王宮マウントガールズ
(あらまあ)
王家主催の夜会で、トイレを済ませたダイアナは、三人の少女に取り囲まれた。
クリノリンで膨らませたスカートに阻まれ、間をすり抜けて逃げ出すことは不可能だ。
「金で爵位を買った男の娘は、夫も金で買うようね」
「本当に浅ましいこと」
「嫌だわ。こんな品の無い人達が、貴族を名乗るなんて」
「全くね。一緒にされたくないわ」
少女達はクスクスと、これ見よがしにダイアナを嘲笑った。
舞踏会の会場とは離れた場所にあるトイレのため、人通りはない。
ダイアナはさりげなく廊下に目を走らせたが、彼女含め四人の少女の姿しかなかった。
高位貴族であれば、もっと会場近くのトイレを使うことができるのだが、貴族としては最底辺の男爵位であるダイアナは会場から最も遠いトイレしか許されていない。トイレ格差!
片道十分、往復二十分。早めに移動しないと、取り返しのつかない事態になる。つら。
「……パートナーを待たせておりますので、失礼致します」
先ずダイアナは波風立たないように、やんわりと離脱を試みた。
ダイアナお嬢様は切れたナイフなのだが、常に剥き出しな訳ではない。
理性ある生き物なので、ちゃんと初手は対話を試みるのだ。
「パートナーって、シルバー様の事を言ってるの? 大人しそうな顔して、図々しいわね!」
「あの方がどれだけ人気があるのか知らないの? ああ。知っていて、ひけらかしているのね」
「親の力を使ってシルバー様を縛り付けて、恥ずかしいと思わないの?」
「……」
覚醒後も、見た目は大人しそうなダイアナ。
彼女が反論しないのを、都合よく勘違いした御令嬢達は調子に乗った。
ダイアナはショックを受けている訳でも、図星を指されて反論できない訳でもなく、彼女達を観察しつつ弾を装填しているだけだ。
何の弾かって? そりゃ勿論ショットガンよ。
彼女達は嬉々として、ダイアナを攻撃しているのだ。
右の頬を打たれたら、ショットガンで撃ち殺す系お嬢様のダイアナは無言で銃を構えた。
少女達よ、もっと言葉を選びたまえ。今際の際だぞ。
「貴女はシルバー様と、スフィア様の仲を引き裂いた自覚がないのかしら?」
「スフィア様?」
初めて聞く名に、ダイアナの眉がピクリと跳ねた。
興味をひかれた彼女は、引き金にかけた指を一旦止めた。
「シルバー様の恋人のスフィア様よ! お金なんかじゃなくて、真実の愛で結ばれた本物の絆よ!」
「恋人?」
「知らないはずがないでしょう! お二人とも目立つし、学園では有名なカップルだったんだから、とぼけても無駄よ!」
残念だが本当に知らないのである。
記憶を取り戻す前の、ダイアナお嬢様は『ぼっち』だった。
先程、名も知らぬ令嬢Aが言ったように、由緒正しい貴族の方々は、金で爵位を買ったアダマス家を同じ貴族として認めていない。
直接的な攻撃はしないが、遠巻きにして、決して自分達から話しかけたり仲間に入れようとはしなかった。
更にダイアナお嬢様。お家は裕福だが手持ちは無いので、お金目当てで彼女にタカる人間もいない。
ワンマン仕事中毒なクレイは「家族何それ美味しいの?」状態なので、学園に通う生徒達は、娘である彼女を足掛かりに父親に近付いてうまい汁を吸うこともできない。
俯きがちで自分の意見を言わないダイアナは、話して楽しいタイプでもないし、人と共有できるような趣味もない。
社会的にも、金銭的にも、人間的にも彼女と交流して得られるものは無いのだ。
故にぼっち。
ダイアナ自身も人と関わろうとせず、学園では気配を消して過ごしていたので、噂話どころか流行りも知らない。
休み時間は何してるって?
本を読むか、景色をぼーっと眺めるかだ。
就学して数年間これで過ごしているのである。一人でも全然平気。ある意味肝が据わっている。
この辺はソロ活のプロであった前世と同じだ。
どこでも一人で楽しめちゃう奏江の趣味は「一人で地方の遊園地に行き、絶叫系に乗りまくる」だ。地雷臭が凄い。
話が逸れたが、事務的な用事で話しかけられない限り、学校でダイアナが口を開くことはない。
クラスメイトの中には、彼女の声を聞いた覚えの無い者もいるだろう。
無断欠席しようが、授業中に居眠りしようが誰にも気付かれない少女、それが覚醒前のダイアナお嬢様である。ある意味羨ましい。
恋愛結婚大正義の風潮に関しても、実感が薄いので「今は政略結婚は珍しいのね」くらいの認識で、一般人の反応とはだいぶ温度差がある。
旧ダイアナは恋愛に対し夢見ることもなければ、政略に対する嫌悪感もないのである。
前世の記憶を取り戻した今では「まだ政略結婚が残っていて良かった!!」くらいに思っている。
「貴女だって学園で見たはずよ。シルバー様と並んでも遜色ない位、スフィア様は華やかで人目を引く美人なんだから!」
反応の薄いダイアナに焦れたのか、名も知らぬ令嬢Aが声を張り上げる。
ハッキリ言ってケバいのだが、物は言いようである。
「銀髪のシルバー様と、金髪のスフィア様は対のようにお似合いのカップルなの!」
すかさず令嬢Bがスフィアを持ち上げる。
しかしダイアナも金髪なので、与えるダメージはゼロだ! レスバ力鍛えて出直しな!
