ずきゅんDQN走り出し
屋敷へ向かう道すがら、ダイアナはエスメラルダからジェンマ国で起きたことを知らされた。
「わたくしは一目でダイアナじゃないって見破ったわ。サフィルス様もよ」
従兄弟のフォローもしてあげるエスメラルダ。見破り方がちょっとアレだったのは割愛した。
ダイアナお嬢様反省してもろて。
元に戻れなかったら、サフィルスのことスッパリ諦めて、次に行く気満々だったでしょ。
実際に口に出して謝る必要はないけど、心の中でちゃんと殿下に「ごめんなさい」しような。
「ではアナスタシア様に原因の心当たりはなく、今、私の体を動かしているのは彼女なんですね。結局私達はどうやって入れ替わったんでしょうか……?」
少し距離をあけてついてきているアナスタシアを、ダイアナは振り返った。
「あっ……ごめんなさい」
二人の後を静々と歩いていたアナスタシアは、ダイアナと目が合い反射的に謝罪した。
責めた覚えが無いのに急に謝られて、ダイアナは首を捻った。
「何に対しての謝罪ですか?」
「えっと、その……。貴女に難しい立場を押し付けてしまって……」
咄嗟に口を突いて出た言葉なので、明確に何に対して謝ったのかアナスタシア自身も曖昧だ。
何となく申し訳なく思ったに過ぎない。
だがそんな事は言えないので、今までの経緯を思い出して謝罪の理由を捻り出した。
「アナスタシア様が入れ替わりを企てたのでないなら、貴女も被害者ですよ」
「でも……貴女の方が、いろいろ大変だったでしょう?」
「そんな事ないですよ」とか「気にしないでください」と答えるのを期待されているのか、裁判から今日までの経緯を確認したくて探りを入れたのか。
身を竦めているアナスタシアの態度からは、彼女が何を求めているのか判断し難い。
前者であれば不愉快な茶番だし、後者は話すと長くなるので、ダイアナはスルーして話題を変えた。
淑女のお手本のようなエスメラルダと行動を共にしていたと言うのに、アナスタシアの薄っぺらいヒロインムーブは健在のようだ。
相手によっては、この時点でキレてるぞ。
*
「も〜。遅いよ──って、ウソでしょ!? アナが友達連れてる!?」
「久しぶりに顔を合わせたと思えば、失礼過ぎです。ギャラハッド殿下とは一度しか会ったことが無いのに、どうして私に友達が居ることにそんなに驚くんですか」
「アナくらい強烈だったら、一回会えばだいたい分かるって」
「知ったような口を利かないでください」
「じゃあ当ててあげるよ。──アナ。婚約解消が確定したのに、誰からもアプローチされてないでしょ」
「……」
「ほら当たり〜!」
帰宅したダイアナは、使用人からギャラハッドの来訪を告げられた。
空白の三ヶ月なんて無かったかのように、応接室には我が家同然に寛ぐ第三王子の姿があった。
「どうして毎回、先触れ無しなんですか。私も暇じゃないんですよ」
「前回は突発的な訪問だったから。今回はこっそり抜け出してきたから」
「長い間音沙汰なしかと思えば、勝手な人ですね。……こうして私の前にノコノコ顔を出したということは、相応の成果があるんでしょうね?」
全く悪びれないギャラハッドの姿に、ダイアナはため息をついた。
「それには深い事情があるの! ──っと、しまった。お友達同席してるけど大丈夫?」
「二人とも関係者です。母国の友人エスメラルダ・オブシディアン公爵令嬢と、私の体に入ったアナスタシア様です」
「……ふたり……え?」
黒髪の令嬢はしっかり認識していたギャラハッドだが、もう一人についてはダイアナが口にするまで存在に気付かなかった。
ダイアナとエスメラルダから、やや離れた場所に色素の薄い少女が立っている。
一瞬黒髪の令嬢の付き人のように見えたが、よく見れば服飾品の質は二人とも同レベルだ。お嬢様の引き立て役Bではないらしい。
「えーっと。この金髪の御令嬢が、アナの本来の姿ってマジ?」
ギャラハッドの表情は懐疑的だ。
その気持ちは分かる。強烈過ぎる中身と、透明感高すぎて背景に同化しそうな外見の温度差が凄いもんな。
「正真正銘マイ・ボディです!」
「……結局アナが母国に乗り込む前に、そっちから来ちゃった感じか。俺の持ってきた情報と合わせれば、平和的に解決できそうで良かったよ」
自ら帝国にやってきたのなら、アナスタシアも戻りたいと考えているのだろう。
入れ替わった者同士が争うことにならず、ギャラハッドは安堵した。
「それにしても、御令嬢二人でここまできたの? 凄い行動力だね」
二人とも見るからに未成年だ。
入口に護衛と思しき青年が控えているが、中々できることでは無い。
エスメラルダは思慮深そうだし、本物のアナスタシアは内向的な印象だ。どちらも虎穴に入るタイプには見えない。
「……ダイアナ。此方の方は?」
ジェンマ国ではオブシディアン公爵令嬢に対して、こうも馴れ馴れしく話しかける者は居ない。
初めての経験に戸惑ったエスメラルダは、ギャラハッドにどう接したら良いか分からずダイアナにヘルプを求めた。
「ご紹介が遅れましたが、ギャラン帝国第三王子のギャラハッド殿下です。私達の事情を知っている人物なので、気を遣わなくて大丈夫ですよ」
