YEAH! めっちゃストレス
羽振りの良さを知らしめるがごとく、アダマス家の玄関ホールは広い。
いつ休んでいるのかわからないレベルで常在職場な家令ピーターから、今日は非番だったランドリーメイドのルチルまで全ての使用人が当主命令で召集された。
全員整列してもまだ大丈夫! 流石は成金の家である!
ダイアナは全員揃ったのを確認すると、軽やかに人々の間を駆け抜けた。
ポン ポン ポン ポン ………… ポンポンッ
なんらかの基準があるのか、不均等なペースで使用人達の肩を叩く。
終着点に到達し、クレイの元へ戻ってくると彼女は晴れやかな顔で宣言した。
「お父様。今、私が肩を叩いた者達を解雇してください」
「「「「「「「!!!!!!!???????」」」」」」」
「お、おい……ダイアナ、……本気か?」
流石のクレイも、娘の言葉を理解するのに数秒かかった。
何故なら全使用人の半分を解雇することになるからだ。
「お父様。この家の使用人は多いのです」
白物専用ランドリーメイド、色物専用ランドリーメイド、シーツ専用ランドリーメイド、ランジェリーランドリーメイド、制服専門ランドリーメイド……洗濯だけでもこれだけいる。
そもそも洗い物が多いのは、人間が多いからだ。
どうでも良いが、色物専用って卑猥な響きがする。
ランジェリーランドリーは、卑猥通り越して何かの呪文みたいだ。
「しかし、それは理由があって……」
クレイは使うところはパーッと使うが、締めるところはギッチギチタイプだ。故にダイアナはあまりお金を持っていない。
話が逸れたが、クレイは理由なく大量雇用しているわけではないのである。
彼は取引先や親類に頼まれ、箔付のために使用人を受け入れている。
歴史の浅い、成金男爵家での勤務は大したキャリアにならない。
大事なのはその後。
彼らはアダマス家の後に、由緒正しい貴族家で働くのが目的だ。
歴史ある貴族は使用人を家系で抱えている。
執事長の息子が、次の執事長になる的な。メイド長と家令が夫婦である的なものだ。
しかしなんらかの欠員が出た際には、新規に使用人を採用する。
募集条件の必須項目は、貴族家で勤務経験があること。
この最低条件を満たすために、クレイは一時的に使用人として雇用しているのだ。マネーロンダリングかよ。
故にアダマス家の使用人は、ごく一部を除いて腰掛け状態。
裕福な親戚を持つ平民や、クレイと取引のある男爵家・子爵家辺りの人間で構成されている。
「お父様が、使用人達を引き受けることで、紹介者の方達と縁を深めようとしているのは存じています」
縁というより貸しだ。
「その行為による利益は、どのくらいありましたか?」
「ダイアナよ。言いたいことは分かるが、こういったものは目先の利益で考えるものじゃないんだ」
「いいえ! 目先で良いんです! 使用人として彼等の縁者を採用する貸しは、お父様が存命の間に回収せねば時効になります! 貸し損です!」
「いや、しかし……」
(傑物かと思ったが、見誤ったかもしれん)
娘の短絡的な考え方に、クレイは少しガッカリした。
「この程度の貸しをお父様亡き後、律儀に返そうとする方々なら、日頃から何らかのリターンがあるはずです。ありましたか? その場限りの『ありがとう』や、軽い謝礼で終わったのではありませんか?」
落胆したクレイだったが、続くダイアナの言葉にはほんのり思い当たる節があった。
「使用人の月給をご存知ですか? お父様が得た謝礼は、その使用人に支払った給料よりも価値あるものでしたか?」
「……」
「給金分は働いていると主張されるかもしれませんが、私が肩を叩いたのは使用人として失格な者です。彼等の勤務態度は報告書で提出します」
思案しだした父に、娘は畳み掛けた。
「お父様は、舐められているのです! 永遠に回収できない貸しなど、無償で尽くしてやっているのと同じです!」
「!?」
「お父様は自分の力で成り上がり、爵位まで手に入れた成功者です! アダマス家の男爵位は、ただ先代から引き継いだだけの惰性の男爵位よりも、よっぽど価値があるのです!」
「……ダイアナ。お前は、そんな風に思ってくれるのか……?」
不覚にもクレイは、娘の言葉に感動した。
「商人として頭を下げても、心は気高くあった筈です。なのに何故、自ら三下共の奴隷に成り下がるのですか!?」
「――お嬢様。いいえ、ダイアナ。言葉が過ぎますよ」
力強いダイアナの演説を、冷静な声が遮った。
声の主はメイド長を務める、ラリマー夫人だ。
ラリマー夫人はダイアナの母・モアの姉である。
彼女は男爵に嫁いだが、訳あって離縁しアダマス家で雇われることになった。
モアが亡くなってから採用されたラリマー夫人は、幼いダイアナに代わり女主人のように家を守ってきた。
現在、女性使用人の中で一番権力を持つのは彼女である。
「使用人としてではなく、貴女の伯母として、これ以上の淑女らしからぬ振る舞いは看過できません」
「お父様。私が年々内向的になったのはラリマー夫人が原因です。彼女は長年私を虐げていました」
ダイアナ、あっさり暴露。
「なんだと!?」
