君たちはどうイキるか
西の塔の面会室で、ダイアナは背筋を伸ばして椅子に座っていた。
部屋は鉄格子によって二つに区切られている。
彼女の座っている椅子は床に固定されており、両手を伸ばしても鉄格子には届かない。収容されている犯罪者と、面会人がお互いに危害を加えない為だろう。
キィィ、と錆びついた音を立てて扉が開かれる。
看守に付き添われて登場した人物は、現在この塔で暮らしている唯一の住人だ。
「……アナスタシア。どこからがお前の計画だったんだ?」
「何のことでしょうか?」
「しらばっくれるな!」
「私が無関係であることは、裁判で証明されましたよね。言いがかりは止めてください」
「〜〜っ!」
ロトが考案した毒殺計画は、アーロンとドレッドの裏切りによって失敗した。
二人は示し合わせたわけでは無く、偶々同時期に告発したことが、当時の記録によって明らかになっている。
筋書き通りと言わんばかりのスムーズな流れに、ロトは取調室でアナスタシアに嵌められたと主張したが、彼女が関与した痕跡は見付からず、彼の主張は棄却された。
第四王子は自らの意志で犯罪を企てた為に、司法に基づいて正当な罰を受けたのだ。
偽証を強要されたアーロンとは違い、実行犯として毒物を託されたドレッドは計画の仔細を知っていた。
ドレッドの婚約者の姉は、エレイン妃陣営の貴族に嫁いでいる。
第四王子に愛想を尽かしたドレッドが、陣営を乗り換えるべく婚約者のツテを使い、第一王子との面会を取り成してもらう。
その際に第一王子と親交のあるヴィヴィアン公爵令嬢も招き、彼女へ過去の無礼を謝罪する。
役者が揃ったら隙を見て毒を盛る。
ロトの側近であったドレッドに対し、アナスタシアがアルチュールへの許されざる想いを告白し、婚約者であるロトへの謝罪を託けたと、嘘の証言をする。
──以上が、ロトがドレッドに命じたことであり、無理心中に見せかけた毒殺計画の全貌だった。
ドレッドは伯爵家の三男だ。
彼は鈍臭くて世渡り下手なアナスタシアを内心で小馬鹿にしていたが、公爵令嬢である彼女を、表立って攻撃したことはない。
ロトの側近の中でドレッドは新参者だ。必然的にアナスタシアとも付き合いが浅く、彼女に対して特に思い入れは無かった。
兄達とは歳が離れていて、後継者争いに不利な状況だった彼は、同学年だった第四王子と親しくすることで少しでも自分の価値を上げようとしたに過ぎない。故にロトに対して、友情や忠誠心は持っていない。
裁判所で手酷くやり返された事により、ロトが皇太子に選ばれるのは絶望的となった。
それは第一王子や、公爵令嬢を殺したところで変わらない。
言われるがままに殺人を犯すのは割りに合わないと判断したドレッドは、暴走した第四王子と決別すべく告発に至った。
損得でロトを切り捨てたドレッドと違い、アーロンは自分の先を見据えて告発を行った。
あの夜、モルガーナに亡き妻の面影を見たアーロンは、自分が変わることを決意した。
このままでは死ぬまで同じことの繰り返しだと痛感した彼は、自分もモルガーナ同様、娘の手足となることで生まれ変われるのではないかと考えた。
娘頼りの情けない父親だが、彼のプライドはとっくにハリボテだったので、腹を括った後はすんなり行動に移すことができた。
現在、アーロンは妻と一緒にダイアナお嬢様に扱き使われる日々だ。
モルガーナのように金になる知識も経験も無いアーロンだが、凡人なりに丁寧で堅実な仕事をするので、モルガーナが担っていた業務の一部を引き継いでいる。
「ロト殿下。仮に私が裏で糸を引いていたとして、意気揚々と相手に自分のしたことを語るような三流に見えますか?」
「……」
看守の前で、ロトを罠にかけたことを自白するようなダイアナではない。
ダイアナお嬢様に真相を語るつもりはないようなので代わりに答えるが、彼の問いに対する回答は「全て。最初から」だ。
