それほどでも(後編)
「ディには男爵の会社を継ぐ選択肢はないのかな。王妃となっても、君なら上手くやりそうだけど……」
王族が便宜を図って私腹を肥やすのは問題だが、過去には上手くやっていた者もいる。
アリアネルとオニクス三世は、トラブルの素になるくらいなら、直轄地の小作料と王族に割り当てられた予算だけでやりくりするタイプだが、次代もそれに倣わなければいけない訳ではない。
むしろ現在はアレキサンダーに領地を与えられないくらい余裕がないのだから、王家も収入を増やすべく多少は行動した方が良い。
「ありませんね。世襲にしてしまうと、代変わりするにつれ健全な経営ができなくなり、関係者が被害を受けます。アダマス家の事業規模だと、経済にも悪影響です」
現場を知らない人間が上層部にいるだけで、取引先も従業員も迷惑を被る。
会社も国も代替わりが一番難しい。それまでどんなに盤石な体制を築こうとも、ここで間違えるとあっという間に崩壊してしまう。
「一般的には商売が成功したら、我が子に引き継ぐものなんだけどね」
「まあ、苦労して育て上げたものを、あっさり手放す方が珍しいでしょうね」
前世の知識があるからこそ、後継者問題で揉めるくらいなら価値のあるうちに売ってしまうという発想になるのであって、ダイアナのように割り切った考えをする者はごく少数だろう。
「うん。現場のことは古株の従業員に任せたとしても、創業者一族として会社は手放さないのが普通なんだ……以前から思っていたけど、ディの考え方ってどちらかと言えば為政者側だよね」
「そうですか? まあ、価値観の違いは結婚生活に響きそうなので、殿下と感性が近いのであれば喜ばしいです」
「……」
「父の事業については丸々だと大き過ぎるので、解体して売却し、売れ残った部分を子供達が欲しがったら譲っても良いとは考えています」
「……」
以前クレイにこの話をした際、彼は震え上がっていた。
それは彼の分身とも言える会社に対する、娘の冷淡な扱いに青褪めたのではなく、至高の御方のごとき視野にシビれたからである。
お前は守護者じゃなくて、ダイアナお嬢様の保護者なんだぞ。そこのところ間違えるなよ。
「? フィル殿下、どうしたんですか?」
「え……あ、いや。その……」
二人は肩を並べて歩いていたが、気がつくとサフィルスの相槌が消えていた。
訝しむダイアナの視線から逃れるように、サフィルスは吃りながら顔を逸らした。
泰然自若な王太子にしては珍しい姿だ。
まあ余裕綽々に見えるが、彼もまだ十代の若者。結婚生活とか、子供とか立て続けに言われて色々想像したんだろ。そっとしておやり。
「もしかして体調が悪いとか? 只でさえ卒業前で忙しいのに、こんな遠くまで来ていただきましたし、今日も交渉後に私の用事に付き合わせてしまって……無理をさせてすみません」
「いや、それは大丈夫。帝国だろうと何処だろうと、僕が君を迎えに行かないという選択肢は存在しないから、それに関しては気にしなくて構わない」
「えっと。それはその、ありがとうございます……」
想定よりも真剣に返されて、ダイアナはたじろいだ。
二人が帰国する頃、ジェンマ国は卒業シーズンだ。
ダイアナの二歳上であるサフィルスは卒業生として式に出席する。
ダイアナの卒業を待って結婚予定なので、彼女が本懐を遂げるのはもう少し先の話である。
「イベント会場に付き添うことも、その後に街を観光することも提案したのは僕だ」
「そうですが……。今日は気温が低いし、早めに切り上げてホテルでゆっくり過ごします?」
暦では春終盤なのだが、地形のせいか日によっては昼間であっても肌寒い。かと言って外套を羽織ると、歩いているうちに汗だくになってしまうので体温調節が難しい。
今サフィルスが風邪をひいてしまうと、色々と差し障りがある。疲労で免疫力が低下しているなら無理は禁物だ。
「僕の体を気遣ってのことなら問題ないよ。今まで二人で出かける機会はあまりなかったから、ディさえ良ければこのまま散策したいな」
「それなら良いんですが。キツくなったら、我慢せず帰ってくださいね。お土産買ってかえりますから!」
ナンテコッタ、このお嬢様。婚約者がホテルに帰ったとしても、自分は一人で観光続行する気満々だ。
これはいけない。おひとり様歴が長すぎて、別行動に抵抗がなさすぎる。
一人じゃ行動できないのは困りものだけど、その単独行動EXははやいとこ矯正したほうが良いぞ。
「……本当に大丈夫なんだ。少し考え事をしてただけで、ええと、……そうだ。帝国で流行らせた娯楽小説だけど、我が国にも取り入れるつもりかい?」
護衛の気の毒そうな視線を無視して、サフィルスは少々強めに否定して誤魔化した。おい、そんな目で見るな。
「帝国には偶々試運転に適した砦と、イラスト製作に理想的な施設があったので上手くいきました。新しいものを流行らせるには、環境が重要です。帰国して再現しようとしても帝国ほど上手くいかないと思います」
「絵の方はなんとかなりそうだけど、あの砦のような土壌を用意するのは難しいな……新しいものに抵抗を感じる人間は多いから、最初から一般販売しても成功するビジョンが見えない」
「慌てて後追いしても利益が少ないと思うので、いっそのこと観測に徹するのはどうでしょうか?」
伝説をモチーフにしたファンタジー小説や、王子様や騎士がお相手の恋愛小説は元々存在していたが、豊富な挿絵+砕けた表現の一人称小説+突飛な設定を持つラノベは従来の娯楽小説とは別物と言って良い。
帝国内では早くも新しい文学として、従来の小説を大衆文芸、ラノベを娯楽文芸と区分けする流れになっている。
「ブームではなく文化として定着すれば、ゆくゆくはジェンマ国にも流入すると思います。折角なので娯楽文芸の存在が、文学や社会にどんな影響を与えるのか帝国の様子を確認してから我が国に取り入れましょう。帝国が先行して様々な問題を浮き彫りにしてくれるので、こちらは余裕を持って対策できます」
イイ笑顔で他国を実験体にしようと提案するダイアナ。
「発想が目新しいだけで、特別な技術や設備を必要としないので、利益になると分かれば他社も真似るでしょう。アナスタシア様の出版社は稼ぎ頭である娘シリーズがありますが、他は時間が経つにつれ地力のある出版社に追い抜かれる可能性が高いです。売り上げが低迷する頃に、国外への販路拡大を持ち掛ければ、公爵家に恩を売りつつ有利な条件で契約できます」
ダイアナお嬢様なりにアナスタシアを助けるつもりなんだろうが、なんだかなぁ。
護衛のサフィルスを見る目は、完全に同情のそれだ。
「……ディは本当に為政者向きだね」
「嬉しいです!」
えへへと可愛く照れてるところ悪いが、それ褒めてないぞ。
まあ少女漫画は片思い期間が一番面白いって、幼稚園の先生も言ってたからな。
書籍告知時に番外編投稿すると宣言していましたが、もう暫くお待たせしてしまうため告知関係なく番外編投稿します。
大人の事情だ、察してくれ。
書籍化は頓挫せず進行中です!
書籍はまだ先ですが、続編は2月から開始します。




