どんな男がタイプかな?
「アナスタシア・ヴィヴィアン……。あの子と親しい令嬢ね」
三階からだと低く見えた生垣は、実際は大人の背丈程あった。
エレインは突然声を掛けたダイアナに気を悪くすることなく、彼女に同席を求めた。
エレインに招かれたダイアナは、堂々と後宮エリアに入り、野外に設置されたテーブルに着席した。
折角後宮エリアに足を踏み入れることができたのだから、このまま宝物庫とやらにある聖杯を見に行きたいところだが、流石にそれは厳しいだろう。
「……あの子、とはどちらの御子息の事を指しているのでしょうか?」
「貴女、ギャラハッドとも面識があるの?」
彼女は裁判の日に、次男が公爵家を訪ねたことを知らなかったようだ。
「どちらとも面識がございます……。妃殿下が仰ったのは、御長男のアルチュール殿下のことのようですね」
ダイアナは内心首を傾げた。
二十年近く疎遠になっている息子の最近の交友関係を、エレインが把握している事実に違和感を覚えたのだ。
「ヴィヴィアン公爵家の代表としてお聞きしたいのですが、妃殿下はギャラハッド殿下を皇帝候補として推してらっしゃる……。相違ございませんか?」
「そうよ」
「何故ですか?」
「ヴィヴィアン公爵令嬢、不敬ですよ!」
ダイアナの率直な物言いに、エレインの側に控えていた侍女が眉を吊り上げる。
「構わないわ。公爵家として情勢を見極めたいという意図でしょう」
「アルチュール殿下の足が回復しないことを知った妃殿下が、出家して神官になるよう勧めたと聞きました」
「誰から聞いたの?」
「アルチュール殿下からです」
「……そう。あの子は貴女に、そこまで心を開いているのね……」
エレインは思案する表情になると、暫し目を閉じた。
再び目を開いた彼女は、数秒の間に決意を固めたらしい。
「あの馬車の事故は、対立陣営が仕組んだものよ」
第一王子が足を悪くした原因となった事故は、彼の命を狙った暗殺未遂だったようだ。
「事故の所為でアルチュールは走れない体になったわ。この先何かあっても、あの子は咄嗟に避けることも、自力で逃げることもできないの」
「……」
高貴な女性は、淑女教育の一環で「有事の際は護衛の指示に従い、速やかに避難すること」と教え込まれる。
襲撃された際に、護衛対象が現場の重荷になるかどうかで、守る側の負担は大きく変わる。
若い頃には、エレイン自身も何度か危ない目にあったことがあるので、経験から得た学びを彼女は重視している。
「襲撃された際に、動けない護衛対象を守るのは難易度が高いのよ」
赤子や子供であれば抱えて逃げることができるが、それでも通常よりは厳しい戦いになる。
掴まるものがないと移動できない、走ることができない大人の男性なんて格好の的だ。
「皇帝候補を辞退して、別の王子が皇太子に選ばれても命の危険は付きまとうわ。皇太子本人にその気はなくても、周囲が自分達の旗頭の地位を脅かしかねない第一王子を見逃すとは思えない。いずれあの子を排除しようとするでしょう」
見目の良い王子達を産んだだけあり、エレイン妃の容姿は整っているのだが、表情豊かとは言い難く、人間味が薄い。
声も淡々としていて、夢現というか浮世離れした印象を受ける。
この調子でアルチュールとも接していたのなら、彼が誤解するのも無理はない。
「殿下に出家するよう勧めたのは、彼の身の安全を確保するためですか?」
「ええ。多くの者に反対されたし、本人にも拒否されてしまったけどね」
当時はもう少し自分の意図を説明したのかもしれないが、残念ながらアルチュールには全く伝わっていない。
エレインの言葉にショックを受けた彼は、その後母親を避けるようになり、周囲も親子関係の更なる悪化を恐れて介入を様子見している内に、修復困難なまでに拗れてしまったのだろう。
「……ギャラハッド殿下を皇帝候補に推すのは、実の弟である彼が皇帝になれば、他の候補と違ってアルチュール殿下の命が脅かされることがないからですね」
ダイアナの言葉に、エレインが頷いた。
「皇帝になんてならなくて良い。……あの子が生きてくれるだけで充分なの」
エレインはアルチュールを蔑ろにして、ギャラハッドを寵愛したのではない。
長男を守るために、次男を皇帝候補にしたのだ。
生まれ月から逆算するに、暗殺未遂が起こった時点で彼女は既に妊娠している。
長男の為に次男を産んだわけではないのが唯一の救いだが、彼女の考えを是とするかは意見が分かれるところだ。
少なくとも皇帝を含め、彼女の周囲はその真意を把握している。だが仔細を公表すれば非難される懸念があるので、同派閥であっても情報共有されていない。派閥内の意見が統一されていないのはこれが原因だ。
当時親子でちゃんと話し合っていれば、周囲が積極的にフォローしていれば回避できたのだろうが、言うは易く行うは難しだ。
「ギャラハッド殿下は、妃殿下のお考えをご存知なのですか?」
「知ってるわ。周囲の期待に応えようと頑張ってしまうアルチュールと違って、ギャラハッドは力の抜き方を知っている。皇帝の冠は重いわ。純粋に資質の面でも、皇帝として適性があるのはギャラハッドの方よ」
「……」
アルチュールの足の件を抜きにしても、エレインはギャラハッドを推すと断言した。
(やはりそうか)
エレインの言葉で、ギャラハッドの不可解な言動の謎が解けた。
「……アルチュールの性格は陛下譲りなの」
「ドゥ皇帝陛下ですか?」
「ええ。陛下もあの子と同じで、周囲に期待されると無理してしまうタイプなの。なまじ優秀な所為で、それに応える事ができてしまうから、見ていて心配になるのよ」
ドゥ皇帝を思い浮かべたのか、エレインの目元が和らぐ。
「皇帝になる前は陛下は逞しい偉丈夫だったのよ。長年のストレスで、今はその面影もないけど」
今はビール腹のニチャァ系だが、昔はムキムキマッスルだったらしい。
「……そうなんですか」
(エレイン妃の言葉を信じるなら、第一王子に関しても少し考えを改めないと)
アルチュールは母の意向に逆らって皇帝候補であり続けているが、それは彼の意地ではなく、今も自分を推している後援者達に応えようとしているのかもしれない。
「陛下は昔から真面目で、優しくて、聡明な方だったわ……。でも子供の頃から、笑顔だけが下手でぎこちないの」
あのニチャァ笑いは、ストレスとは関係なく生まれつきらしい。
「器用なあの方が永遠に克服できない欠点ね。でも私はあの不器用な笑顔を見ると胸が温かくなるの」
過去の出来事を思い出したのか、エレインはふふっと小さく微笑んだ。愛しい者に思いを馳せる顔をしている。
大半の女性の背筋に悪寒が走るあの笑みだが、彼女にとっては痘痕も靨のようだ。
二人は夫婦だが、ドゥ皇帝は男色家だ。
子供を作ってなお、エレインは長年叶わぬ片想いをしていることになる。
誰が予想したであろうか。
ギャラン帝国編に入ってウン万文字。初めてマトモな恋愛描写が出たと思ったら、それがドゥ×エレインだということを。
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