ダイアナから正式に紹介されたため、エスメラルダは帝国の作法に従い、王族に対する模範的な挨拶をした。
「──ご丁寧にどうも。破天荒なアナ相手だと、エスメラルダ嬢のような落ち着いた女性の方が相性が良いのかな?」
「私は合理的なだけで、破天荒ではないと思うんですが」
「うっわ、自覚無いの!?」
「……お二人は随分、打ち解けてらっしゃるのですね」
テンポ良く軽口を叩き合う二人の様子に、軽い嫉妬と従兄弟のピンチを感じてエスメラルダは探りを入れた。
「話すのは今日で二回目です。協力すると言いながら、手紙も一切返信なかったので、親しいのではなく、遠慮をする必要のない相手だと判断したまでです」
「辛辣! 俺だって、ちゃんと手紙出したよ。俺達が接触しないように邪魔が入ってたの!」
「先ほど仰っていた『深い事情』というのも、それですか?」
「そうだよ。ところで、アナスタシア嬢。──本物の方ね。随分顔色悪いけど大丈夫?」
「……私は乗り物酔いしない体質なんですが、中身が変わるとその辺も影響を受けるんでしょうか?」
「船も陸路も問題なく移動したわよ」
ジェンマ国を出発したエスメラルダは、アナスタシアの健康管理を徹底した。
親友の体をアナスタシアに任せていては健康を害しかねないので、食べるべき時にはしっかり食べさせ、休むべき時にはしっかり休ませた。
「今の状況を心苦しく思うのなら、ダイアナの為に健康体でいなさい。それが貴女にできる最大の誠意よ」と、エスメラルダに言い切られたアナスタシアは、素直に従った。
エスメラルダがアナスタシアを適度に諭し、適度に労ったおかげで、彼女は自傷行為に走ること無く心身を安定させた。
見事に調教されてるじゃん。
「今朝までは顔色も良かったのに、馬車を壊す作戦を話してから、ずっとこの調子なの。どうしてかしら?」
「どう考えてもそれが原因でしょ!!」
エスメラルダの爆弾発言に、ギャラハッドがツッコんだ。
「ワザとなら無人状態で塀にぶつけたんですね。怪我が無くて何よりです」
「わたくしにはヴィヴィアン公爵家へのツテが無いし、ダイアナが軟禁されている可能性もあったから、直接屋敷に乗り込むことにしたの。お屋敷の前でインペリアルホテルの馬車で事故を起こせば、絶対に招待されると思ったのよ。この方法ならアナスタシア嬢の体にダイアナが入っていなくても、誤魔化しが利くでしょう?」
ドヤ顔まではいかないが、若干誇らしげに語るエスメラルダ。
「エスメラルダ様にしては、大胆な作戦ですね」
「もしダイアナだったらどうするか、って考えたのよ」
ダイアナお嬢様の解像度高けーなオイ。
それにしてもイマジナリーベストフレンドの発案だからって、海外旅行中にレンタルした高級車をぶっ壊すなんて並の神経じゃできないぞ。
「あ、これ。完全に同類だわ。真逆かと思ったけど、似た者同士じゃん……」
ギャラハッドの中で、エスメラルダがダイアナお嬢様の類友になった瞬間だった。
「ああああの! 婚約解消って!? それに屋敷の雰囲気が、だいぶ変わってるんですがっ!!」
会話に入っていけず、口を閉ざしていたアナスタシアが叫ぶように質問した。
どうやら顔色が悪かったのは、エスメラルダの所為だけではなかったようだ。
「ああ。第四王子は人を犯罪者にして婚約解消しようとしてましたからね。やり返してやりました」
アナスタシアが声にならない悲鳴を上げた。
「それと屋敷の雰囲気でしたか……」
他国の公爵令嬢が訪れたというのに、今に至るまで両親も妹も全く顔を見せないことがアナスタシアは疑問だった。
更に帰宅してからこの部屋に入るまで、使用人達は率先してダイアナの指示を仰ぎ、彼女の言葉に速やかに従っていた。
まるでこの屋敷の主人が、彼女であるかのように──。
「人数が多いので口頭よりも、此方の方が分かりやすいでしょう。質問があれば言ってください」
ササッと走り書きしたリストを差し出したダイアナ。
そこにはギリギリ両手で数え切れるくらいの、ざまぁされた人物達の名前と末路が書かれていた。
実父アーロンの名前の横には『パシリ』と書かれている。
ダイアナお嬢様の認識では、部下ですらないらしい。
ちなみにエクターの父は『財布』だった。
慰謝料は一回支払ったら終わりだが、共同経営者であれば何かと理由をつけて金を引っ張り放題。
エクターの父は、元々金と引き換えに地位を手に入れる予定だったのだ。肩書きがアナスタシア・ヴィヴィアンの舅ではなく、ビジネスパートナーに変わったが、やっていることは同じである。
アナスタシアにお話があります。いいですか?
どうか、落ち着いて聞いてください。
ええ、そうです。
貴女が目覚めてから此処に来るまでの間に、ざまぁはもう終わっているんです。
読み進めるにつれブルブル震え出したアナスタシアは、最後に書かれたロトの『西の塔で終身刑』を目にした瞬間、限界に達して気絶した。
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