少女達は娯楽に飢えていた
「ねーねー。この間入った子、寄付が現物ってマジ?」
「寄付金は最低限で、残りは画材だって聞いてる」
「なにそれ最悪。物ならせめてシルクのハンカチとか靴下でしょ」
「新人って公爵家の隠し子だっけ。画材ってその子の趣味? いい迷惑なんだけど」
「あの院長、今度は『写生大会をしましょう』とか言い出しそう。はぁ〜、ダル」
お喋りする少女達に気付かれないよう、物陰に身を潜めてネヴィアは必死に耐えていた。
確かに彼女の美術の成績は良かったが、コンクールで受賞するようなレベルではない。
他人よりもパースを取るのが得意で、筆が早いだけで、別に趣味ではない。
「──その子の姉が、今日来るらしいわよ」
「朝食の時にシスターが言ってたのって、それのこと? 『妹と一緒にお絵描きしてください』って?」
「ああ、昼食後に講堂に集まるようにってヤツね。私パス。適当な理由つけてサボるわ」
「何番目かは知らないけど、王子も一緒に来るって」
「それ本当!?」
王子が来訪すると聞いて、少女達は色めき立った。
「王子といえど男性だから、トラブル防止の為に講堂内にロープ貼って、移動経路も隔離するって。シスター達が話し合ってるのを盗み聞きしたから本当」
「えー、確かウチの王子様達って全員顔が良いんでしょ。それなら見に行こうかな」
「運良くお近づきになれるかもしれないしね」
「ちょっとー。アンタ何考えてんのよ」
「ええ〜? 皆、内心では期待してるでしょ」
キャアキャアと盛り上がる少女達と裏腹に、ネヴィアは鉛を飲み込んだような気持ちになった。
(ロト殿下がお姉様と一緒に修道院に来ることはない。なら、お姉様は別の王子と親しくなったということ。あのお姉様が──!)
全て失った自分とは反対に、再び煌びやかな道を歩み出した姉の姿を思い浮かべて、ネヴィアの胸にドス黒い感情が渦巻いた。
*
王子効果もあり、指定された時間には、修道院に居るほぼ全員が講堂に集まった。
着席した彼女達の前に、シスターが画材を置いていく。
入り口で渡す形にすると、高確率で受け取らないのがわかっているので、強制配布にしたのだろうが、誰も手を触れていないので無駄な努力としか思えない。
画材と言っても簡素なもので、彼女達に配られたのはスケッチブックと鉛筆だけだ。
「はじめまして。アナスタシア・ヴィヴィアンと申します」
ダイアナが朗々とした声で名乗るが、拍手どころか誰もリアクションをしない。
彼女達の視線は、公爵令嬢の近くに立つ王子と執事に釘付けだ。二人とも期待以上に見た目が良い。
若いのに杖を持っている王子の姿に、少女達は目の前にいるのが第一王子だと推察した。
第一王子と言えば皇帝候補だ。
彼に見初められることがあれば、このつまらない檻から連れ出してもらえて、華やかな宮廷で生活できるかもしれない。
期待に胸を膨らませ、彼女達のテンションが上がる。
「私から皆さんに提供するのは、貴女方の心を満たすものです」
(は?)
ダイアナの意味不明な発言に、ネヴィアは虚をつかれた。
彼女以外も怪訝な顔をしている。
「スケッチブックに挟んである、イラストをご覧ください」
何だかよく分からないが意味深な言葉が気になり、少女達は言われるがままにスケッチブックを開いた。
パラパラ……、と講堂に音が響く。
(何これ……?)
表紙の下に挟まれていたのは数枚の紙。
変わった衣装を纏った幼女〜大人の女性が描かれている。
写実的とは言い難い、風変わりな髪型に大きな瞳。初めて見る画風だ。
「これを描いたのは彼です!」
「──!!??」
声を張り上げたダイアナが、ビシッと勢いよく執事を指差した。
突然の暴露にケイが瞠目する。
(え? 嘘でしょ?)
ヴィヴィアン公爵家で暮らしていたネヴィアは、彼の名前までは覚えていないが、その顔には見覚えがあった。
彼について詳しく知っているわけではないが、こんな絵を描く人物にはとても見えない。
他の少女達も、ネヴィアと同感なのか「マジで?」「お前そんなお堅そうな顔して、こういうのが趣味なの?」と言わんばかりの目でケイを見た。
「〜〜〜ッ何故バラすんですか!」
大きく表情を崩すことはなかったが、恨みがましそうな目で主人を睨む執事。
(うわ、本当なんだ)
「違います。これは決して私の趣味ではございません。お嬢様に命じられて描いただけですっ!」
周囲の視線に居た堪れなくなったのか、ケイは目を伏せて言い訳した。
冷徹な印象を受ける整った顔が、みるみる羞恥で赤く染まる。
耳まで赤くして震えるイケメンの姿に、ネヴィアの胸が今まで感じたことのない感情で一杯になった。
未知の栄養のようなものが体の中を駆け巡り、心を満たす。
「はい、アルチュール殿下! 主人に虐げられる、この哀れな執事を慰めてやってください!」
「はあっ!? 何で俺が!?」
他人事として黙って成り行きを見ていた第一王子に、ダイアナは無茶振りした。
「ほら早く! この場に同性は殿下だけなんですよ! 殿下が慰めなくて、誰が彼を慰めると言うんですか!」
謎の理論で追い立てるダイアナ。
長年慰められる専だったアルチュール。
確かに目の前の執事を可哀想に思う心はあるのだが、他人を慰める経験に乏しい彼は、どう声を掛けたら良いのか分からない。
オタオタしながら執事の様子を伺う第一王子に、ダイアナは「言葉が出てこないなら、肩に手を置くか、背中をポンポンしてください!」と指示した。
彼女の指示に従う謂れはないのだが、頭が真っ白になったアルチュールは言われるがままに行動した。
不機嫌そうな表情から一転して、ぎこちなく執事を慰めようとする王子の姿を見て、少女達の魂が震えた。
先程とは違う、別の衝撃が体を貫く。
抑えきれない黒い──否、虹色の衝動が込み上げてくる。
その色は人によってピンクだったり、薔薇色だったり……え? ピンクと薔薇は同じじゃないかって? 違うんだなこれが!
「皆さん。今日は人物画に挑戦しましょう。写生する為に、モデルを観察するのは当然のことです。ジロジロ見ても、決して失礼にはあたりません……ロープを越えなければ、描きやすいように、移動しても構いませんよ」
ダイアナの言葉に一人、また一人と立ち上がり境界線ギリギリまで移動する少女達。
「おい! もしかして俺達を描かせるつもりなのか!?」
「どうせ描くなら、男前な殿下をモデルにした方が楽しいでしょう」
「ふざけるな! 俺を何だと思ってるんだ!」
「あ。杖お預かりしまーす」
「返せ! クソッ! お前、後で覚えてろよ!」
ケイの肩に手を置いた状態のアルチュールから、ダイアナお嬢様は杖をぶん取った。
※危ないので決して真似をしないでください。
バランスを崩した第一王子を、執事が咄嗟に抱き止めるような形で支える。
その瞬間、少女達に過去最大級の激震が走った。
頭の奥でパリーン、と何かが割れた。きっと種的なサムシングだ。
いともたやすく行われたえげつない行為によって、彼女達の性癖は破壊された。
こうしてダイアナお嬢様は、暇を持て余していた彼女達を、イラストレーターとして覚醒させた。
ついでに別の何かにも目覚めさせた。
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