かいしんの いちげき!
「ところで執事君の姿が見えないね」
ケイは余程のことがない限りは、ダイアナに随行している。
ギャラハッドは直ぐに彼が応接室にやってくるものと思ったが、執事の姿はまだ見えない。
「使いに出したので、当分戻りませんよ」
「!! 適当な理由を作って引き剥がすつもりだったけど、手間が省けた!」
ダイアナの言葉を聞くないなや、だらしなくソファに座っていたギャラハッドは素早く身を起こした。
「バン。十分──できれば、二十分時間を稼げ。どうしても無理なら、入室される前に合図しろ」
彼は己の従者に扉の前で待機し、誰も中に入れないよう命じた。
「……穏やかじゃありませんね。ケイに聞かれたくない話をするつもりですか?」
「そうだ。時間が無いから、質問は最低限にしてくれ」
真剣な顔で手短に返事をするギャラハッド。
のらりくらりとしていた第三王子の豹変ぶりに、エスメラルダも目を瞬かせた。
「単刀直入に言うが、今回の騒動は聖杯が原因だ。弟のガヴェインが聖杯を起動させた」
王宮内で隠れて遊んでいた末王子は、偶然ロト達の企みを盗み聞きしてしまった。
腹違いの兄が無実の令嬢を犯罪者に仕立て上げようとしていると知った彼は、自分が見聞きした事を乳母と母に報告したが、両者とも真剣に取り合わなかった。
ガヴェインは彼なりに頑張って話したのだが、幼児の説明なので全く伝わらなかった。
運悪くガヴェインが訴えたのは後宮に公爵令嬢逮捕の知らせが舞い込んだ後だったので、二人は「センセーショナルなニュースを聞いた子供が、昼寝した際に怖い夢をみたのだろう」と聞き流してしまった。
大人達に相手にされなかったガヴェインは、丁度定期清掃の為に解錠されていた宝物庫に忍び込み「アナスタシア・ヴィヴィアンを助けて欲しい」と聖杯に懇願したのだ。
「一般向けの聖杯伝説からは削除されている記述だけど、力を発動した聖杯は実在しない聖水で内部が満たされるんだ。カヴァスが聖杯を確保した時には八割、今は二割程度聖水が残っている状態らしい」
裁判の日。ダイアナにカミングアウトされたメルランは、席を外した際に外部へ連絡した。
国宝の持ち出しを防ぐ目的で宝物庫に入ったカヴァスだったが、伝承の再現としか思えない光景を目の当たりにした為、急場の措置として聖杯を隠すことにした。
タイミング的に聖杯が入れ替わりの原因だと断定したカヴァスは、内密に調査を進めて事の経緯を突き止めたのだ。
「聖水が無くなると、どうなるんですか?」
「わからない。聖杯が超常的な力を持つこと自体、今回初めて確認されたんだ。聖水が時間経過で減っているのか、アナスタシア・ヴィヴィアンの状況が改善することで減っているのかも判断できない」
「時間経過で効力を失うなら、時が過ぎるのを待てば私達は元に戻る。もしくは願いが成就したと聖杯が判断すれば──」
成就に関しては、何をもってして『助かった』と判定されるのか謎だ。
アナスタシア・ヴィヴィアンという対象の指定についても、肉体を指すのか、魂を指すのかこれまた判断が難しいが、少なくとも肉体の方は抱えていた問題を悉く打破した。
願いの成就に二割不足分があるなら、それはアナスタシアの魂の分だろう。
「今、聖杯はカヴァスが隠し持っている。この力が世に知れて、聖杯が争いの火種になるのを防ぐためだ。それだけじゃなく、アナが他国の要人であることは早い段階で判明していたから国際問題になるのを防ぐためでもある」
ダイアナは今日に至るまで正体を隠し続けたが、母国での地位が高いことは、メルランと初めて会った時に明かしている。
「どちらも納得の理由です。聖水が消えるまで隠して、しらばっくれるつもりですね」
「水が消えたからと言って元に戻るとは限らない。今の体に精神が固定されて終わる可能性もある」
「その場合は、元に戻すよう新たに願いをかければ解決します」
帝国が隠蔽しようとするのは当然だ。
ダイアナとて逆の立場であれば、迷わず同じことをする。
「私としては元に戻るための協力が得られるなら、聖杯の力を吹聴するつもりも、責任追及するつもりもありません」
「悪いけど、それが難しいんだ。これまで語ったのは、カヴァスが聖杯を隠す理由の半分」
「残りの半分は?」
「連中はアナを皇妃にしたいんだ」
「何ですって?」
ギャラハッドの言葉にいち早く反応したのは、会話に加わらず成り行きを見守っていたエスメラルダだった。
彼女の声の大きさは普段通りで、声を荒げたわけでもない。
しかし短い言葉に込められた怒りと、その身に纏う威圧感が強過ぎて、部屋の空気が重くピリついたものに変わった。
「──失礼しました。殿下、お話を続けてください」
エスメラルダは話に割り込んだ無礼を詫びたが、完全に目が据わっている。エスメちゃん目、怖っ!
「あ、ああ。アナの推論通り、選帝侯はカヴァスだった。アナに皇妃の適性ありと判断した連中は『今の皇帝候補は全員単独では皇太子として不適格。アナスタシア・ヴィヴィアンとの相乗作用で皇帝たる資格を得る』と主張している」
「……」
「これは陛下の本意じゃない。誤解しないでくれ」
ドゥ皇帝は聖水が消えるまで聖杯を隠すことは認めたが、その後は事態を速やかに解決するよう指示した。
故意ではないにしても、実際問題、他国の令嬢にまで被害が及んでいる。
「公にする事はできないが、被害者には可能な限り誠実に対応するべきだ」というのが皇帝の考えだ。
「カヴァスは、皇帝陛下の直属部隊では?」
「次期皇帝を選ぶ際だけ、連中は陛下の指図を受けない。カヴァスはアナを皇妃に据えれば富国強兵になると判断して、強引に皇太子の選定に絡めたんだ」
「大事なことを忘れているようですが、ヴィヴィアン公爵家の後継者はアナスタシアですよ。王家に嫁ぐのは現実的ではありません」
アナスタシアが次期当主に決定したことは、世間に公表済みだ。
「アナを皇妃にしたい連中とは別に、皇太子に選ばれなかった王子をヴィヴィアン公爵家の婿に望む連中も居るんだ。相反する主張を掲げている二派だけど、今は一時的に結託してる。両者が手を組んだおかげで、俺は長い間アナと接触することができなかったんだ」
「なるほど。私に求婚者が現れなかったのも、妨害工作があったからなんですね」
「いいや、そんな報告はない。単純にアナを娶りたい男が存在しないだけだと思う」
「……」
「……」
「……」
お、おい。誰か喋ってくれ。
「ごめん。悪気はなかったんだ。つい思ったことを、そのまま──「ストップ! この話はもう終わりです!」」
失言に失言を重ねようとするギャラハッドを、ダイアナは遮った。
黙れ小僧!
ギャラハッドはポロッと言っちまったんだろうが、真実は時に人を殺すのだ。
見ろダイアナお嬢様の顔を。
モース硬度の高いダイヤモンドだが、靭性は低いんだ。ダイアナお嬢様は金剛メンタルだが、結婚というウィークポイントをハンマーで叩けば割れるんだぞ!
先程とは別の意味で緊張感漂う中、ギャラハッドは話を本筋に戻した。
「アナを皇妃にしたいのがカヴァス、王子を婿にしたいのがこの屋敷の使用人だ」
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。