救えるのは、
「エレイン妃は、時間があればあの場所でお茶してるそうです」
「……知ってる」
彼女のお茶スポットは庭園の端で、目を楽しませるような物は何もない──見上げれば、第一王子の執務室が見えるだけだ。
息子に拒絶され、それ以上進めなくなってしまった彼女が、アルチュールの姿を一目見ようとした結果だ。
運が良ければ窓越しに一瞬姿が見える程度のもの。
エレインが長年あの場所でお茶をしていることを知りながら、カーテンを閉めていなかったアルチュール。
彼も母を意識していたのだが、彼女の真意がわからず見て見ぬ振りをするに留まっていた。
もしかしたら、エレインが自分を見にきていることを確認しては、安堵していたのかもしれない。
真意がどうであれ、エレインがアルチュールを意識している、気にかけているという事実に安心を得ていた可能性がある。
「……」
「殿下。生垣越しに盗み聞きしてましたね」
エレインとのお茶会後に合流したアルチュールは、深く考え込んでいるようで反応が鈍い。
今回の外出の目的は修道院だ。同行を希望されたのでアルチュールを伴うのであって、彼の存在は特に必要ではない。
ダイアナは彼とお喋りしたいと思っていないし、沈黙を気まずく思ったりもしない。
解散するまで、彼が一言も話さなくても別に構わないのだが、一応確認をとることにした。
「……嘘つき女め。何が名前の由来を聞いてくる、だ」
「ああ、忘れてました。そんなに気になるなら、自分でエレイン妃に聞いてみては? 生垣越しなら、対面に比べて気が楽でしょう」
「……」
「そうしろとは言っていません。気が向いたらで良いんですよ」
「気が向かなかったら?」
「今まで通りです。何も変わりありません……いえ、相手が何を考えているのか分かったので、以前よりはスッキリしましたね」
「……母親と和解しろとは言わないのか?」
「何故殿下が歩み寄る必要が? 殿下がそうしたかったらすれば良いですし、したくなければしなくて構いませんよ」
ダイアナはアルチュールに「親子仲良くして欲しい」「話し合うべきだ」などと言うつもりはない。
彼に他人が安易に要望を伝えたり、道理を説くのは危険だ。
言った方は軽い気持ちであっても、アルチュールは「そうしなければいけない。そうでなければ、見捨てられる」と思い詰めてしまうからだ。
「お前も俺は皇帝に向いていないと思うのか?」
「どんな仕事も、働く前と後ではギャップがあります。適性があるか悩むくらいなら、さっさと皇帝になっちゃえば良いんです。それで向いてなければ『持病が見つかった。普通に生活する分には問題ないが、皇帝の激務は難しい』とでも言って、他の兄弟にパスしちゃいましょう。折角たくさん弟が居るんですから」
ダイアナとしてはアルチュールが皇帝になろうと、なるまいと何方でも構わない。
だがアルチュールは、皇帝候補である自分に価値を見出してしまっている。
ダイアナがエレインと話していて気付いたのは、彼が皇帝候補であり続ける理由だ。
おそらく彼は母親に反発しているわけでも、能動的に皇帝になりたいわけでもない。
彼が皇帝を目指すのは、エレイン妃が第三王子を皇帝候補として擁立すると表明した後も、陣営の方針に逆らってアルチュールを支持することにした者達や、自らの人生を第一王子に捧げると決めた側近達へ報いるためだ。
今更、側近達が「皇帝にならなくても構いません。どんな未来を選ぼうとついて行きます」と言ったところで、救いにはならない。
普通の人なら安堵するのだろうが、彼の場合はパニックになる。
周囲としては優しさのつもりでも、その言葉は彼の柱を無慈悲に破壊することになるからだ。
「無責任過ぎるだろう。帝国の皇帝だぞ」
「実力主義とか言いつつ、血族から後継者選んでる時点で同族経営の会社と同じですよ」
「無茶苦茶だなお前」
解決策としては本当に皇帝になるか、本人が自発的に別の道を歩むことを選ぶかだ。
「全く。適当な奴だな」
いつも顔を顰めている彼が、初めてダイアナの前で顔を綻ばせた。
アルチュールの笑みを見た瞬間、ダイアナの脳裏にサフィルスの笑顔が浮かんだ。
雰囲気や顔立ちが違うので今まで意識したことはなかったが、二人とも黒髪で背格好が似ている。
(この人と違って、サフィルス殿下には重責をパスできる相手がいないのか……)
失礼だけど、ダイアナお嬢様がサフィルスのこと忘れてなくてホッとしたわ。
序盤に出てきて以降、完全空気だけど王太子はちゃんと存在しているからな。
現在進行形で皇太子候補が複数いる帝国と違い、ジェンマ国の王子は二人だけ。
唯一の弟はあのアレキサンダーなので、選択肢としては論外だ。
オニクス三世は末っ子なので、サフィルスと従兄弟達はだいぶ年が離れている。
(あの人いつも笑ってるけど、子供の頃から重荷を背負ってきたのか)
ダイアナの中で、無性にサフィルスに会いたいと思う気持ちが生まれた。
(でも会ったところで、特に何がしたいとか無いわ。用事がないのに会っても、微妙な感じになりそう)
しかし会う目的が無いと思い至り、湧きあがった感情は一瞬で霧散した。
ああー! 惜しい! 今のはかなり惜しかったぞ!
折角恋愛小説の本領発揮しようとしたのに、何故そこで冷静になっちまうんだダイアナマインド!
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タイトルも本文も長くなったので、分割しました。
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