判断が早い!
「ロト殿下。犯人が探偵に自分の罪を自白するのは、小説の中だけです。……ああ。小説と言えば、今日は差し入れを持ってきたんです。ウチの出版社で出した娯楽小説です。お恥ずかしながら私の著書も入ってます」
「……一体何のつもりだ?」
ロトはダイアナを睨みつけているものの、彼女から欲しい答えを得られないと知り、諦念が滲み出ている。
「兄王子と婚約者の暗殺を目論んだロト殿下は、生涯この塔から出ることが叶わなくなりましたからね。元婚約者のよしみです。多少の慰みにはなるでしょう」
「この期に及んで、そんな建前を真に受けると思うのか? 目的を言え」
「全部シリーズ物の一巻目なので、続きが読みたければ購入してください。読書くらいしかすることのない殿下であれば、良いお客様になってくれそうだと判断しました。どうぞご贔屓に」
「貴様は悪魔か」
あんまりな物言いに、ロトの口元がピクピクと引き攣る。
「恥ずかしいので著者名は伏せますが、拙著を購入された場合、私の懐が潤います」
「絶対に買わん!」
「今はレーベルを立ち上げたばかりで、作家が不足している状態です。私のような素人の作品でも中々評判が良いんですよ」
「お前の自慢話など聞きたくない!! 帰れ!!」
ロトに怒鳴られても、ダイアナはケロッとした表情でダメージを受けた様子はない。
先に耐えきれなくなったのはロトの方で、彼は看守に面会終了を告げた。
(あれだけ刺激すれば充分でしょう)
ロトが去った部屋でダイアナは満足気に微笑んだ。
(折角、学のある人物が終生缶詰め生活になるんだから、遊ばせるなんて勿体無い)
ダイアナが面会を申込んだのは、ざまぁ後の彼を煽る為ではない。
彼女の目的は、ロトを獄中作家にすることだ。
本日持参したのは、修道院で特に評判の良かった名作達だ。
先程語ったのは嘘で、差し入れの中に彼女の著書はない。
今は頭に血が上っている状態だが、時間を持て余したロトは、いずれ彼女の作品を探そうと差し入れを読み漁るだろう。
アナスタシアに異常な対抗心を抱いている彼のことだ。全て読み終える頃には「俺にもこれくらい書ける。いや、俺の方がもっと凄いものを書ける」と考えるだろう。そうなれば後はこっちのものである。
嵌められたら、嵌め返す。倍返しだ!
罠にかけられるのが一回で終わりだと、いつから錯覚していた?
公爵家中興の祖となる最強外道ラスボスお嬢様は、元婚約者を手のひらで転がし続けるようです。
ロトが立派な犯罪者になった事で、二人の婚約は解消されることになった。皇帝への申請は提出済みで、今は承認待ちの状態だ。
穏便に済ますために破棄ではなく解消という形を取ったが、ロトが有責であることを示すために、既に公爵家には慰謝料が支払われている。
(子供じゃないんだから、慰謝料は本人に払わせるべし!)
息子の不始末に対し、母親であるペリノアが慰謝料を捻出したが、ダイアナは本人に自力で払わせたいと考えた。
ペリノアから慰謝料を受け取ったものの、今後ロトの小説が売れた場合は、彼女に対して印税を支払うと取り決めた。
ヴィヴィアン公爵家としては既に慰謝料は受け取っているし、ロトが精力的に執筆すれば出版社の売上に繋がるので損はない。
ロトに支払われる印税が、本来彼が払うべき慰謝料を立て替えた母親の懐に入るだけだ。
*
西の塔からの帰路で、ダイアナの乗った馬車は立ち往生した。
様子を見に行ったケイの報告では、馬車の事故で公爵家の前の道が塞がっているらしい。
「馬の暴走が原因のようです。馬車の後輪部分が大破していますが、死傷者は居ません。事故を起こしたのはインペリアルホテルの専用馬車なので、乗っているのは国賓レベルの貴人かと」
インペリアルホテルは、帝国で最も格式高いホテルだ。
帝国民の要人は自身が所有するタウンハウスや、知人の邸宅に滞在するので、ホテルの利用客は主に外国人の要人だ。
彼等は公務であれば王宮に、私的に帝国を訪れた場合はインペリアルホテルに滞在するのが通例だ。
特にホテルで貸し出している馬車は、金を積んだだけでは借りられない事から、宿泊施設の所有物でありながら帝国においては公爵家のそれと同等の扱いを受ける。
「恩を売って損はなさそうですね。乗客について分かっていることは?」
「御令嬢が二人。護衛、侍女が各一名。護衛が馬車を走らせていたようです」
馬車の収容人数的に護衛が一名なのだろうが、身軽さを追求したことが仇となり、事故後の処理に手間取っているようだ。
「彼女達を当家にお招きしましょう。歩ける距離なので、私は馬車を降ります。ケイはこの馬車を使って、ホテルに向かってください」
立ち往生した地点から公爵家の正門までは数十メートルだ。引き返して反対側から回り込むよりも、歩いた方が早い。
「かしこまりました。新しい馬車をお貸しするよりも、ホテルから迎えを寄越してもらった方がよろしいでしょう」
客の回収ついでに、馬車の状態を確認してもらった方が手っ取り早い。
「二次災害を防ぐ為に、破損した馬車は一旦公爵家の敷地に移動させます。事故の状況を伝える為に、侍女の方に同行をお願いしましょう」
四人乗りの馬車なら、屋敷の男衆が力を合わせれば動かせるだろう。
護衛を御令嬢から引き離すのは無理なので、必然的に侍女にケイと同行してもらう必要がある。
(馬車が蛇行して右後輪を塀にぶつけたのか。負傷者は居ないって言ってたけど、結構衝撃あったでしょ。ムチ打ちくらいはしてるんじゃない?)
歪んで閉まらなくなったのか、馬車の扉は半開きで固定されていた。
傾いた車体は内部が影になっていて、中の様子が見え難い。
相手の警戒心を解こうと、扉越しにダイアナが話しかけたら、弾丸のように飛び出してきた人影にガッチリホールドされた。
「ダイアナッ!!」
「エスメラルダ様!? どうして此処に!?」
遠く離れた地に居る筈の親友に抱きつかれて、ダイアナは驚くと同時に困惑した。
一見すると感動的な再会の図だが、ちょっと待て。
諸君、よく考えてくれ。
エスメラルダが何をもってして、アナスタシアの体に入っているのが、ダイアナお嬢様だと見抜いたのか気にならないか?
彼女は勘で動くタイプではないので、ちゃんと根拠があって判断したに違いない。
馬車の中が見えなかったダイアナは、エスメラルダの顔を見て驚くなどのリアクションはしていない。
ダイアナお嬢様は、自分がアナスタシア・ヴィヴィアンだと名乗って、中の様子を尋ねただけだ。
この一方的かつ短いやり取りで、エスメラルダは入れ替わりを確信したのである。
失礼だけど麗しい友情じゃなくて、ちょっと怖いものを感じるんだわ。見てくれ、ちょっと鳥肌立ってる。
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