「お父様としては、親戚であるラリマー夫人なら我が家を任せても良いと考えたのでしょうが誤りです。姉である自分より、裕福な相手に嫁いだお母様に夫人は嫉妬していました」
姉より玉の輿に乗る妹など存在しない理論である。
さり気なくクレイを持ち上げたダイアナ。
「お母様似の私に、夫人は憎しみをぶつけていました。私に対する彼女の態度に影響された使用人により、この家では雇い主の娘を軽んじる行為が横行していたのです」
実は先ほどのリアル肩叩き。ラストに二回ポンポンされたのは、ラリマー夫人である。
ダイアナが気弱で内気になったのは、ラリマー夫人がことあるごとに彼女を否定して、抑圧したからだ。
クレイは不在がちで、娘のことは夫人に任せていた。
父親に関心を持たれていない事を自覚していた少女は、親に泣きつくという発想ができなかった。
クレイを煩わせたら、完全に見捨てられると考えたのだ。
そして少女は我慢し続けるうちに自信を失い、自己主張できなくなっていった。
「ラリマー夫人は誠実でなく、優秀でもない。お母様の親戚だから採用しただけで、雇い続けるメリットはゼロどころかマイナスです!」
さすが我らのダイアナお嬢様。キレッキレである。
「家を腐らせるシロアリなど、百害あって一利なし! 他の使用人とは違って、考える余地なく解雇一択ですねっ!!」
「一応、お前の伯母なんだが……」
クレイは思わず同情してしまった。寝耳に水の告発で、まだ少し実感が湧かない。
彼の頭を占めるのは一に金儲け、二に仕事、三、四がなくて、五に資産運用。うーん、この。
家のことなど、仕事の足を引っ張らなければどうでも良かった。何かあれば家令のピーターから報告が上がるはずなので、問題なくやっているものだと思っていた。
「それがダメなのです。身内だからと根拠なく信頼したり、許してしまってはいけません。見せしめのために、夫人は今この場で解雇しましょう!!」
ダイアナは、さっとラリマー夫人に関する報告書を父に手渡すと、公開処刑を宣言した。
「一個の腐ったリンゴが、樽全体のリンゴもダメにするのです。既に影響を受けたリンゴは手遅れなので廃棄しましょう!」
勿論、腐ったリンゴはラリマー夫人であり、廃棄処分を提案されているのは女性使用人達だ。
少女の口から出た「見せしめ」「廃棄」発言に、使用人達の顔が引き攣った。
彼らとしては「普段大人しいヤツがキレると怖い」な状況だ。
残念だが、大人しいダイアナお嬢様は販売終了したのだ。これからはずっとこの調子だぞ。
「全員処分すると、お前の周囲からごっそり使用人が抜けてしまう。いくらなんでも不便だろう。再教育可能な者は、残留させれば良いのではないか?」
「一度でも主人を裏切った者は再教育不可です。越えてはいけない一線を、自らの意思で越えているのです」
ダイアナにとっては殺人犯と同列だ。
彼女の基準では、主人を裏切ることがそれだけ重罪なのか、それとも殺人に対する認識が軽いのか。追求したら怖い答えが返ってきそうだ。藪を突いてはいけない。
「脅された者も居るでしょうが、ピーターやお父様に報告する選択肢もあったはずです。同調圧力で罪を犯す者も、判断力のない者も必要ありません!」
「汚物は消毒だー!」とでも言い出しかねない勢いのダイアナ。
「気持ちはわかるが、実際問題不便だろう。新しく採用するにも時間がかかる」
「大丈夫です。スターリング家から、出向という形で女性使用人を引き受けます!」
「できるのか!?」
「実は先日、シルバー様とお会いした後で、侯爵夫人に相談されたのです」
体調不良()でシルバーが部屋に戻った後、ダイアナは姑となる予定の侯爵夫人とお茶をした。
スターリング家は古い家系、しかも大貴族に分類される為、家系で使用人を抱え込んでいる。
何代にもわたって仕えている者達を、困窮したからと容易く解雇することはできない。
主人としての至らなさを嘆きつつ、夫人は使用人達の窮状を未来の嫁に訴えた。
但しその目的は「支援金増やしてくれないかしら〜(チラッチラッ)」だ。
「表向きは、私が侯爵家に馴染む為、嫁入り前から使用人と関係を深める事にしたとでも言えば良いのです」
貴族らしい婉曲なおねだりだったので、ダイアナは自分の都合の良い解釈ですっとぼけることにした。
「両家の仲が良好だとアピールしつつ、侯爵家は食い扶持を減らし、男爵家は人手不足を補えます!」
「……それが叶うなら一石三鳥だな」
侯爵家の使用人と一緒に働けば、男爵家の使用人にも良い刺激となる。
アダマス家で働きたい使用人だけを受け入れて、その者達に高待遇を用意すれば、嫁入り後のダイアナの味方になるだろう。
(ここ数代はエスカレーター式で使用人になった者ばかりだ。全員が侯爵家に心からの忠誠を誓っているわけではあるまい)
すっかりその気になったクレイは、ゲスい顔で顎を撫でた。
ちなみに全使用人の前で、コンプレックスから酷評まで公表された夫人は過呼吸寸前だ。
彼女は言い訳しなかったのではなく、物理的にそれどころじゃなかったのである。
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