逃げたら独身、進めば結婚
結論から言えば、ダイアナとアナスタシアは元の体に戻った。
しかしそれは物語の終盤に相応しい、感動的なフィナーレとは程遠い光景だった。
聖水の完全消失が確認されて尚、二人のアナの状態は変わらなかった。
ダイアナによって、アナスタシアの自尊心は回復したので、願いの完遂は術の解除とは関係ないことが証明された。
残された手段は、聖杯への再祈願だけとなった。
ダイアナお嬢様が如何にして、ファッションヒロインだったアナスタシアを生まれ変わらせたかは、別の場所で語ることにする。ひ、引き伸ばしじゃなくて、文字数の問題なんだからねっ!
*
儀式が行われた日。
用意された部屋には、二国の大事を秘密裏に処理するため、必要最低限の人数が集められた。
ギャラハッドは儀式の場を設けた立役者ではあるが、当日は彼が必要とされる役割はないので欠席だった。
厳選されたその数なんと十四人! なんでさ!
ギャラハッドですら遠慮したのに、その数はおかしいと感じた諸君。全くもってその通りだ。
ダイアナ、サフィルス、アナスタシア、ドゥ皇帝、ガヴェインとその母。──そしてお呼びでないのに参加したアルチュールと、彼が親と会うと聞いて心配して駆けつけた側近七名。
ダイアナの登城を察知したアルチュールは当然のようについてきたが、実は誰も彼を呼んでいないのである。
なんで主要人物よりも、イレギュラーな連中の方が多いんだよ!
六人想定で部屋用意したから、室内の人口密度エグかったわ!
一応椅子が置かれてたけど、座ったのは足が悪いアルチュールだけで、他は聖杯取り囲んで立ち見だよ!!
当初ドゥ皇帝は側近連中を追い出そうとしたんだが、部屋がワチャワチャしたおかげでガヴェイン少年の緊張が和らいだので、仕方なく招かれざる観覧者達の存在を容認した。
聖杯を前にしたドゥ皇帝は、息子を抱き上げ、二人で器を覗き込む体勢をとった。
元偉丈夫というのは嘘ではないようで、彼は上背があった。分厚い皮下脂肪の下には、過去のマッスルが隠れているのだろう、軽々と子供を抱き上げていた。
危なげなく抱っこしている姿からは、彼が普段から子供とコミュニケーションをとるタイプであることが垣間見れた。きっと他の息子達にも同様に接していたのだろう。
しかしその絵面が、まーヤバかった。
小学校入学前後くらいの美少年を抱っこする、ニチャァ系の中年。
二人が親子だと知らなかったら迷うことなく通報案件。否、親子だと分かっていても本能的にポリスメンを呼びたくなる光景だった。
二人を見守る側室の顔が真っ青だったが、息子のしでかしたことの大きさに戦慄いていたのか、皇帝のビジュアルにあてられたのか判断に困るところだ。
「大丈夫だよぉ。前にしたように、心を込めてお願いしてごらん」
「はっ、はい!」
腕の中の息子に優しく語りかける皇帝は、エレイン曰く『不器用な笑み』を浮かべた。
失礼だが擬音をつけるなら、ドゥフッとかグフッて感じだ。
恋は盲目とはよく言うが、物理的に視界をシャットアウトしない限り、この笑顔見て「胸が温かくなる」とか嘘でも言えないぞ。
現にガヴェイン少年は、笑顔を向けられてからプルプル身を震わせだした。
よく見れば肉に埋もれかけたドゥ皇帝の瞳は、穏やかで聡明なのだが、よく見ることが罰ゲームみたいな容姿なので、アナスタシアは初めて間近に見た皇帝の姿に完全に怯んでいた。
「せいはいさま! アナスタシアさまを助けてくれてありがとうございます! お二人をもとにもどしてください!」
父に促されて、少年が元気良くお願いした。
反応がない。
ただの美術品のようだ……。
「ちちうえ……」
不安になったのかガヴェインが父親を見上げた。
「ガヴェイン。もう一度頑張ってみよぉか」
「はいっ! せいはいさまっ。もう大じょうぶなので、アナスタシアさまとダイアナさまをもどしてくださいっ」
反応がない。
ただの美術品だ……。
「っふ……グスッ」
四度目のトライが失敗する頃には、ガヴェインは泣き出していた。
誰もが口を噤む中、幼児の泣き声が響く。うわ、メチャクチャ気不味い。
部屋が居た堪れないモードから、諦めモードに移ろいかけた時、ガヴェインの母親がサフィルスの足元に滑り込むように跪いた。両膝青痣確定だな。
「申し訳ございません! 子供の不始末は親である私の責任です! 謝罪の言葉で済ませられる事態でないことは重々承知しております! 誰かが責任を取らねばならぬなら、私の首を差し出します──!」
必死の形相で縋り付かれ、流石のサフィルスも狼狽えた。
母親の異常な状態を目にして、ガヴェイン少年は啜り泣きから、ギャン泣きに進化した。
弟を泣き止ませるのに手一杯な父親をチラリと見ると、アルチュールは「ハイお疲れ。解散解散」と言わんばかりに仕切りだした。
「アナ、残念だったな! 安心しろ。お前のことは俺が面倒見てやる!」
ガヴェインが大音量で泣いているので声を張る必要があったのだろうが、そのハリのある声音は声の主がこの事態を喜んでいるかのような印象をダイアナに与えた。
まあ実際、この瞬間のアルチュールは不謹慎にもダイアナが元に戻れなかったことに喜んでいた。
後半の台詞は、慰めではなく彼なりのプロポーズだ。
アルチュールは拒否されるのを恐れるあまり、愛称アピールもプロポーズも遠回しにしか言えなかったのだが、それが悪手だった。
側近御一行を侍らせた状態で「俺が面倒見てやる」と言われても、ダイアナは「側近にしてやる」と勧誘されたとしか感じなかったからだ。
アルチュールの公開プロポーズが鼓膜を震わせた瞬間、ダイアナの脳に存在しない(未来の)記憶が溢れた。
アナスタシア・ヴィヴィアンとして生きることを余儀なくされ、ギャラン帝国の女公爵兼官僚となったダイアナ。前世同様、社会的地位や貯金は右肩上がりだがパートナーは不在。
「選定者の血を絶やすわけにはいきませんから」とか言って、いつの間にかちゃっかり結婚してるケイ。
たまに届くエスメラルダからの手紙は、ダイアナが独身なのを気遣ってか、彼女の夫や子供の近況については書かれていない。
適齢期を逃した主人に、ある日執事が差し出したのは養子候補のリスト。
そしてダイアナの体に入ったままのアナスタシアは、サフィルスと──。
「お断りします!! 私は絶対にフィル殿下と結婚します!! 聖杯!! 肥溜めにブチ込まれたくなかったら、元に戻しなさいッ!!!」
空気をビリビリ震わせるダイアナの一喝。
驚いたガヴェインも泣き止み、部屋が静寂に包まれた。
「なんと──!」
一瞬の無音の後、皇帝が驚きの声をあげた。
いつの間にか聖杯の内部を、仄かに光る揺らめきが満たしていた。
聖水が器を満たしたのは一瞬で、直ぐさま底に吸い込まれるように消失した。
「む。戻ってます」
「あ、本当です」
瞬きの間に視界が移動したことで、二人のアナは自分達が元に戻ったことを確信した。
国王に続き、聖杯をもわからせたダイアナお嬢様。
次があるとすれば、神様ねじ伏せそうだな。
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