勘の良いオトナは嫌いだよ
修道院の塀に寄りかかりながら、メルランは手持ち無沙汰に佇んでいた。
記者達は張り込みする時、独自の時間を潰す手段を持っているのだが、彼は何もせずただ立っているだけだ。
普通の人間は、暇を持て余した状態で長時間直立するのは苦痛でしかない。しかしメルランは苦に感じている様子もなく、体力の消耗が少ない姿勢で待機していた。
彼に対して何の疑惑も持っていなければ見過ごしてしまうような光景だが、カヴァスかもしれないという先入観ありきで見れば確かに一般市民らしからぬ行動だ。
町外れにある修道院は、その施設の特異性もあり周辺に人気は少ない。
偶に馬車が行き来する程度だ。
そんな閑静な道を歩む人影がひとつ。迷いのない足取りでメルランに接近してくる。
人影の目的が自分だと判断した彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「おや。第三王子様、随分お久しぶりじゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だな」
「うわー、白々しい。アンタにそれ言われるとイラッとくるわ〜」
「ええ!? 普通に挨拶しただけなんだけど。何か気に障る事言った!?」
「そういうの良いから。オッサンの正体分かってるし」
「……何の話だか。俺はしがない底辺記者ですよ」
ダイアナの指摘通り、メルランの経歴に不審な点はなかった。
新聞社に登録されている住所には、メルラン名義で賃貸契約している部屋が実在したが、大家は彼の姿を見たことがなくダミーであると透けて見えた。
カヴァスであるメルランとサシで話をする為には、彼が確実に現れて、尚且つ一人になる状況に居合わせなければいけない。
ジャーナリスト立ち入り禁止の修道院で、彼がダイアナ達を門の外で待っている事を知ったギャラハッドは、自分の側近に命じて孤児院を見張らせていた。
「立場上問い詰められても否定するのは想定内だから、勝手に話を進めさせてもらうよ」
「……」
「聖杯を手に入れるのに失敗した俺は、最初の頃は兄貴を身代わりにしてアナから逃げてたんだけど、最近じゃ会おうとしても邪魔が入るようになった。……手紙を出しても返事がないから、握り潰されてる可能性が高い」
ダイアナの性格を考えると、一向に約束を果たそうとしないギャラハッドを放置するとは考え難い。
恐らく彼女からも催促の手紙を出しているのだろうが、何も届いていない。
「妨害してるのはオッサン達だろ。理由はアナと皇帝候補達の相性を確認するため」
「何のことかな」
「今は差し詰め兄貴とのお見合い期間ってところか」
ヴァルは下手に情報与えると、一気に真相に辿り着いてしまうので後回しになっているのだろう。
自然な形でダイアナと接触する機会を、お膳立てしようとしているに違いない。
「俺考えたんだよね──」
カヴァスがダイアナにつけられた理由について、ギャラハッドは彼女の説明を鵜呑みにはしなかった。
但しギャラハッドの見解は、ダイアナとは少々違った。
「あの裁判所での立ち回りで、アンタ達はアナに目をつけた。──残っている皇帝候補達は全員婚約者がいない。皇太子が決まったら、次は皇太子妃選びだ」
公爵令嬢なら身分の問題はない。今はまだロトと婚約中だが、それも時間の問題だ。
「オッサンがアナと行動を共にしているのは、皇妃に相応しいか見極めるためなんだろ?」
カヴァスはアナスタシア・ヴィヴィアンが婚約者に嵌められた事を把握していた。
圧倒的に不利な立場。普通なら打つ手なしの所を、ダイアナは軽々と状況をひっくり返してみせた。
「おいおい。お嬢さんは第四王子の婚約者だ。婚約解消早々に、他の兄弟に乗り換えるのは外聞が悪いだろ」
