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 第一王子を訪ねたダイアナは、真っ直ぐ彼の執務室へ案内された。

 書き物をしていたアルチュールは、あと少しで区切りがつくので、それまで彼女に待つよう告げた。


「え? 殿下も一緒に行くんですか?」

「君が誘ってきたくせになんだ。本当は俺なんか誘いたく無かったのか? 仕方なく、形だけ誘ったのか?」


 顰め面のアルチュールがダイアナを睨む。

 弟とは系統違いで、彼もまた整った顔立ちなのだが、基本的に不機嫌そうな顔をしているので台無しだ。

 繊細そうでありながら奔放さが前面に出ている弟と、精悍でありながら荒んだ内面が滲み出ている兄。ダイアナとしては、どっちもどっちだ。


「イイエー。同行してもらえるなら有難いですが、今忙しい時期だと小耳に挟んだので。ダメで元々のつもりで声を掛けたので、承諾されて驚いただけです」

「本当か?」

「ホントウデスヨ」

「なんか嘘っぽいな」

「失礼な。形式的なお誘いで、態々王宮に足を運んだりしませんよ」

「そうか。……そこの男は見ない顔だな」

「最近採用した護衛です」


 馬車で待つケイの代わりに、今ダイアナに随行しているのは例の兵士Aことアグロヴァルだ。

 ちなみに同時採用した兵士Bの名前はラモラック。


「距離が近いな。最近という割には、随分仲が良さそうだな」

「護衛なので、物理的にある程度近いだけです」


 アルチュールとダイアナは友人未満の関係なのだが、彼はこの調子なのでケイは随行を避けたのだ。


「彼の名前はアグロヴァルです。私の婚約者である第四王子よりも、余程王子っぽい名前ですよね」


「平民なのに名前が格好良すぎ」と言ってしまうと、差別主義者と非難されそうなので誤魔化した。


「そうか?」

「ロトと比べて、随分気合入ってる感じしませんか?」


 ダイアナの主張に、アルチュールは納得いかないようだ。眉間に皺を刻んだまま、小さく首を傾げてみせる。

 第一王子の前で名前ネタで擦られて、アグロヴァルは居心地が悪そうだ。


「私はアグロヴァルという響きに高貴な印象を感じたんですが、もしかして帝国ではありふれた名前なんですか?」

「一般的かどうかは知らんが、別におかしくはない。ロトの名前にしても、最近は中央貴族の間でシンプルで短い名前が流行りなのだから何の違和感もない」

「そうなんですね」

「おい。この先も公爵令嬢として生きていくなら、そのくらい頭に入れておけ。名前の流行りなど些末なことだが、気を抜いていると足をすくわれるぞ」


 初日はそうではなかったが、二回目に会った時にはアルチュールはアナスタシアの中身が違うことを知っていた。

 ダイアナは自身の事情をケイ、ギャラハッド、メルラン以外には打ち明けていない。ヴィヴィアン公爵家の使用人には事情を伏せて生活している。

 第一王子の情報の入手経路が気になるところだが、本人が教えようとしないので、ダイアナはメンヘラあるあるとして処理した。あるある、教えた覚えのない個人情報を把握してるよね。


「この風潮は、祖父の時代あたりからだな。寧ろ俺達兄弟とガヴェインが例外なんだ」

「ガヴェイン?」

「末の弟だ。エレイン妃と、ガヴェインの母はどちらも辺境出身だ」


 アルチュールは、自分の母親のことをエレイン妃と呼ぶ。

 神殿入りを勧められた日から、彼は母と会っていない。

 あの日を境に、彼はエレインを母親と思わないことにしたのだろう。


彼方(あちら)は中央の流行りなんて気にしないどころか厭うから、ネーミングセンスが古いんだ。それでも弟はマシだ。何せ初代皇帝の名前なのだから……」


 おっと。話題を変えようとしたら、思わぬところに地雷が隠れていたようだ。


「殿下の名前は、何か由来があるんですか?」

「さあな」

「知らないってことは、ご両親が考えたオリジナルなんですかね」

「……」


 ここで「アルチュールって『頑張れ!!』って感じがして、私は響きが好きです」と言ったらヒーロー系ヒロインになれたんだが、うちのお嬢様は違った。

 黙り込むアルチュールをスルーすると、視界に入った窓から庭を見下ろす。


「あ。噂をすれば何とやら。エレイン妃が外でお茶してますね。ちょっと挨拶してくるので、殿下はお仕事続けてください」


 エレインがお茶をしているのは、後宮エリアの端だ。

 生垣越しになるが、会話くらいはできるだろう。


「はあ!?」

「ついでに名前の由来聞いてきます」

「誰もそんなこと頼んでない! 勝手な真似をするな!」

「じゃあ殿下への報告は控えます。どちらにせよ、私が個人的に知りたいので行ってきますね」


 アルチュールの名前の由来は方便だ。

 ダイアナは天然ヒロインらしいお節介を発動したわけではない。

 今までダイアナが見聞きしたのは、アルチュールサイドの話だけだ。

 エレインの真意を確かめるべく、ダイアナは適当な理由をでっち上げて身を翻した。


「ふざけるな! おい、待て!!」


 彼女を止めるべく王子は机に手を着いて立ち上がったが、慌てたせいで立て掛けてあった杖を部屋の隅に転がしてしまい、それ以上動けなくなってしまった。


 ボーマンは、ダイアナを持て成すためのお茶を頼みに退室しており、唯一部屋に残っているアグロヴァルは王子と対面するのが初めてで彼の足のことをよく知らない。


 アルチュールが追いかけられないのを良いことに、ダイアナは足早に部屋を去った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 執務室の窓から見えるところで態々お茶してるだなんて、母は息子のことを気にかけてるのかなと思えるのですが。 ダイアナお嬢様に全くそのつもりはなくても、これ切っ掛けで二人の仲を取り持つこと…
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