大切なことなので、後日正式に返答いたします!
「他人の創作物に含まれた意図について、勝手に断言できる人間は居ない。だが君はボクの質問に対して即答した。──つまり君が作者だ」
(しまった──!)
取り返しのつかない事態に、アナスタシアの全身から冷や汗が噴き出した。手の震えが止まらない。
これ以上の失態は避けたい。
今後の対策を練るためにも、一刻も早くこの場を離れなければ。
男性二人から見えないように、アナスタシアはハンドサインを繰り返した。
事前の取り決めでギブアップのサインを見かけたら、適当な理由をつけて使用人が離脱させてくれる手筈になっている。
「お話し中に失礼致します。アナスタシア様、裏で至急お話ししたいことがございます。少しお時間いただけませんか?」
イベントスタッフのフリをしたダイアナが、アナスタシアの救出に入った。
個性的な髪のアグと並び立つ金髪頭。会場に到着したダイアナは、直ぐに彼がヴァルだと確信した。
会話内容までは聞こえなかったが、アナスタシアの様子が徐々に不穏なものになり、遂にSOSサインが出たので割って入ったのだ。
「ダイ──大丈夫よ。すぐに行くわ」
頼もしい味方が現れたことで、アナスタシアの顔に生気が戻った。
「ダイアナ・アダマス男爵令嬢。何故他国の貴族にへりくだる様な態度を取るんだ? それにアナスタシア嬢もだ。相手はジェンマ国の王太子妃になる女性だ。いくら親しくてもその物言いはどうかと思う」
面識のない相手からナチュラルに指摘されて、ダイアナは驚いた。
正体がバレてしまっているのなら、嘘の理由で離席するのは無理だ。
ダイアナは演技を止めると、態度を改めた。
「……ヴァル殿下とお見受けします。どこかでお会いしたことがありますか?」
第二王子は目立つ容姿をしている。たとえ廊下ですれ違っただけでも印象に残りそうなものだが、ダイアナは本気で彼に見覚えがなかった。
「今日が初対面だ」
彼女の問いに端的に答えると、ヴァルはパチパチと二回瞬きをした。
「──そういうことか。裁判所では実に見事な立ち振る舞いだった。貴女のような聡明な人物が王妃になるならジェンマ国は安泰だな。また貴女が我が国にもたらした文化は、新たな産業としてこの国を更に繁栄させるだろう。王族の一人として深く感謝する」
「えーっと。話についていけないんですが、説明してくれますか?」
成り行きを見守っていたアグが、小さな挙手と共に発言した。
「先日ジェンマ国の王太子が、婚約者と共に我が国の聖杯を見学したことは、お前も覚えているだろう?」
「ええ、まあ……」
急に話が飛んだことに、彼は首を傾げながら同意した。
一同無言のまま数秒が経過した。
「…………非常に信じ難いんですが、殿下は本気なんですね?」
「ああ、ボクも驚いてる。まさか聖杯に本当に力があったとはな」
「オレが信じられないって言ったのは、たったあれだけの言葉で説明したと思ってることに対してですよ! それ説明じゃなくて、ヒントですから! この間、お願いしましたよね! 人に何か説明する時は、クドいくらい丁寧に言ってくれって!」
「お前にも分かるように述べたつもりだ」
「あれで!? じゃあ言い方変えます。数学の証明みたいに、思考過程を一段階ずつ解説してください!」
アグの訴えには大いに共感するところがあるので、少女達は口を挟まなかった。
「改めて聞きますけど、どうして初対面なのに彼女がアダマス男爵令嬢だと分かったんですか? 彼女が裁判所で何したんですか? あと文化とか産業とか初耳なんですけどっ!」
「彼女のドレスは、今冬にジェンマ国で流行ったデザインだ。それに使われている染料は、昨年ジェンマ国の南部で開発されたばかりで今も輸出制限がかかっている」
「ドレスを仕立てるのには時間がかかるので、物理的な問題で帝国の貴族には不可能ですね。でもそれだと、彼女がジェンマ国から来たことしか分かりませんよ?」
納得いかない様子の側近に対し、王子は解説を続けた。
「アクセサリーに使われている宝石を見ろ。どれも小ぶりだが最上級品だ。一式揃えて身につけることができる人物は限られている。そして現在、帝国に滞在するジェンマ国の貴賓で、条件に合致するのはダイアナ・アダマス男爵令嬢だけだ」
「うーん。地位のある外国人相手にうっかり揉め事を起こさないよう、ウチの国は要人が入国した場合、直ぐに噂広めますからね。じゃあ、裁判とか文化とかは?」
ゴシップというよりは、外交問題が発生するのを避けるために、積極的に情報共有するのが帝国の流儀だ。
「裁判はお前も一緒に傍聴しただろ」
「オレが殿下と最近傍聴したのは、ヴィヴィアン公爵令嬢──失礼、公爵の一件だけですよ」
「その件で間違いない。ヴィヴィアン公爵は多重人格ではなかった。あの日、ボク達が見たのは彼女の体に入ったアダマス男爵令嬢だったんだ。裁判に出廷したのも、絵を多用した娯楽文芸を作り出したのも、アナスタシア・ヴィヴィアンの姿をしたアダマス男爵令嬢だ」
「はあ!? そんな事あり得るんですか!?」
「彼女のイントネーション、発音が裁判時のアナスタシア・ヴィヴィアンと一致している。何故そんなことになったのか原因は不明だが、聖杯を使って元に戻したんだろう」
話が一気にオカルトになり、アグは眉間を揉み解した。
「ちょ、ちょっと待ってください。あまりに非現実すぎて、ついていけません」
「今回のサフィルス王子の来訪は不自然な点が多い。急な申し出で決定した上に、訪問の目的が不明瞭だ。アナスタシア・ヴィヴィアンの評判の変化から察するに、裁判の直前に男爵令嬢は公爵の体に入ったんだろう。そして婚約者を元に戻す手段として、彼は聖杯を選んだんだ」
これはカヴァスも慎重になるわけだ。ちょっとでも接触しようものなら、一瞬で丸裸にされるわ。
「話が逸れたが、ヴィヴィアン公爵。君が作者なら頼みがある」
「な、なんでしょうか……?」
真剣な顔をしたヴァルに見つめられて、アナスタシアは目が逸らせなくなった。
「ボクと結婚して欲しい」
突然のプロポーズに、ヴァル以外の全員が息を飲んだ。
「作者が男なら部下として雇おうと思っていたが君は女性だ。側に置けば、不名誉な噂がたちかねない。火消しする手間と天秤にかけたら、結婚した方が面倒が無い」
「め、面倒って……」
自分達は出会って間もない。愛だ恋だと言われるとは思っていなかったが、あまりにビジネスライクな態度にアナスタシアの顔が引き攣った。
「君のその表現力で、普通の人間の価値観を教えて欲しい。ボクは彼等が何をどう感じているのか知りたい」
「……」
冷徹ヒーローが「俺に人の心を教えてくれ」と、ヒロインを口説くシーンに見えなくも……いや、無理だな。
「報酬として今後、君を悩ませる全ての問題を解決すると約束しよう」
アナスタシアにとって今一番の悩みは、お前の存在だよ。
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