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全員殺してしまおうか

「殿下、これは我々夫婦の問題です。如何に貴方様であろうと……」


 モルガーナを乗せた馬車が遠ざかる音を聞きながら、アーロンは恨みがましそうな目でロトを見た。

 廊下で夫婦のやり取りを眺めていたロトが、勝手に許可を出してしまったことで、モルガーナは押し付けるように木箱を置いて帰ってしまった。


「いいや、公爵。これは()()の問題だよ」

「何を仰っているんですか?」

「これは入手経路がハッキリしている即効性の毒だ」


 ロトの言葉に、アーロンの心臓が跳ねた。


「そ、そうですね。出処が明らかなのでコレを使って何かすれば直ぐに足がつきます」

「そうだよな」

「ええ、ですから──」

「なあ、公爵。どちらの筋書きが良いと思う?」


 木箱から抜き出した褐色の小瓶を手で弄びながら、ロトが歌うように言葉を紡ぐ。


「──ひとつ。俺を皇太子にしようとして、アナスタシアが独断で皇帝候補達を毒殺する」


 ヒュッとアーロンが息を呑む音が、離れて座るロトにも聞こえた。


 最近になってアナスタシアが、他の王子と交流を持ちはじめたと報告に上がっている。

 複数の王子を招いたお茶会で、毒入りのお茶を振る舞えばロトはライバル達を一掃できる。


(前回の狂言とは違い、今度は本物の殺人犯に仕立て上げる。ヴァルの奴を同席させたら失敗しかねないから、始末できるとしたらアルチュールとギャラハッドの二人だな)


 仲が良い兄弟ではないが、表立って対立しているわけでもない。

 お互いに距離を置いている感じなので、二人が同席しても不自然ではない。


「──ふたつ。俺と婚約中の身でありながら、他の王子に恋したアナスタシアが意中の相手と無理心中しようとする」


 この方法だと排除できる王子は一人きりだが、アナスタシアも同時に始末できるので、万が一にも逆転される可能性はない。


(心中相手として、一番リアリティがあるのは親交が深いアルチュールか。個人的にはギャラハッドの方を始末したいところだが仕方がない……)


「……殿下。本気ですか?」

「逆にお前はこのままで良いのか? この狭い別荘に押し込められて、何をすることもなく、一日が終わるのをただじっと待つだけ。お前をこんな状態にしたアナスタシアが憎くないのか?」

「……」

「心配しなくても、お前に毒の混入を命じたりはしない。それは俺の方で何とかする」


 アーロンはアナスタシアの父親だが、今は物理的にも心理的にも拒絶された状態だ。

 ロトは彼を気遣ったわけではなく、アーロンを実行犯に仕立て上げるのは無理があるので、選択肢から除外しただけだ。


「お前はただ『モルガーナが持ち込んだ木箱は最初から空いていて、瓶が一本抜き出された痕跡があった』と証言すれば良い。それだけだ。直接手を下すわけじゃない。簡単なことだろう?」


 アーロンは既に一度アナスタシアを嵌めているのだ。


(自らが手を汚すわけでもなく、ただ瓶を持ち出すのを見逃して嘘の証言をするくらいなら、娘と同様に愚鈍なこの男でも失敗することはないだろう)


 アナスタシアの肝の小ささや、要領の悪さはアーロン譲りだ。


(アイツが優秀なんてことある筈がない!)


 彼女が関与する会社が、国の公衆衛生を底上げするような社会貢献を行なったことで、アナスタシアの評判は上々だ。

 今までアナスタシアを悪し様に揶揄していた連中が、手のひらを返したように彼女を誉めそやす。

 一夜で評価がガラリと変わることなど、貴族社会では多々あることなのだが、その対象がアナスタシアだというだけでロトは我慢ならなかった。

 頭では無視すべきだとわかっているのに、体が言うことを聞かない。

 アナスタシアの評判が気になって逐次探りを入れては、その結果に心を乱していた。


(全部間違いだ。アナスタシアは愚かな女でなくてはならない……!)


