守護らねばならぬ
求婚に対する返答を迫られたアナスタシアが、奥義「大切なことなので、後日正式にお返事します!」を発動したことで、その場はお開きになった。
アナスタシアとしては、今後の身の振り方をダイアナに指南してもらいたかったのだが、それは叶わなかった。
ダイアナ師匠は「貴女はもう一人前です。私が教えることはありません」と告げてさっさと帰国してしまった。
ここだけの話、ダイアナお嬢様はかなりショックを受けていたんだ。
中身が自分からアナスタシアに戻った途端、求婚される姿を目の当たりにして打ち拉がれたダイアナ。
あんなプロポーズでも構わないのかって?
思い出してみろよ。サフィルスのプロポーズだって相当だったぞ。
まあとにかく、異性からプロポーズされた時点で、ダイアナの中でアナスタシアは立派な大人。フォローが必要な少女ではなくなったのだ。
大人げないと言うなかれ。「初対面でプロポーズなんて困る〜。ねえ、どうしたらいいと思いますぅ?」なんて言われても、長きに渡り婚活に苦しみ続けたダイアナお嬢様には、相談風自慢にしか聞こえないのだ。
*
ダイアナが帝国を去った後、アナスタシアはケイと相談しつつヴァルへの返事を認めた。
彼女が出したのはお祈りレターだ。
公爵家の当主となったアナスタシアの結婚相手は、婿入り可能な人物であることが必須条件だ。相手が王族だろうと絶対に譲ることができない。
アナスタシアが手紙を出した翌日、第二王子が継承権を放棄した記事が新聞の一面を飾った。
「随分憔悴しているな。もしかして、ボクが継承権を放棄したことに責任を感じているのか?」
「あ、当たり前です」
報道の数日後にヴィヴィアン公爵邸を訪れたヴァルは、相変わらず天使のような笑みを浮かべていた。その姿にアナスタシアは救われるどころか、昇天しそうになった。
「やはりそうか。運悪くタイミングが重なっただけで、君の返事が理由で継承権を放棄したわけじゃない」
「そうなんですか!?」
「ギャラハッドが皇帝候補から降りたから、ボクも倣っただけだ。結果として婿入り可能な身となったが、だからと言って君に無理強いしたりはしないから安心してくれ」
「……」
「ボクの目的は一般人の感性を理解することだ。求婚者の一人として、君と過ごす時間を重ねることでそれが叶うのなら、結婚する必要はないんだ」
「……ヴァル殿下。私がプレッシャーを感じないように、そのように仰っているなら止めてください。『別にお前と結婚できなくても構わない』と言われれば、殿下に特別な感情を抱いていなくても、私を含めほとんどの女性は不愉快になります」
「そうなのか!」
「選択肢を与えるにしても、相手に関心がないと感じさせる表現は駄目です。侮辱と受け取られます」
「わかった! 今後もその調子で頼む!」
アナスタシアの言語化に、ヴァルの目が輝いた。
「……私は長いこと自分の本心がわからない状態で生きていました。ヴァル殿下と話す時には、自分の気持ちをはっきり言葉にする必要があるので、私にとっても殿下との会話は良い訓練です。婚約に関しては今の段階では何とも言えませんが、お会いすること自体はそう悪いことではないと思っています」
「それはよかった。君の時間を消費させて、ボクが一方的に利益を得るのは不公平だ。だがボクと違って君の方は必要に駆られていないのだから、まだ釣り合いが取れているとは言えない」
「なら私が困った時、手助けしてください」
「お安いご用だ」
昔のアナスタシアだったら「良いんです。気にしないでください」とでも言って、自ら搾取される立場に甘んじていただろう。
「先程のお話で気になったんですが、何故ギャラハッド殿下に合わせてヴァル殿下も辞退したんですか? ──あっ。口外できない内容の話であれば、流してください」
「大したことじゃない。ギャラハッドがアルチュールの為に時間稼ぎしたがっているようだったから、ボクも乗ってあげていただけだ。同腹の兄弟二人の争いになるとバランスが悪いからね」
派閥のバランスだけではない。
候補が二人だけだと、ギャラハッドは必然的にアルチュールと敵対することになる。ヴァルは自分が入ることで、ギャラハッドが真正面から兄に敵視されるような状況にならないようにした。
