アイツやりやがった(最終話)
「男性と女性ではセンスが違う。特にアクセサリーを男性が独断で選ぶと、高確率で失敗するらしい」
「はい? あの、ちょっと。唐突すぎて、何が何だか……?」
話の意図がわからず、アナスタシアは目を白黒させた。
「女性にアクセサリーを贈る場合はサプライズはせず、相手の意見を聞くのが一番だとアグに聞いた。聖杯を溶かして好きなものを作ってくれ」
「ヒィッ!?」
「純金だ。この重量なら、若者向けの華奢なデザインであればフルセット作れるぞ」
あー。聖杯のことを既に金塊としか認識してないから、その扱いなんだな。
でもな、アグが言いたかったのは一緒にアクセサリーショップに行って相談したり、行商が持ってくる商品を一緒に選べってことだと思うぞ。
金塊渡して「好きにしろ」って、聖杯関係なくアウトだからな。
「国宝をアクセサリーに加工したことが世間に知れたら、公爵家は終わりです! それに恐れ多くて、とても身につけられません!」
王子に国宝貢がせてアクセサリーに作り変えたとか、歴史に名を残す悪女になれるな!
「あと失礼ですが、聖杯で作ったアクセサリーって、ええとその……不思議な力を持っていそうじゃないですか……?」
「ぶっちゃけ呪われそう」と言うのは流石に憚られたので、アナスタシアはマイルドな表現を選んだ。
確かに下手に手を加えると、呪いのアイテムになりそうだ。
指輪なんて作った日には、世界を巻き込んだ争奪戦が起きるぞ。
「君が不要だと言うなら仕方がない。……ペアグッズでも作って、サフィルス王子に結婚祝いとして贈るか」
「絶対にやめてぇ!!」
「何故だ? 我が国がオカルト兵器を手放したと示せば、両国の関係は更に良くなるだろう」
「むしろ逆! 喧嘩売ってると思われますっ!!」
それよりお前、オカルト兵器だと認識してる物で求婚相手へのプレゼント作ろうと思ったのか。
ダイアナお嬢様の心臓はダイヤモンドだが、ヴァルの神経はオリハルコン製に違いない。
「そもそも何で聖杯を材料に日用品を作ろうとしてるんですか!? そんな事したら、殿下と言えど罰せられますよ!」
「大丈夫、許可は得ている。── 聖杯は人の手に余るものだ。実験を行い運用方法を確立すべきという意見もあったが、そう都合良くはいかない。このような物をアテにするようでは、帝国に未来はない」
聖杯は願いを叶えるが、その手段が人間にとって都合の良い方法とは限らない。猿の手みたいなものだ。
「聖杯を巡って争う可能性、悪用される危険性、そして聖杯の能力を既に知ってしまっているジェンマ国から警戒されるリスクを考えると、適当な理由をでっち上げて処分するのが妥当と判断させた」
「させた? された、ではなく?」
「そうなるようボクが誘導したから、させたで合っている。継承権の放棄を条件に交渉したんだ」
「そんな……」
「元々地位に執着は無い。どうでも良いものと引き換えに、不安要素を取り除くことができるなら安いものだ」
「……たとえヴァル殿下がそう認識していたとしても、ご自分を犠牲にされたようで私は胸が痛いです」
「自分を交渉材料にしたおかげで、聖杯の処分権を得た。争いの種は無くなるし、聖杯は金として再利用できるから、君も喜ぶと思ったんだが……」
(この人は想像力がないわけでも、共感能力がないわけでもない。感性が人と違い過ぎるんだわ)
ヴァルが表情を曇らせる様を見て、アナスタシアは悟った。
「……何を考えてこのようになさったのか理解できました。お気持ちは嬉しいです。ただ殿下の発想は一般人には受け入れ難い部分があるので、聖杯をどうするのかは別の方法を考えましょう」
「君は秘密裏に始末することを望んでいるのか?」
「まあ、それが無難だと思います」
「では瓶の蓋に成型して、金であることを隠すため鍍金加工しよう。ゴミとしてバラバラに捨てれば、人知れず処分することができる。……この量なら、七個くらい作れそうだな」
それ全部集めたら願い叶うやつじゃん。別の物語始まっちゃうじゃん。
「あの、……聖杯を利用されないようにするのは賛成です。でも私は聖杯に助けられました。聖杯が粗雑に取り扱われたり、ゴミのように処分されるのは心苦しいです」
「まさかとは思うが、君は道具に恩を感じているのか? 聖杯に自我はない。これは自主的に君を助けたんじゃないんだ」
