「ええ。宮廷料理人とラパンのパティシエが共同で、季節ごとにメニューを一新すると言っていたわ」
「まあ、宮廷料理人が!? 流石王妃様ですわっ!」
「私は自然な出会いを求めているのですが、お茶をするために行ってみようかしら。ええ、あくまで美味しいお菓子が目的であって、出会いなんてこれっぽっちも求めておりませんが!!」
「──あのっ、ギャラハッド殿下も利用されると解釈してよろしいのかしら?」
グロッシュラー公爵令嬢も食いついた。
「わたくしは王妃様経由で話を聞いただけなので、その辺りはなんとも。でも可能性はあるでしょうね……」
エスメラルダの言葉を都合よく受け取って、少女たちは盛り上がった。
楽しそうな彼女たちの姿を、エスメラルダは一歩退いたところから眺めていた。
聖杯騒動の後、アルチュールは皇太子として正式に指名された。
これをもってギャラハッドは、婿入りが可能な身となった。
彼に目をつけたのはグロッシュラー公爵だけではない。
少女たちは第二王子と婚約しているエスメラルダをライバルから除外しているようだが、王家とオブシディアン公爵家は彼女とギャラハッドが結婚することを望んでいる。
そもそもアレキサンダーとの婚約は、公爵家にメリットがなかった。
再教育中とはいえ問題児のアレキサンダーよりも、皇太子の弟であるギャラハッドを婿に迎えたほうが利がある。
ジェンマ国は現皇帝とは良い関係を築いているが、次代もそうとは限らない。
同腹の弟であるギャラハッドに自国の令嬢と結婚してもらいたいところだが、下手な家に彼を取られるのは困る。帝国の威光をかさに王家を蔑ろにしたり、妙な野心を持たれてはたまらない。
その点オブシディアン公爵家は、王妃の身内で関係も良好。
相手がエスメラルダだということもあり、彼女の婿になってくれるのが一番安心できる。
何よりアレキサンダーがまたやらかすんじゃないかと気をもむより、これを機に婚約解消してくれた方が悩みのタネが減る。
国王夫婦は、もはやアレキサンダーの結婚そのものを諦めている。
ギャラハッドが現れてからは「領地は無理だけど、適当な役職与えてやるから働いて自立してくれ。もし婿に欲しい人がいればあげるから、持って行っていいよ」というスタンスだ。うどん屋の天かすかよ。
王家の血をばら撒いても良いのかって? 余程問題のある相手じゃない限りは大丈夫だ。なにせ大量の王兄達によって、王家の血を引く者の数だけは近隣諸国の中でも頭一つ抜けているので今更だ。
(困ったわ……)
今までエスメラルダは、強いられた状況下でベストを尽くしてきた。
もし両親からギャラハッドとの結婚を命じられたら、すんなり応じただろうが「お前の意思を尊重するよ」と言われてしまうと、どうしたら良いのかわからないのだ。
当事者であるギャラハッドも「エスメラルダ嬢の気持ちを大事にしたい」と意思表示しており、それが逆に困る。
過去に「結婚したい相手が現れたら、アレキサンダーとの婚約を解消する」と宣言したが、何をもって結婚したい相手だと判断するのか、その見極め方がわからない。
ダイアナに相談したら「ギャラハッド殿下に対して生理的嫌悪感がなく、各所に利益があるなら良い話だと思います。保留する場合は、期限を決めるべきでしょう」と返された。
回答が完全にビジネスのそれなんよ。
これは色恋に興味のないダイアナお嬢様が、テキトーにあしらったわけじゃなくて、彼女の性質的にこの手の相談にはそれくらいしか答えられないんだ。
数々のお悩みを解決してきたD導師にも苦手分野はあるってことだ。
得意分野? 無論、敵を屠ることよ!
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