「より相応しい者がその座につくのが、この国のルールだ。外聞なんて、婚約解消の経緯と、アナの実績をもってすれば問題にもならない。……詳細は掴みきれてないけど、アナが兄貴を巻き込んで、連中に色々仕掛けたのは知ってる。それをアンタ達が見逃したこともな」
カヴァスはダイアナを自由に行動させ、彼女がどこまでやれるか試したのだろう。
「参ったね。こりゃ何を言っても聞く耳なしだな」
唸りながら首をコキリと鳴らすと、メルランはお手上げと言った風に軽く両手を上げてみせた。
「……じゃあ仮に俺が単なる記者じゃなかったとして、ギャラハッド殿下は何の目的で今日、俺に接触したんだ?」
「聖杯は何処だ? あの日アンタは中座して、外の仲間に聖杯を隠すよう連絡したんだろ?」
ギャラハッドは単刀直入に切り込んだ。
「聖杯の持ち出しを防ぐだけなら、隠す必要はない。警備を見直したと、管理を厳重にすれば事足りる」
あの日姿を消した聖杯は、修復作業のため急遽移動させたと説明がなされた。
適切な環境で保管され、定期的な手入れをされていた聖杯の一体どこを修復するというのか。
ダイアナと連絡を絶たれた期間に、ギャラハッドは手を尽くして聖杯の在処を調べた。
修復は方便だと解っているが、一応国内で文化財の修復作業が行える場所を確認したが、持ち込まれた形跡はなかった。
美術品の保管に長けた銀行の貸金庫も、王宮内にある他の宝物庫も、国宝を保管可能な美術館も全滅だった。
「聖杯を隠したのは、所在が明らかだとアナが出向いて祈願する可能性があるから。アンタ達は、聖杯にアナを元に戻す力があると確信している。──違うか?」
どんな場所に移動させようと、正攻法に拘らなければ手はあるので隠すことにしたのだろう。
三ヶ月経っても秘匿し続けている事を鑑みると、ダイアナは皇妃の資質ありと判定されたのだ。
詳細不明の修復作業は、彼女が元に戻ることを諦めて、アナスタシアとして生きる決意をするまで続くに違いない。
「……なら交換条件だ。王子様が俺の質問に答えたら、答えてやるよ」
事ここに至ってもメルランは「俺ならどうするか、って仮定の話だけどな」と、空々しい前置きをした。
「殿下の目的を教えてくれ」
「……」
「ギャラハッド殿下は、公爵令嬢と第四王子のコンビが皇帝戦の脅威になると心配してヴィヴィアン公爵家を訪れたんだろ?」
ダイアナが語るまで、ギャラハッドは彼女がロトに陥れられた事を知らなかった。
裁判を傍聴した彼は、今まで目立たなかったヴィヴィアン公爵令嬢と弟が奇抜な作戦で周囲を出し抜いたと考えた。
二人の不仲が嘘ならば、次は手を取り合って皇位継承戦に参戦しかねない。
ギャラハッドは弟の婚約者の心情を案じたのではなく、彼女を警戒して探りを入れる為に接触したのだ。
「上手く隠してたけど、ギャラハッド殿下は長年ライバルになりそうな王子達を牽制していたから、その行動自体は理解できる……」
己を磨くことに重きを置いていた兄達と違い、ギャラハッドは自分を高めることはそこそこに、競争相手を減らす方向で動いていた。
「第一、第二王子を残したのは、排除するのが難しい相手であるのと同時に、両者とも内面に致命的な欠陥があるから、残しておいても脅威にはならないと判断したからだろう?」
小賢しくはあるが、その方針は間違いではない。
皇位継承戦は、努力して高得点を目指すテストではない。最後に自分が皇太子として選ばれれば勝ちなのだ。
「でもなあ。どうにも違和感があるんだ。……陣営が公に候補として擁立しているのは第三王子で、殿下自身も精力的に動いているのに、あと一歩の所でずっと足踏みしている気がしてならない……」
表情は一切変わらないのに、ギャラハッドから軽薄な空気が消えた。
「教えてくれよ、王子様。アンタは一体、何がしたいんだ?」
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