「そ、それはわかっています。私は物の価値は、市場価値+エピソードだと思うんです。誰にもらったとか、その物にまつわる思い出とかによって、持ち主にとって唯一無二の存在になるんです。……そして聖杯は、私にとって特別な物なんです」
たとえ道具として機能を発動しただけであっても、聖杯は絶体絶命だったアナスタシアを助けた。
そして彼女が、今こうして胸を張って自分の意見を言えるようになったのも、聖杯がもたらした奇跡のような縁によるものだ。
「好き勝手言って申し訳ございません。聖杯を道具として誰にも利用されない、でも丁重に扱われるような方法で穏当に始末することはできませんか?」
以前のアナスタシアだったら、相手から否定されるような事を言われたら直ぐに引き退っただろう。
ヒロインのようなイイ子ちゃんな言動が問題なんじゃない。
心にもない綺麗事を口にして、相手の顔色次第で簡単に撤回するのがいけないのだ。
自分の悪癖を理解したアナスタシアは、意見を口にする前に、本当にそう思っているのか、自分の心に問いかけるようになった。
これは自分の本心だと確信を持って口にした言葉であれば、自信を持って主張できる。相手がどんな反応をしようと、容易く怯んだりしない。
「──わかった、任せてくれ。君の憂いを取り除くのは契約の内だ」
*
アナスタシアとヴァルの会話から暫く経ったある日。
ジェンマ国にあるギャラン帝国大使館には、一連の騒動に巻き込まれた人物達が集まっていた。
「『帝国は聖杯を手放した』と知らせがきた。もうアレが誰かの願いを叶えることはないよ」
「破壊したんですか?」
ギャラハッドの言葉に、ダイアナは首を傾げた。
「回収して悪用されるのを恐れてか『適切に処分した』としか手紙には記されていないけど、まあそうだと思う」
「その発表は信じるに足りますか?」
「こればっかりは信じてくれ、としか言えないな。でも処分を担当したのはヴァルだ。アイツのことだから、徹底的にやったはずだ」
聖杯の力は切り札にするには不安定で、悪用されたら洒落にならない。
流石の帝国も持て余したのだろう。
ダイアナはひとまず信じることにした。
「──これは……もしかしかして、ご家族の肖像画ですか?」
話が途切れた時、名探偵エスメラルダが、マントルピースに飾られている絵に気付いた。
「このフレームは純金だね。さすが帝国だ」
高級感漂う佇まいに、サフィルスが感嘆した。
「ヴァルからの贈り物なんだ。遠くに行くなら、家族の絵を持つべきだって……」
持ち運びを意識したのか、掌サイズの肖像画には椅子に座ったドゥ皇帝とアルチュール、その側に立つエレインとギャラハッドが描かれている。
発案者はヴァルだが、彼は異母兄なので描かれてはいない。
「『家族の肖像画に腹違いの兄が入るわけにはいかないから、代わりにこの額縁をボクだと思って欲しい。何も起こらないと思うが、万が一の際、お前の力になるかもしれない』って、手紙と一緒に入ってた」
「財産になるから、困った時に換金しろってことですかね」
「違うわよ。きっと離れていても兄として見守っている、という意味よ。素敵ね」
「彼とは挨拶程度しか話したことがなかったけど。家族想いの良いお兄さんなんだね」
ダイアナお嬢様だけアレな感じだが、口々に褒められてギャラハッドは照れ臭そうに頬を掻いた。
「うん。この前はアイツと関わるとロクなことにならない、とか言って悪かったな」
にこやかに談笑する一団の視界から外れた場所で、「その通りだから罪悪感抱く必要ないぞ」と訴えるかのように額縁が鈍く輝いた。
ギャラン帝国編END
気がつけば本編よりも続編の方が長くなり、本編の定義がわからなくなりました。
ここまでお付き合いいただいた奇特な方々、皆様は立派なDオタです。お疲れ様でした!
この作品を愛し、レビュー、感想、評価、ブックマーク、いいね、誤字脱字報告していただいた全ての方に感謝いたします。皆様の応援を糧にして、最後まで楽しく完走することができました。
ギャラン帝国編でカットしたエピソードについては、書籍について続報をお知らせする際に、番外編として投稿する予定です。平たく言うと宣伝行為ですね。
書きたいネタが浮かんだら、また性懲りも無く連載中に戻すと思いますが、今のところはその予定がないので完結とさせていただきます。こんなこと言っておいて、年始辺りにコランダム編始めてたら笑えるな……