ちゃんと言えたじゃねえか
帝国が誇るホテルなだけあり、インペリアルホテルのスイートルームは圧巻の一言だった。
護衛や使用人用の小部屋ですら、並のホテルであれば最高グレード相当だ。
そんな豪勢な部屋で開催された女子会だが、キャッキャウフフとは程遠い雰囲気だった。例えるなら、お通夜モード。
「……ダイアナさんは、凄いですね」
今までの経緯を説明されたアナスタシアがポツリと漏らした。
「私はずっとこの国で暮らしていたのに、他国民であるダイアナさんの方が、この国を深く理解している……」
「買い被りです。王子達に関しては、偶々入れ替わった後に接触する機会が多かったからです」
ダイアナが否定するが、アナスタシアは頭を振った。
「それだけじゃありませんっ。無実を勝ち取ったり、短期間で公爵家を再建したりっ! 全部っ! 私じゃ絶対に出来ないっ!」
帝国に戻ってから、新聞で何度もアナスタシア・ヴィヴィアンの名前を目にした。
自分がアナスタシアだった頃には、考えられない光景だ。
「皆が望んでるのは、今のアナスタシアッ! 何の取り柄もない私じゃなくて、ダイアナさんが中に入ったヴィヴィアン公爵令嬢なんですっ! 誰も彼もこのままダイアナさんが、アナスタシアとして生きることを望んでるんです!」
実家だって、自分が暮らしていた頃とは雰囲気が全然違った。
今のアナスタシアが本物じゃないことに、使用人はおろか家族ですら気付いていない。
アナスタシアが変わってしまったことを、誰も悲しんでいない。
それどころか多くの人が、アナスタシアの中身が元に戻ることに反対している。
「本物なんて要らない」と言っているも同然だ。
「ダイアナさんは本当に凄い……。婚約者も友達も、中身が入れ替わった事に直ぐに気付いて、元に戻そうと必死になってくれる。どんな場所に行っても必要とされて、愛されて……私とは、正反対……」
アナスタシアの言葉に、ダイアナは疑問符が浮かんだが、とても訂正できる空気じゃないので我慢した。
ダイアナお嬢様は、自分が愛されキャラでないことを自覚している。
エスメラルダを筆頭に、極一部の友人が少々強火なだけだ。
(婚約者や(義)家族とはそれなりに良好な仲だけど、信頼できる仕事仲間って感じだから、愛情云々は見当違い。帝国の人達も、利益をもたらすから私を手放したくないだけで、好意とは無縁なんだけどなぁ)
普通にダイアナお嬢様から、愛情なし判定されてるサフィルス。自業自得なんだけど、複雑だなぁ……。
「……なんでこうなるのぉ……」
アナスタシアの表情は俯いているために見えないが、握りしめた拳に涙の粒がポタポタと落ちた。
エスメラルダが無言でその背を撫でたが、彼女は身を固くしたまま涙を流し続けた。
「わっ、私だって頑張ってきたのに! ずっと、ずっと我慢して、努力してっ! 精一杯やってきたのに! こんなのってない!! こんなの嫌ぁ!!」
辛い。
悲しい。
「……私だって必要とされたい……認められたいの……」
悔しい。
羨ましい。
「────私も愛されたい」
ことある毎に自分を卑下しつつも、アナスタシアが捨てきれなかった望み。
自分の欲を曝け出すのは勇気が要る。平素であればとても口に出せなかったが、これ以上ないほど打ちのめされたからか、抵抗なくこぼれ出た。
「……『愛』は感情の問題なので無理ですが、『必要』と『認める』は需要と供給の問題なので何とかできます」
嗚咽の響く部屋に放たれた冷静な言葉に、アナスタシアは涙を止めてダイアナを見つめた。
ダイアナお嬢様は安請け合いはしない。
このお嬢様はやると言ったらやる。彼女が断言した時点で、その時すでにアナスタシアの救済は実現したも同然なのだ!
彼女に微笑んだダイアナの姿は、ヒロインというより凄腕のコンサルタントだった。
頼もしいなオイ。
(アナスタシア様は年相応の女の子だ)
アナスタシア・ヴィヴィアンとして自由にやりまくった自覚のあるダイアナは、後任をそのまま十代の少女に押し付けるのは些か気が引けていた。
だからと言って、このままアナスタシアとして生きるつもりは更々ない。
何故ならアナスタシア・ヴィヴィアンはノー婚約者、ノー結婚予定だからだ。
アナスタシア嫁入り派と、婿取り派の争いが長引けば、それだけ結婚予定が先延ばしになる。
しかも相手は三択。精神的介護が必要なアルチュール、ブラコンなギャラハッド、彼等二人と同等と目されているヴァル。
(絶対に元に戻って、サフィルス殿下と結婚してみせる!!)
比較対象がアレな所為で、相対的に評価が上がるサフィルス。
ラブストーリーのヒーローとして、登場してないのに好感度が上がるのってアリなの?
「作戦を立てましょう。その為に、私にアナスタシア様のことを教えてください──」
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