他人に救われる準備がある奴だけだ
「まあ! 今日はアルチュール殿下もいらして下さったのですね!」
二人の来訪を、ジブラルタル修道院のシータ院長は満面の笑みで歓迎した。
「嬉しいわぁ。お二人がこの院にいらっしゃるようになってから、ここの雰囲気はずいぶん明るくなりましたの。毎日、みんな本当に楽しそうで……。私ではあの子達の心を癒すことができず、長年歯痒く思っていたのですよ」
ジブラルタル修道院は、訳ありの子女専門の修道院として世間に認知されている。
隠し子だったり、素行に問題があったり、家庭の事情で面倒を見れない、世間に出すことができない少女を、裕福な平民や貴族がお金を積んで引き取ってもらうのがこの場所だ。
このおっとりした院長は、なにも金儲けの為にこのような運営をしているわけではない。
シータはとある高貴な人物の落胤だ。
殺すのは差し障りがあるが、一般人のように生活させることもできない。
物心つく頃に母親と引き離された彼女は、大金と共に修道院に放り込まれた。
幼い彼女が預けられたのは普通の修道院。
身分関係なく様々な境遇の少女達が集う場所だった。
帝国では寄付金の額と、修道院での扱いは比例する。
待遇差を不服に思った少女達の間では、苛めが日常化していた。
器物損壊や暴力であれば発覚し次第指導が入るが、仲間はずれにする、無視、陰口などは如何ともし難い。精々説法の時間に、それとなく教訓になりそうな話をするくらいだ。
俗世に置いておくことはできないが、せめて不自由な思いをしないように、と寄付金を積み上げられたシータは修道院で浮いた存在だった。
大人達は彼女に気を遣ったが、その特別扱いが気に食わない少女達はシータを遠巻きにし、嫌厭した。
狭い世界で一人の友人もなく、辛い少女時代を過ごしたシータは自分と似た境遇の少女を集めた修道院を作り、お互いに慰め合い、支え合って生活する場所を作ろうとした。
しかし実際にできたのは、金で厄介払いされた擦れた少女達の収容所だった。
訳あり少女達を受け入れているので、院の運営費は余裕がある。
すっかり捻くれてしまった彼女達をどうにかしたいと、院長は様々な試みをした。
近隣の牧場の手伝いと称して動物と触れ合わせようとしたり、子供の面倒を見ることで癒されるのではないかと孤児院との繋がりを作ろうとしたり、バザーを主催して地元民と交流させようとした。
植物を育てたり、手芸や料理で何かを作る楽しさや達成感を教えようともした。
しかし彼女達はボイコットし、ノルマを設けても知ったこっちゃないと無視した。
少女達にとって、この修道院は家ではない。
「金と引き換えに自分を引き受けたのだから、自分はお客様。余計なお節介は不要。イベントとか鬱陶しい。押し付けがましい事をするな」というのが、彼女達の主張だ。
「芸術鑑賞会は以前から行っていたのですが、皆で絵を描くと言うのは盲点でした」
芸術に触れることで心が豊かになるのではないかと、外出させることができないので、定期的に音楽団や劇団を招いて鑑賞会は行っていた。金のある院だからできることだ。
楽器や絵の具はそれなりに高価なので、申請すれば用意するというスタンスだったが、今まで希望した者はごく僅かだった。
「作品をヴィヴィアン公爵令嬢が買い取ってくださるので、新しい画材の購入も余裕ですし、そろそろ寄付金に頼らない運営ができそうです」
「修道院で作ったものを売る。バザーの精神です」
「全然違うからな! 院長も騙されるなよ!」
「あらそうなんですか?」
「修道院のバザーで、あんなガチガチの契約を結んだりはしない! というか、バザーは買い手が、作り手に発注したりしないだろう!?」
修道院育ちの院長が世間知らずなのを良いことに、ダイアナお嬢様はジブラルタル修道院をスタジオ・ジブラルタルに作り変えた。
弁護士資格を持つ執事に作成させた契約書には、この修道院で作成された砦娘他諸々のイラストの著作権譲渡契約がキッチリ盛り込まれている。
「金銭が発生するので、後でトラブルにならないよう念入りに対策を講じただけですよ。修道院が損をしたり、不平等な立場を強いられるような項目は一切ございません」
「そうなんですね」
「彼女達には、のびのびと創作活動してもらいたいので、余計な憂いを取り払っただけです」
「まあまあ! お気遣いありがとうございます」
簡単に丸め込まれるシータに、アルチュールは頭を抱えた。
確かに修道院を食い物にするような契約ではないが、そもそも修道院と専属契約を結んで働かせる事が非常識なのだ。
だが常識に疎いシータと、常識破りのダイアナ。二人が意気投合してしまった為に、アルチュールの忠告はいつもスルーされてしまう。
「殿下、うるさいです。当人達が納得の上で結んだ契約なんですから、口を挟まないでください」
「初日にお前が人を巻き込んだおかげで、俺も一枚噛んでることになってるんだ!」
「世間への言い訳お疲れさまです。殿下には大変感謝しております」
記憶の無いダイアナにとって、ネヴィアは妹ではなく自分を嵌めた他人だ。
しかも母親経由とはいえ、彼女は長年公爵家の金を浪費してきた。
ダイアナはそんなネヴィアの為に多額の寄付金を積み、修道院という檻の中とは言え悠々自適に生活させるつもりはなかった。
だが寄付金を渋れば公爵家の評判が落ち、裁判で捏造した姉妹仲を疑われることになる。
妹の引取り先として浮かび上がったジブラルタル修道院の内情を知ったダイアナは、生活に困らず、時間を持て余している彼女達を上手く利用できないかと考えた。
鬼畜! 相変わらず思考回路がヒロインじゃない!
「お二人は本当に仲がよろしいのですね。今日は男性は殿下と、執事さんと、護衛の方の三名なんですね」
「メルランさんは、門の外で待機してもらっています」
「申し訳ございません。ヴィヴィアン公爵令嬢の事は信頼しておりますが、こればかりは……」
「気に病まないでください。当然の配慮です」
ここは親に金や身分がある訳あり少女達が集う場所なので、ジャーナリストを敷地内に入れることはできない。
「今日はスケッチの予定は伺っていませんが、必要とあれば直ぐに準備いたしますよ」
「だそうです。殿下どうします?」
「断固断る」
「仕方ありませんね。次の機会にします」
「次はない!」
院長が口にしたスケッチというのは、男性陣をモデルにした写生会の事だ。
応接室で院長と話すだけなら特別な準備は必要ないが、此処は女の園だ。
年頃の少女達と男性陣の間で間違いが起こらないよう、写生会をする場合は講堂にロープで境界線を作っているのだ。
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