覚悟はいいか? 私はできてる
修道院にある応接室に、紙を捲る音だけが響く。
やがてパタンとポートフォリオを閉じる音と共に、緊張感漂う無言の時間は終わりを告げた。
「──良いでしょう。ネヴィアの『創世デザイン部』への配属を許可します」
「!!」
「よかったわね! ネヴィアさん!」
付き添いのシスター・ターニャに我が事のように喜ばれ、ネヴィアは涙ぐみながらこくこくと頷いた。
「初仕事として、何か手頃な作品があれば良いのですが……ヴィヴィアン公爵令嬢は、本日も新作を持ってきてくださったのでしょうか?」
ターニャは創世デザイン部のチーフだ。
彼女はオールジャンル熟す万能型だが、それでも好みというものはある。
ターニャが一番得意としているのは、フェンリルなどのリアルモンスターの絵で、好きな小説の傾向はスパイや殺し屋が主人公の、流血表現多め作品だ。
単なるカッコいい生き物好きと思いたいが、実は心にヤバいモンスターを飼っている可能性がある。
現在スタジオ・ジブラルタルには二つの部署がある。
一つ目はイラスト制作部。
既に商業化されている作品の、新規絵を描く部署だ。
画風を統一して、多様なポーズや衣装を纏ったキャラのイラストを書かなければいけないので、画力が高い者達で構成されている。現時点では砦娘制作班のような感じになっている。
彼女達が一番描きたいのは見目麗しい男性なのだが、異性が居ない環境では、ポーズモデルに事欠かない女キャラの方が上達が早かった。
二つ目は創世デザイン部。
神のオーダーで地上の動物をデザインするのではなく、紙から情報を読み取って、小説の世界を絵として描き起こす部署だ。
自然、街並み、登場人物……まさにその世界の全てを手掛けるので、高い想像力と、頭に思い描いた風景をアウトプットする力が求められる。苦労するがその分達成感もひとしおだ。
今回ダイアナはこの部署に船娘のデザインを依頼するために、修道院を訪れた。
ターニャが言っている『新作』とは、ダイアナが定期的に持ち込んでいる小説の事だ。
彼女達は小説を娯楽として楽しみつつ、文章から得た情報をイラストという形にして表現している。出来上がったイラストは基となった小説と共に時期をみて出版予定だ。
察しの良い諸君なら既にお分かりだろうが、ダイアナお嬢様が作ろうとしているのはライトノベルだ。
漫画が難しければ、ラノベを作れば良いじゃない。
とは言え、一冊十万文字近くあって続刊があるような本格的なものではない。今は種類を豊富に取り揃えることを優先しており、修道院の少女達の餌としての役割が大きいので、一冊数十ページ程度のスーパーライトノベルだ。ライトというか、薄いというか……うん。まあ、中には親に見せられないものも混じっているが、彼女達は親と同居していないので全く問題ない。
異世界転生モノで物作りの定番は、食品以外だとオセロとか算盤。知識なら複式簿記なんだけどな。
ダイアナお嬢様はガンガンこの地にサブカル投入してるけど、一体ギャランをどうしたいんだ?
お嬢様のせいで、この国はオタク大国まっしぐらだ。カヴァスが止めないってことは、本気で国的にセーフなの?
