本を刷って下剋上
「そう言えば、今日もイベントやってるんでしょ? 会場に居なくて大丈夫なの?」
ギャラハッドの言葉で、話題は開催中のイベントに移った。
「昨日は初日だったので、いざとなったらヘルプに入れるよう待機してましたが、主催者としてアナスタシア様はそつなく対応できていました。今日、完全に私が居ない状況でやりきることで、晴れて免許皆伝です」
「最初に企画を聞いた時は、関係者しか集まらないんじゃないかと思ったけど、一般客も凄いみたいじゃん。どうやって集めたの?」
「学生を対象に、時間をかけて仕込みをしていたんです。広告費をはたいて宣伝するのではなく、ターゲット層が作品に触れる機会を作りました」
現在、王都にある国際展示場で行われているのは、出版社のリアルイベントだ。
メインは娘シリーズで、船娘のビジュアルが本邦初公開となる。そして新シナリオとしてゼロ娘も発表と同時に、書籍販売開始する。
ゼロ娘は、言わば小説で学べる帝国軍事史だ。
軍にも提供したが訓練内容を含まない歴史文学なので、本日より大衆向けの小説として一般販売も行う。
会場ではゼロ娘の書籍以外に、娘シリーズの限定グッズや他ラノベ作品も多数販売している。
ウーサー砦の古株ファンも参加できるように、三日間かけての開催だ。
開催期間が一日限りだと、外出権を巡って冗談抜きに流血沙汰になりかねないからな。
*
ギャラン帝国でラノベを作ろうと思い立ったダイアナは、仕事のない作家達を集めて頻繁にコンテストを開催した。
前世で人気があった作品の設定やあらすじをテーマとして与えて、あとは各々自由に書かせた。
ジャンルに勢いがあるように見せるため、短期間にバリエーション豊富にすることが目的なので、時間をかけて傑作を生み出すのではなく、良作を量産するのに徹した。
ダイアナはコンテストで入賞した作品を製本して修道院に持ち込むと、少女達に「好きな作品、創作意欲を刺激された作品にだけファンアートを描いて欲しい」と言った。
コンテストの審査員は出版社の人間なので、一定のクオリティは確保している。
ラノベのターゲット層は娯楽を楽しむ余裕のある若者なので、ここで第一の篩にかける。
修道院で人気があった作品はデザイン部に依頼して、表紙と挿絵を作成。
ラノベとして体裁を整えたら、第二の篩として砦娘を導入した砦に寄贈した。ロトへの差し入れも、ここから選んだ。
複数の砦での貸出状況で大まかな発行部数を決定し、今回のイベントで一般人に販売開始だ。
「今回のイベントの準備は、学生のアルバイトで大部分を賄いました。学生を雇うことは砦娘の時から行っていたので、スムーズにことが運びましたね」
砦娘の等身大パネルは、ケイのデザイン画を学園の美術部に有償で拡大模写させ、一般生徒に彩色させたものだ。
帝国は豊かな国だが、誰もが裕福なわけではない。
アナスタシアが通っていた学園には苦学生も大勢いる。
ダイアナはノブレス・オブリージュとして、学生対象にアルバイトを募集することを学園に申請した。
学内で求人を行う動機については、学園内で行える軽作業を斡旋することで、身分を隠して町でアルバイトする学生を減らしたいと嘯いた。
放課後に働くなら、夜の町しか場所はない。
生活のためにそういった場所で隠れて給仕や皿洗いの仕事をしては、トラブルに巻き込まれる没落貴族や、平民が何人もいた。
彼等に一方的な施しを行うのではなく、安全な労働の対価として賃金を支払う。
謳い文句としては満点である。
こうして堂々と許可をもぎ取ったダイアナは、学生達に「単発可能な割の良いバイトがある。即日現金払い。友達を連れていけば紹介料ももらえる。募集は定員に達し次第終了」と噂を流した。闇バイトかよ。
とてつもなく胡散臭いが募集元は公爵家で、勤務地は学園内。紹介料、募集上限ありなことで応募者が殺到した。
そして美味しい仕事を知ってしまった若者達。
出遅れた者達は、次の募集を心待ちにしていた。
ゼロ娘お披露目の場として、構想段階だったイベントの開催を決定したダイアナは、申請した作業内容を厳守することを条件に学外でアルバイトを働かせる許可を学園長からもぎ取った。
会場に設置する看板、等身大パネル制作、ラノベのPRポスター、販売ブースの設営……。
短期間に大勢の学生を動員したので、生活に困っていない小遣い稼ぎの連中が占める割合が増えた。
ダイアナお嬢様にとって、彼等は労働力であると同時にお客様だ。
お祭りの準備をしていれば、自分も参加したくなるのが人の性。
ほら、そこに現金で渡した軍資金があるじゃろ?
「……家を継いだことを、同世代にアピールしているのかと思っていたけど、宣伝を兼ねていたのか」
「それもありますけどね。一般客としてコッソリ会場を見てまわりたいので、フィル殿下の用事が終わったら帰りに寄る予定です」
「ふーん。思ったよりも、仲が良いんだな」
「当然です。結婚するんですから!」
ダイアナお嬢様は気付いていないようだが、世間じゃそれをデートと呼ぶんだぜ。
「初日の感触はかなり良かったです。大きなトラブルもなく盛況でした。中には全作品一冊ずつ購入した猛者もいましたよ」
「へー。……ちょっと待って。それ金髪の男だったりする?」
「いいえ。紫紺の髪に白い髪が細かく混じっている、かなり個性的な髪型の男性でした」
通常であれば一般客の風貌なんて覚えていないダイアナだが、個性が爆発したあの髪だけは印象に残っている。
頭全体に細かくメッシュを入れたように白い毛が混じっていた。若白髪にしては量が多すぎて、完全にダブルカラー状態。ベースとなる髪色が暗色なのもあり、遠目にも目立っていた。
パンクでロックなファッションセンスの持ち主かと思ったが、個性的なのは髪色だけで髪型自体はごく普通。
顔も服装もよくある感じで記憶に残らない一般男性だったので、非常に珍しいが天然なのかもしれない。
「──!? そいつはヴァルの側近だ!」
「そうなんですか?」
「アグ・ラヴェインはアイツの乳兄弟で、側近の中では一番の古株だ。数冊ならプライベートの可能性があるが、全冊なんてヴァルの指示以外考えられない。……嫌な予感がするな。会場をアナスタシア嬢一人に任せるのは危険かもしれない」
「百冊近くあります。昨日の今日で何か起きるとは思いませんが……」
「それくらいなら、とっくに読み終えてるよ! イベントそのものに興味を持って、本人が赴いたらマズい……」
「何か問題あるんですか?」
「下手したらアナスタシア嬢が潰されるかもしれない。そういう男なんだよアイツは」
新生アナスタシアのデビュー戦に、まさかのユニークモンスター出現フラグ。
折角再生させた彼女の自尊心が粉々に砕かれてはたまらない。
「……わかりました、直ぐに会場へ向かいましょう。私は第二王子と面識がないので、ギャラハッド殿下も一緒に来てください」
「会えばわかるよ。俺は絶対に行かない」
「仲が悪いんですか?」
「昔からアイツに関わると、碌なことにならないんだ! これからは貧乏くじ引かされそうになったら、ハッキリ拒否することにしたんだよ」
「……仕方ありません。フィル殿下に伝言お願いしますね」
そしてデートだと自覚していないダイアナは、サフィルスを置き去りにして会場へ出発した。
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