彼女が公爵邸に戻った理由
さて。今まで散々引っ張って来たヴァルの登場と、砦娘が格安プランで終わった場合用にダイアナが考えた計画、アナスタシアの再生は一つのエピソードに集約している。
これが終われば、長かったギャラン帝国編は終幕だ。
ギャラハッドとエスメラルダについてはあれだけかって?
そうだよ! メインストーリーでサブキャラの恋愛エピソードにページをさくことは、正統派恋愛小説にのみ許されし特権なんだ!
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ケイは入れ替わりについては明かさずに、使用人達を従わせていた。
公爵邸に戻ったアナスタシアは、ダイアナと共に自分の身に起きたことを屋敷の人間に説明した。
黙って元に戻る選択肢もあったが、それでは真の意味で認められたことにはならない。
真実を伏せたままだと、周囲はダイアナが作り上げたアナスタシア像ありきで、元に戻ったアナスタシアを見続けることになる。
アナスタシアも本当に自身が評価されたのか自信を持てず、未来永劫中身がダイアナなアナスタシアの虚像に怯えることになる。
ヴィヴィアン公爵令嬢として関わりのある全ての人間に説明してまわる必要はないが、身近な人々にはダイアナの正体以外は正直に打ち明けることにした。
情報漏洩については問題ない。
前にも述べたが、いい歳した大人が「ウチのお嬢様、中身が別人だったんですよー!」なんて吹聴したら、正気疑われて、そいつの人生が終了するからな。
なお、ざまぁリストにある連中には秘匿したままにした。
彼等は油断ならない相手なので、ダイアナINアナスタシアの威を借りた方が良い。
敵もしくは、まだ敵じゃないだけなので、連中に認められたり、求められる必要なんてないのだ。
サフィルスが帝国に来るまで、アナスタシアは屋敷内にある図書室の住人になった。
公爵家に戻った日、ケイに見せたのは才能の片鱗だ。
SNSでショート漫画がバズったからと言って、じゃあ月刊誌で連載を任せようとはならない。
彼女は自分の作品が、商業として通用することを証明する必要があった。
アナスタシアはシナリオライターとしてのデビュー作で、娘シリーズの過去編を執筆した。
砦娘、船娘どちらも登場する、帝国の戦争の歴史を描いた大作だ。
ラブコメ要素は排除し、シリアスな歴史物として制作した。
主人公は架空の新人指揮官ではなく、当時活躍した名のある将校達と娘達だ。
座学が得意で基礎知識があり、コツコツ調べるのが苦にならないアナスタシアだからできたことだ。
現代編の緩さとは対照的に、ハードで重厚感のある過去編。
うまく描けば古参だけでなく新規ファンも獲得して人気作になるが、滑ったら本編のファンにボロクソに叩かれるハイリスクハイリターンな試み。
しかしアナスタシアは見事に成し遂げた。
その名もゼロ娘! ……わかりやすいが、名作らしいオーラを感じないタイトルだな。
ゼロ娘の出来栄えを確認して、ケイは今後の事業にアナスタシアが必要だと認めた。
創作活動と並行して、アナスタシアにはもう一つクリアしなければいけない課題があった。
女公爵に相応しい立ち回りの取得だ。
彼女が小心者なのと、機転がきかないのは生まれつきだ。
ダイアナは社交のフローチャートを作成して、相手の言動によって対応をパターン化するようアナスタシアに叩き込んだ。
アナスタシアは誤解されやすい容姿をしているので、それも利用することにした。
相手のペースに合わせる必要なんてない。
内心はテンパっていても、意識してゆっくりと話せば、貫禄ある振る舞いに見える。
テンポが早くてついていけなくなったら、一旦リセットだ。時間稼ぎしたくなったら、口を閉じて薄く微笑むことで、相手はアナスタシアの次なるリアクション待ちになる。
何でもかんでも、馬鹿正直に対応する必要なんてない。
過去のアナスタシアは、質問されたら答えるのが礼儀だと、全部真正面から受け止めていた。そして言葉に詰まって黙り込んだり、焦って失言していた。
今後は答えられるものだけ、返事をすれば良い。嫌な話題、答え難い質問は、少し嫌そうな顔をしてスルーすべし。
今のアナスタシアは、家は偉いが本人は何の権限も持たない小娘ではない。帝国屈指の女公爵だ。
淑女は表情を出さないよう教育されるが、上位者が自分の機嫌をそれとなく伝えるのは問題ない。
大抵の相手は、彼女の気分を害したと察知すれば慌てて引き退る。
それでも食い下がる連中は、まともに相手をせずに三パターンであしらう。
「わざわざ言わなければわかりませんか?」と、見逃してやったのにと匂わせて再度スルーする。
「このような場で口にできる話ではないでしょう」と、考えの浅さを指摘して黙らせる。
究極は「大切なことなので、後日正式に返答いたします」で時間稼ぎする。
アナスタシアは咄嗟の判断が苦手なだけで、時間があれば正しい選択肢を選ぶことができるのだ。
その場での決断を回避できれば、判断力に関しては心配ない。
口頭でのやり取りだと、余計なことを口走ってしまいそうなら、文章でのやり取りに持ち込めば良い。
苦手な土俵で戦おうとせず、自分が戦える場所に移動させる。ダイアナお嬢様直伝の手法だ。
ダイアナの教えを実践可能なレベルに仕上げるべく、アナスタシアは執筆の合間に使用人達を相手役に、何度もロールプレイを行った。
反射的に出るのがヒロインムーブではなく、辣腕公爵ムーブになるまで日夜練習を重ねた。
直向きに努力する姿を見せたことで、使用人達にも変化が起きた。
ダイアナが入ったアナスタシアは、偉大な主人だった。この人について行けば間違いないと、畏敬の念を持って接していた。
生まれ変わった本物のアナスタシアは、自分達が支えるべき主人だ。この人の力になろうと思う気持ちが、自然と湧き上がってくる。
こうしてアナスタシアは、かつて望んだ通りに周囲に必要とされ、認められるに至ったのだ。
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