「自ら辞退したという事は、アルチュールが皇太子としてやっていけるくらいにはマシになったんだろう。ならボクが候補として居座る必要はない。個人的にアイツがどうなろうと興味はないが、あの子の努力が報われたなら喜ばしいことだ」
「てっきりヴァル殿下は皇帝になる為に、私に契約を持ち掛けたんだと思ってました……」
皇帝として人の上に立つために、人心を理解しようとしているものと考えていた。
「他に選択肢が無ければ引き受けるが、あんな面倒な役目を好き好んでやりたい奴がいるなら、そいつにやらせれば良いと思っている。あの子はアルチュールに拘っていたけど、ボクはそうじゃない。他に適当な候補がいればとっとと押し付けるつもりだったけど、残念ながら居なかっただけだ」
ヴァルもアルチュールも性能としては高水準だが、大きな欠点があるピーキータイプだ。
ヴァルとしては皇帝として最低限の役目をこなせるレベルであれば、飛び抜けて優秀である必要はないと考えている。
残念ながらその水準に到達する他の兄弟が居なかったので、長いこと三人でグダグダするはめになったのだ。
「……ええと、私の勘違いだったら恥ずかしいんですが。ヴァル殿下って、ギャラハッド殿下のことを随分気にかけてませんか?」
ギャラハッドが『あの子』呼びなのに対して、アルチュールは『アイツ』扱い。
二人は腹違いの兄弟だ。母親同士が仲が良いという噂を聞いた覚えもないので、アナスタシアは何故こんなにヴァルがギャラハッドに肩入れするのか不思議だった。
「エレイン妃に、子供の名前をギャラハッドにするよう提案したのはボクだ。あの子のことを気にかけるのは、名付け親として当然の義務だ」
親心だった。
衝撃の発言に、アナスタシアはお茶をひっくり返しそうになった。
「義務だけじゃない。名前の件を抜きにしても、兄弟のなかでは一番仲が良いんだ!」
前言撤回、やっぱりブラコンだった。
残念ながら、ギャラハッドはそう思ってないみたいだぞ。
「えっ! ちょっ、ええ!? どうしてそんなことに!?」
「そうだな。どこから話せば……アグに言われたように、順を追って話すと長くなるが、構わないか?」
「寧ろそれでお願いします!」
ヴァルの基準で端折られたら、理解できる気がしないのでアナスタシアは即答した。
「最初に言っておくが、起きた出来事は一つでも情報の切り取り方次第で、幾通りものストーリーが生まれる。これはあくまでボクの視点での物語だと、心に留め置いてくれ」
「わかりました……」
「当時の関係者は多いが、実は一連の流れを全て知っている人物は殆どいない。多分皇帝陛下とボクくらいだろう」
何故第二王子でしかないヴァルが、皇帝と肩を並べて全体像を把握しているのか。
これが他の人物だったら疑問に思うところだが、相手がヴァルだというだけで納得できてしまうのが凄いところだ。
「あの頃は不用意に詮索すれば、あらぬ疑いをかけられるような状況だった。だから誰もが自分の与えられた役目に関与する部分でしか、事態を把握していなかったんだ」
「あの。本当にそれ私が聞いても良い話ですか……?」
アナスタシアは早くも後悔していた。
どうしてヴァルがギャラハッドの名付け親になったのか、軽い気持ちで聞いただけなのに、前置きだけでスケールがデカ過ぎる。
今すぐ平和な世界にUターンして、たわいの無い世間話に戻りたい。
何の成果も得られない代わりに、精神的な負担もない茶菓子の話題に移りたい。
でも自分から聞いた手前、やっぱナシでとは言い出し難い。
「緘口令は敷かれていない。口にする人間がいないのは、語れるだけの情報を持っていないからだ」
「そ、そうですか……」
普段は嫌になるくらい察しが良い癖に、こんな時だけ乗り気じゃないアナスタシアの態度に気付かないヴァル。
「アルチュールの暗殺未遂は、第一王女の母親である皇妃が主犯だった──」
お前これ、エピローグにブッこむ話じゃないぞ。
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10月中に終わりたかったのですが、少しはみ出します。かたじけない!