「いいえ。今回は別の案件です。砦娘の海軍バージョンを製作することになりました」
「陸が砦なら、海は船ですか?」
「その通りです。本日はキャラクターデザインを任せたい船のリストと、参考資料をお持ちしました」
「今までと違い、本当にゼロからなのですね。……これは難易度が高そうです」
「娘シリーズとして展開するので、絵のテイストや世界観は砦娘と揃えてください」
「では世界観は出来上がっているので、キャラクターデザインのみですね。砦娘は各地方の民族衣装や建造物の特徴を取り入れていましたが、船の場合は船体のデザインですか?」
「わかりやすい特徴があれば採用してもらって構いませんが、それだけだと差別化が難しいので、その船の来歴を取り入れてください」
「それなら船のサイズや、製作された世代で、姉妹設定にしたり派閥を作れば、玄人程刺さりそうですね。艦隊編成を同好会の仲間として反映させたり……」
「シスター・ターニャ。簡単そうに言いますけど、それって制作側も相当精通してないと無理ですよ」
顔を青くしたネヴィアが、ターニャに待ったをかけた。
デザイン部の少女達に、ミリタリー関連の知識はない。素人な彼女達がターニャの思いつきを実現するとなると、途轍もない労力が求められる。
「あら、ネヴィアさん。折角だからお勉強しましょうよ」
なんて事ないように言われて、ネヴィアの顔が引き攣った。
要領よく生きてきたネヴィアは、姉と違って真面目にコツコツ勉強するのが嫌いなのだ。
「大変かもしれないけど、苦労して得た知識は私達の糧になるわ。作りたいものを形にする際に、教養があれば作品に深みが出ると思うの。きっと将来手掛ける作品でも活かされるわよ。ワクワクするわね!」
ターニャはマイペースで、こうと決めたら絶対にやり遂げるタイプの人間だ。
朗らかな笑顔で言い切ったシスターの姿に、ネヴィアはそれ以上言葉を紡げなくなった。
「締切がありますので、どこまで深掘りするかはチームで話し合って決めてください。無理のないスケジュールでお願いします」
リクエストという形で依頼をかけて、支払いについても彼女達の自主的な創作活動の支援という態で世間体を取り繕っているので、彼女達を酷使している状況になってしまうとマズい。
職人気質のターニャに軽く釘を刺すと、ダイアナはケイに差し入れを持ってくるよう命じた。
「いつもありがとうございます。わあ! 今日はピーナッツづくしですね! 私ピーナッツが一番好きなんです!」
ジブラルタル修道院では、美容効果がある上に、作業中にも手軽につまめるナッツやドライフルーツが差し入れの定番と化している。
ナッツはそのままだと味気ないので、定番の塩味の他に、チーズペッパーやキャラメルコーティングしたもの等、色々とフレーバーを取り揃えてダイアナは差し入れていた。
「では、私はこれで──」
「お姉様!」
ダイアナが暇を告げて立ち上がった時、再会から今日に至るまで彼女に対しては黙りだったネヴィアが声を上げた。
「私、凄いの作りますから!!」
ネヴィアは姉が嫌いだ。
頭の悪いヒロイン気質は見ていてイライラするし、それが罷り通ってしまうような身分を持っている彼女が妬ましくてたまらない。
きっと時間が巻き戻って、人生をやり直す事ができたとしても、ネヴィアは彼女と仲良くしようとは思わないだろう。
前回の失敗を活かして、今度はもっと上手くやろうと考えるに違いない。
過去に姉に対して行った数々について、ネヴィアは一切反省していない。
後悔しているとすれば、それは己の不甲斐なさと未熟さにだ。
ネヴィアには謝罪の気持ちなんて、これっぽっちも無い。
だから謝ったりなんてしない。
「お姉様には決して作れないような……世界中で絶賛されるような作品を描いて、私が貴女の妹なのではなく、貴女が私の姉であると世間に知らしめてやります!!」
修道院という外の世界から隔絶された場所で生きているネヴィアだが、それでも現在帝国においてアナスタシア・ヴィヴィアンが、飛ぶ鳥を落とす勢いで名を馳せている事は知っている。
「覚悟してください!!」
今はそんな彼女の妹という存在でしかない自分だが、いつしか逆転してやると、ネヴィアはポートフォリオを製作しながら心に決めた。
「そんな日が来ると良いわね。頑張って頂戴(訳:働け。儲けさせろ。動機なんざ何でも構わない)」
「そうやって、余裕ぶっていられるのも今だけですよ」
頭を下げる代わりに、ネヴィアは顔を上げて真正面から姉を睨みつけた。
「……そんなにやる気があるなら、貴女を船娘の担当に任命するわ」
「──!?」
「初期実装は二十人。ドゥン・スタリオン号はやたらオーダーが細かいけど、偉い人のお気に入りらしいから全部遵守してね」
「にじゅ!?」
「アシスタントとして他の子達と協力して構わないけど、責任者は貴女。ラフの締切を設けるから、間に合わなかったらシスター・ターニャと担当者交代よ」
ダイアナお嬢様は容赦が無かった。
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