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圧倒的じゃないか、婚約者様は

「災難だったね。ダイアナが無事でよかったよ」


「一人でよく頑張ったね」と、婚約者に微笑まれてダイアナは安堵するよりも、居た堪れなくなった。

 結局自力で帰国することなく、状況次第で簡単に結婚相手を乗り換えようとしたダイアナお嬢様。挙句サフィルスに一方的に協力を要請して今に至るのである。

 責められるどころか、優しく労われてしまうと、なけなしの良心がチクチク刺激されるのだ。


「ええと、……殿下は私の体に別人が入ってることに、直ぐに気付いたと聞きましたが本当ですか?」

「え? あっ、ああ。そうだね」


 見破り方がアレだったので、サフィルスは笑って誤魔化した。

 エスメラルダ達がサフィルスの不利になるような言い方をするとは思えないが、沈黙は金である。


「ありがとうございます。……嬉しいです」


 肉体は本物なのだ。親交の深いエスメラルダならまだしも、まさかサフィルスが勘付くとは思っていなかったので、ダイアナは素直に驚くと同時に、なんとも言えないむず痒さを感じた。

 その一方で、もし彼の魂が別人に変わってしまった時、果たして自分は見破ることが出来るのだろうかと考えた。


「もし別人がサフィルス殿下に成りすましても、直ぐに気付けるように私も努力します!」

「うん。頑張ってね」


 ダイアナお嬢様がもにょりながら婚約者との再会をしていると、カツンと杖の音を響かせながら人影が近付いてきた。


「サフィルス殿下。この度は遠路はるばる我が国へようこそ。貴殿がアナの婚約者だったんだな」

「……アナ?」

「失礼。本人に請われてそう呼んでいたので、すっかり癖になってしまったようだ」

「……へえ」

「アナスタシア呼びだと咄嗟に反応できる自信がないので、この体に入ってからはアナで通してました!」


 サフィルスに絡み出したアルチュールをダイアナがフォローした。

 彼の通常運転なのだが、いつもは時と場所を選んでいる。間違っても他国の王太子に、出会い頭に喧嘩売ったりはしないのだ。


「聞くところによるとアナは、二番目の婚約者だとか」

「そうだよ。……アルチュール殿下は、まだ婚約者がいないみたいだね」

「ああ。帝国は皇太子になるかどうかで、婚約者に求められるものが変わるからな。サフィルス殿下とコランダムの王女は長年の婚約関係だったから、さぞ気落ちしたことだろう。俺も二人の結婚を楽しみにしていたから、残念でならない」


 見栄を張るな。アルチュールに婚約者が居ないのは、立場じゃなくて性格の問題だろ。

 お互いにタメ口で話すくらいには気安い関係なのだろうが、それにしては随分刺々しい。


「……僕達の場合は、お互いの進む道がハッキリしていて、そこに譲歩の余地がなかっただけのことだ。円満に解消したから、僕もダイアナもルベル殿下とは今でも良好な関係を維持しているよ。今度コランダムで行われる式典にも二人揃って招待されているしね」

「本人に瑕疵がなくても、成婚に至らないケースは珍しくない。また縁がなくても、サフィルス殿下の過失ではないのだから、気に止む必要はないぞ」

「……さっきからアルチュール殿下は、何が言いたいのかな?」

「これから行う儀式で二人が元に戻れれば良いんだが、なにぶん手探りな状況で確実性に欠ける。残念な結果に終わることも覚悟すべきだろう。アナならばヴィヴィアン公爵令嬢として、帝国でも問題なくやっていける。俺も彼女の力になると約束しよう」


 先程から嘘ではないが、誤解を生みそうな発言を繰り返すアルチュール。そして頑なにアナ呼びを止めようとしない。


 おおお前、まさか……そうなのか!?

 止めとけ、止めとけ! その先は地獄なんてもんじゃないぞ!

 アルチュールとダイアナお嬢様はコンビとしては相性が良いが、カップルだと相性最悪なんだ!

 お前あれだろ? 毎日自分のことが好きかどうか、相手に聞いちゃうタイプだろ?

 それで満足できなかったら、試し行動に走っちゃうんだろ?

 ダイアナお嬢様にそれやったら、即座に叩き潰されるぞ!!


 言っておくが、ダイアナお嬢様に恋心を抱かせるのは不可能への挑戦みたいなものだ。

 砂漠でガーデニングしようとするような行為だ。

 サフィルスは「一生芽が出なくても構わない」というスタンスの、長男だから耐えられる系の男だから折れずに居られるんだ。まあ、それもそれで覚悟ガンギマリ過ぎて怖いが。

 とにかく同じ長男でも、お前とは違うんだよアルチュールッ!!


「悪いが、無用の口出しだ。──ところでアナって可愛い呼び名だね。ダイアナは、子供の頃にそう呼ばれてたの?」

「咄嗟に思いついただけです。私に愛称はありません」


 もしかして母親くらいはダイアナを愛称で呼んでいたのかもしれないが、ダイアナが幼い頃に他界したので記憶には残っていない。

 クレイとは愛称を使うような仲ではなかったし、身近な親族はダイアナを目の敵にしていたラリマー夫人のみ。

 ぼっちちゃんだった旧ダイアナには、お互い愛称で呼び合うような幼馴染も居ない。

 一応前世はそれなりに友人が居て、あだ名もあった。えっちゃんとか、カナとか、ボスとか……。


「どうやらアルチュール殿下は、()()()()()の呼び名を改めることができないようだね。周囲に二人が親しいと()()()されては困るから、僕が特別な愛称を使うことで解決しよう。……ダイアナ、何か希望はある?」