*
ダイアナがアナスタシアとして目覚めてから、数多の人間をざまぁしてきたが、それは別に復讐ではない。
気が付いたらアナスタシア・ヴィヴィアンと書かれたドアマットの上に立っていたダイアナお嬢様は、自分に害を与えそうな人物達に取り囲まれていたので、丸めたドアマットでケツバットして退かしただけだ。
少々勢いが良すぎて、俗世とおさらばしたネヴィアのような人間もいるが、まあ致し方ない。
裁判から戻ったダイアナは、残る三人をどうするか考えた。
ロトが排除対象なのは確定だ。
権力者な上に冤罪事件の首謀者なので、殺らなければ殺られる。
だが他の二人は情報が少なすぎて、どのくらいアナスタシア・ヴィヴィアンにとって害ある人物なのか判断できなかった。ダイアナお嬢様はそれなりに慈悲深い生き物なので、無益な殺生はしないのだ。
またロトは王族である。
自分がされたように彼に罪をなすり付けるのはアウトだ。罪の捏造はリスクが高すぎる。
しかしカウンター狙いで、彼等が仕掛けてくるのを待つのは此方が疲弊する。他にもやることが満載なのに、常時神経を尖らせるのは消耗が大きい。更にこの方法だと大なり小なり、一度は被害を被る形になるので、できれば避けたい。
ダイアナはメルランが同席した状態で、アルチュールに話を持ち掛けた。
警戒対象の周囲に、凶器となり得るものをチラつかせ、彼等を見極める方法だ。
これ以上の敵対行動を取らなければそれでよし。
もしその凶器を手にして誰かを害そうとするのであれば、然るべき手段で罰を与える。
凶器は物とは限らない。
例えばアーロンの場合は、第一弾で元ネヴィア付きのメイドを別荘担当に配属。第二弾でアナスタシアアンチの執事を別荘に移動させた。
どちらも勿論仕込みだ。アナスタシアへの恨みや嫌悪感を、ワザとアーロンの前で零すよう指示していた。
ロトやドレッドには、ダイアナの代わりにアルチュールが似たような手配を行った。
腹違いとは言え、実の弟を罠にかけるような行為だが、そもそもロトが邪心を抱かなければ全く問題ない。
メイドも執事も「自分が犯罪に利用可能だ」と匂わせるだけで、決して犯罪教唆は行わないよう厳重に指導している。
モルガーナが別荘に持ち込んだ毒薬は本物であり、第三弾の凶器だ。
ロトの訪問予定を知ったダイアナが、モルガーナを差し向けた。
彼女が玄関先で騒いだのは、ロトとアーロンの両者に毒を知らしめる為の演技。
モルガーナには質問されたら正直に答えるが、二人を説得したり改心させるような発言はしないよう厳命していた。
例の毒薬は、別荘に持ち込んだその日に譲渡されたものであり、店から別荘に直接移動させている。
日付入りの譲渡・譲受証を作成しており、モルガーナが乗っていた馬車には譲渡人が同席していた。
モルガーナは貴重な物を譲ってもらったお礼として、相手をランチに誘い、レストランに向かうついでに荷物を降ろしたという流れにしていた。
もしアーロンが偽証していたら、一発アウトだったのだ。
どこぞの銀髪侯爵子息と同じで運が良い男だ。
そしてアーロンは、どこぞの間抜けなイケメンとは違い、大事なところで判断を間違わないタイプだったので命拾いしたのである。
ダイアナお嬢様の共犯者になったアルチュールだが、彼としては超えてはいけない一線を超えて公爵家を敵に回すような人物を、王室に残すのは不安があったために彼女に協力した。
公爵家と敵対して勝利するならともかく、ロトは既に大敗している。
大きな賭けに負けて尚、勝負を続けようとする爆弾を放置することはできない。
野心を捨て、憎しみに囚われる事なく生きる道を選べば、アナスタシアとの婚約が流れたところで、ロトはそれなりに穏やかな人生を送れたのだ。
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