 本人に自覚はないが、この時点でロトの中で既に皇太子になることよりも、アナスタシアの排除の方が優先順位が上になっていた。


 アナスタシア・ヴィヴィアンを、より惨めな形でロトの人生から排除する。そのついでに他の皇帝候補を消す。

 正常な判断力を失った第四王子は、色々なものを見落とし、後戻りできない道に足を踏み出した。





 ロトの訪問から数日が経った。

 あれから何日も、アーロンは自室で考え込んでいる。

 今日も今日とて、何をすることもなく一日が終わってしまった。

 以前は時間の進みが遅く、一日が長く感じて仕方なかったが、最近は気がつくと窓の外に夜の帳が降りている。


 あれ以降、ロトからの音沙汰はない。

 本邸からアナスタシアの凶報の知らせもない。


 おそらくロトはアーロンに、あの日語った以上の計画を話すことはないだろう。

 アーロンに求められているのは、余計なことをせず、その時がきたら与えられた役目を果たすことのみだ。


 アーロンはアナスタシアを可愛がっていたわけではなかったが、嫌っていたわけでもない。

 ただ姉妹が揃うと、愛嬌がありアーロンに懐く仕草をしてくるネヴィアの方が可愛がりやすかっただけだ。


 彼は保身の為にアナスタシアを嵌めることを選んだが、それは彼女の身の安全が保証されていて、有罪になったとしても執行猶予になるのが分かっていたからだ。


 だが今ロトがしようとしているのは殺人だ。

 結局どちらの方法を選ぶか彼は語らずに別荘を去ったが、王族殺しをしたとなれば、アナスタシアは極刑になる可能性が非常に高い。無理心中に仕立て上げられたら確実に死亡。

 どちらにせよアナスタシアの命はない。


「──旦那様」

「!? あ、ああ。モルガーナか。いつここに?」


 肩を叩かれると同時に、耳元で呼びかけられて、アーロンは椅子から転げ落ちそうになった。

 いつの間にかロッキングチェアの隣に、モルガーナが立っていた。


「陽が落ちる前です。ドア越しに一度ご挨拶しましたが、ディナーの時間になっても食堂にいらっしゃらないので、呼びに参りました。何度ノックしても返事が無かったもので、心配になり無断でお部屋に入ってしまいました」

「そうか、手間を掛けさせたな」

「……顔色が優れませんわね。先日お会いした時はそうでもありませんでしたが、体調が優れないのですか?」


 使用人達からここ最近のアーロンの様子を聞かされているだろうに、モルガーナは敢えて知らないフリをしている。

 積極的に詮索しないが、アーロンが話し易い空気を作るモルガーナ。胸の内を打ち明けるかどうかは彼次第だ。


(今日は、俺の記憶にある通りのモルガーナだな)


 静かな夜だからか、先日のような騒々しさは全く無い。


「なあ、お前はアナスタシアに私物を没収され、扱き使われているんだろう? アナスタシアを憎く思うことは無いのか?」

「憎たらしいに決まっているじゃありませんか。ネヴィアの自業自得とは言え、実の娘を修道院送りにされたんですよ」

「すまない。無神経だった……」


 放り込める場所が他に無かったからか、別荘行きで済んでいるアーロンは心なし肩身狭く感じた。


「まあ、修道院で元気にやってるみたいなので、あの子にとっては案外良い幕引きだったのかもしれません」

「そうなのか……」

「それよりも私です! 裁判から戻るなりアナスタシアに脅迫されて、今も逐一圧力を掛けられて行動を制限されているのですよ! 今まで自由に生きてきたからか、不自由がこんなにストレス溜まるものだとは思いませんでしたわっ」


 プリプリと怒ってみせるモルガーナだが、その表情は溌剌としている。

 その美貌も今までのような作り上げられた美しさではなく、内から滲み出る活力のようなもので輝いているように見える。


「……ストレスを感じている割に元気そうだな」

「遠慮なしに仕事を振られるものだから、体力がついたのかもしれませんね」

「そう言う意味ではないのだが……」

「忙しくてあっという間に一日が終わるし、毎日疲労困憊状態ですが……まあ、悪くはありませんわ」


 先程は以前のモルガーナと同じだと感じたが、それは間違いだった。

 目の前にいる妻は、もうアーロンの知る彼女ではない。

 男の間を巧みに渡り歩き、労少なく美味しいところだけを掠め取り、己の容姿を磨く事に最大の関心を寄せる女は既に存在しなかった。


 その横顔を見上げて、アーロンは初めてモルガーナを眩しいと感じた。

 それは嘗て先妻に感じたのと同じ感情だった。


 アーロンはモルガーナを高く評価していた。

 生粋の貴族に優れども劣らぬ気品ある美しさと、賢さ。

 しかしそれは「所詮は元娼婦」と無意識に彼女を見下していたから、彼女がどんなに優れていても鷹揚な態度でいられたに過ぎない。


 今、アーロンは彼女を見上げている。それは物理的な問題だけではない。

 アーロン・ヴィヴィアンというちっぽけな男が、モルガーナという女性よりも下だと本能で感じている。


(妻に劣等感を抱く日々を、また繰り返すのか……?)


 性格も外見も全く似ていないのに、モルガーナに亡き妻の面影が重なり、アーロンは拳を強く握った。

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(´・ω・`)なんでいつも妻ばっかりすごいんだ いや!そこは自分の審美眼の良さでドヤるとこだろ?! ヽ(*゜ー゜*)ノなんで変にコンプレックス持っちゃっうのさ?
[一言] はい、アーロンも失格
[一言] 一休さんのお話で「このツボの中に入ってるのは子どもにとっては毒だよ」と言って蜜を独り占めしていた和尚さんがいましたけど…… ダイアナさんどっちに振ってくるかしら?
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