「スフィア様は才媛で、入学から常に十位以内の成績をキープされているのよ」
令嬢Cが別角度で援護した。
これは本当。
スフィアはお勉強できる系のギャルである。
愛人なんて止めて、そのまま国立王都大学・通称KO大に進学しろよ。
「他には?」
言いたいことを言い切ったのか、三人はドヤ顔でダイアナの反応を伺ってきたので彼女は続きを促した。
追求されるとは思っていなかった少女達は、わかりやすく狼狽えた。
「他? ええと、ええと。〜〜ッ大人っぽい!」
老けているとも言える。
「それだけですか?」
ネタ切れ早いな。
「それだけ!? 違うわよ、そのっ……無遅刻無欠席!」
「う、生まれて一度も虫歯になったことがない!」
彼女達はスフィアの友人なのだが、異性と付き合っている十代の若者なんて同性との友情よりも、恋人優先。
幼馴染であれば付き合いが長い分、褒める手札も多かったのだろうが、残念ながらスフィアと彼女達が友達になったのは、入学後なのでそんなに深い仲でもない。
スフィア上げに失敗した彼女達は、方向性を変えた。
「シルバー様は、女性に凄く人気のある方なのよ!」
「そうよ。特にデビュタントが多く参加する夜会なんて、ダンス待ちの令嬢で鈴なりなんだから!」
「列を整理しやすくするため、出席時は毎回壁際に配置されるの! 最後尾はプラカード掲げるくらいよ!」
「一時間待ちは当たり前。高位貴族であればファストパス発行してもらえるけど、それでも最短二十分待ちなんだから!」
おいおいおい。盛りすぎておかしなことになってるぞ。
その列の先頭、シルバーじゃなくて『新刊五百円』って書いてるテーブルじゃない?
最後なんて完全に有名テーマパークじゃん。シルバーとのダンスは大人気絶叫型アトラクションなの?
「それは凄いですね」
ツッコミどころは色々あるが、まだ欲しい情報を引き出せてないのでダイアナはスルーした。
「――例えば過去にどんな方とお付き合いされたり、お誘い受けたりしたんですか?」
苦し紛れの創作話とは違って、過去に見聞きしたゴシップを披露するだけなので、少女達は意気揚々とそれはもう饒舌に語りはじめた……
*
婚約者の女性遍歴という欲しい情報を手に入れたダイアナお嬢様は、目の前の少女達を始末することにした。
理由は様々だろうがシルバーとダイアナの政略結婚を、快く思わない連中は多いのだろう。彼女達が良い例だ。
この三人を無傷で解放してしまえば、今後もダイアナは第二、第三の正義のお節介達に絡まれる日々を送ることになってしまう。
「――誤解を訂正したいのですが、我が家はシルバー様を指名したわけではありません」
表現が端的過ぎたのか、三人はあまりピンときていない様子なので、丁寧に説明する。
「シルバー様が、婚姻において恋愛感情を重視することはご本人の口から聞きました。その時に、私からも『恋心を貫きたい相手が現れたら直ぐ申告してほしい。婚約者変更に応じる』と伝えています」
一見すると悪役令嬢転生の「断罪されたくないよぉ。ヒロインを好きになったら、直ぐに婚約解消するから言ってね?(プルプル)」だ。
だが実際は「お前じゃなくても良いんだから、変なところで引っ張るんじゃねぇぞ。やる気ねぇなら、とっととリタイアしろ」だ。
「!? そんな出まかせ、信じると思うの!?」
「そっ、そうよ! 口では何とでも言えるわ!」
「嘘おっしゃいッ!」
「ジェンマ国でも屈指のイケメンであるシルバーに、ダイアナが目をつけて、彼を縛り付けている」と思い込んでいた少女達は動揺した。
「嘘ではありません。スターリング侯爵にはシルバー様が辞退された時に備えて、代役となる婚約者候補のリスト作成をお願いしています」
侯爵家当主が出てきたことで、彼女達の顔色が変わった。
「何それ? 聞いてないわ!」
「どういうこと?」
「話が違うわ!」
苦し紛れの嘘だと思いたいが、スターリング侯爵の名まで出してしまっては、真実が明らかになった場合に苦境に立たされるのはダイアナだ。故に彼女が嘘をついている可能性は低い。
彼女達はスフィアのお友達であるが、共犯者ではない。
シルバーがたてたフラグを、きっちり回収したスフィアは夜会の前にお友達の前で嘆いたのだ。
「アダマス家に嵌められて、スターリング家からは婚約を解消できない。ダイアナから婚約を辞退してくれない限り、シルバーは無理矢理結婚させられてしまう」と――。
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