「特にありませんが、ダイはやめて欲しいかなと」


 元の世界だとダイアナの愛称はダイが一般的なのだが、彼女の感覚だとダイは大冒険に挑む黒髪の少年の名前なのだ。


「じゃあディにしよう。僕だけ愛称呼びだと浮いちゃうから、僕のことも愛称で呼んで欲しいな。折角だからディが考えてよ」


 突然の無茶振りにダイアナが瞠目する。


「ええと。どんな感じのものが良いとか、希望はありますか?」

「ディが考えてくれた名前なら、なんでも嬉しいよ」

「それ一番困る回答じゃないですか……!」


 相手は一国の王子。下手なニックネームは付けられない。

 ダイアナが頭を悩ませていると、アルチュールが慌てたように口を挟んできた。


「俺の場合はアルか、アーサーだ!」

「え? ああ。一部を切り取るパターンと、発音を変えるパターンですね。参考になります」


 遠回しに自分の愛称をアピールしたのだが、良識のあるダイアナお嬢様は「そうなんですね! じゃあ、殿下のことアル殿下って呼びますね!」みたいな天真爛漫ヒロインムーブはしなかった。

 サフィルスのニックネーム作成で、ダイアナお嬢様の頭はいっぱいだ。物言いたげなアルチュールの姿なんて目に入らない。

 アルチュールの愛称マウントを利用して、しれっとダイアナとの距離を縮めてみせたサフィルス。この男、やりおる。



 関係者が集められた部屋には、中央にあるテーブル上に聖杯が鎮座していた。


 カヴァスに聖杯を差し出させる方法として、ダイアナが行ったのは権力パンチだ。


 ホテルに避難した二人が公爵邸に戻った時点で、ダイアナの正体を知っているのはケイのみ。

 ダイアナは身分を明かさないまま、ギャラハッドに指示を出し、彼も敢えて家名を確認しなかった。

 彼女が素性を伏せたまま話を進めたのは、帝国にジェンマ国王太子の婚約者が被害者だと公表すれば、その時点で帝国による要人略取になってしまうからだ。

 国交問題になるので、例え当人であってもダイアナの一存で決めて良いことではない。

 対外的には、エスメラルダ・オブシディアンとその友人は旅先で事故に遭い、偶々近くに住んでいたアナスタシア・ヴィヴィアンに助けられて親しくなったことになっている。


 カヴァスが自力でダイアナの正体を突き止めて皇妃にするのを諦め、聖杯を差し出すならそれでよし。

 建前でしかなくても、お互いに薮を突かない形で手打ちにするつもりだった。

 しかしこの方法は不確実で、期限が曖昧だ。


 カヴァスの自主的なギブアップを期待するのとは別口で、ダイアナは強制的に解決する手段も用意した。

 どちらかと言えば、そちらの方が本命だったりする。なにせジェンマ国にメリットがある。

 ダイアナとしては本命が発動するまでに、入れ替わりが解消すれば今回のことは大目に見てやろうくらいのノリだった。


 親友の頼みで、エスメラルダは帝国へ来て早々に帰国した。

 メールも電話もない世界では、遠く離れた者同士のやり取りは時間がかかる。

 一部始終を知り、判断力があり、道中トラブルがあろうと権力でねじ伏せることが出来るエスメラルダは伝令役として最適だった。


 ダイアナの正体を明かすかどうか、彼女はサフィルスにぶん投げた。

 婚約者に一任されたサフィルスは、今回の件を内密に処理することにした。

 しかし彼とて婚約者を誘拐されて、泣き寝入りするつもりはない。今の状態でアレコレ要求したら、追い詰められた帝国が聖杯を破壊してしまう可能性があるから一時辛抱することにしただけだ。

 名前を書いたら死んでしまうノートが良い例だが、凶器としての再現性が認められないままに処分してしまえば罪には問えないのである。

 聖杯は建国伝説にも纏わる国宝だが、所詮は物。

 その不可思議な力は扱いに困ることだし、戦争の火種になるくらいなら、火災でもでっち上げて廃棄してしまった方が国としては楽なのだ。


 二人が元に戻ってからが、サフィルスの腕の見せどころだ。

 公にしていないだけで、何が起こったのかはお互いに承知しているのだ。アレキサンダーの出荷キャンセルを差し引いても、ジェンマ国はドゥ皇帝に大きな貸しを作ることが出来る。国としては難しくても、個人としてなら交渉の余地がある。


 入れ替わりが発覚して以降、サフィルスは帝国へ渡航する準備をしていた。

 大詰め状態だった渡航計画に、従姉妹を介して婚約者の意向を汲んだサフィルスは追加要求した。


 我が国は美術品の修復技術が発達していない。国宝である聖杯を修復中だと聞いたので、婚約者と一緒に視察させてもらいたい──と。


 カヴァスが皇帝の命令を拒否できるのは、選帝に関してのみ。

「外交に必要だから聖杯を出せ」と言われれば、従わざるを得ないのだ。

 ちなみに他国の王子に模造品見せたら、発覚した際に国の信用問題になるのですり替えの心配は無用だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] サフィルスが婚約者として仕事してる…だと…!? 実は(でもない)しごでき婚約者なサフィルスの活躍の場面が…!と喜んでしまうくらい、なんというか不憫ポイントが高いんですよねぇ…そんなことないん…
[良い点] もうサルでいいんじゃないかな
[良い点] まさかサフィルス殿下も帝国に来るとは!!(来る前にダイアナお嬢様が帰国すると思ってた。) 攫われた(?)ヒロインをヒーローが現地までお迎えに行くのは王道展開ですよねっ!ね!!! [気になる…
2023/10/17 08:48 退会済み
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