生殺与奪の権を他人に握らせるな!
※第二王子と第三王子誤表記していたので修正しました。ご指摘ありがとうございます。
「──お出掛けされるのであれば、殿下に連絡いたしますか?」
「誘わないと面倒臭いことになりますからね……」
ダイアナとしては初回だけ王子の同行が必要だったので、二度目は単身で修道院に赴いた。
王子を巻き込むことで、自分の行為を継承戦の一部として組み込むことと、王子という餌をぶら下げることで修道院の少女達を釣るのが目的だったので、王子の同行は一回限りで十分だったのだ。
しかし彼女が一人で修道院に行ったことを何処から聞きつけたのか、ダイアナは二回目の訪問の数日後に、王宮へ呼び出されて小一時間文句を言われたのだ。
「何故誘わなかったんだ」「やっぱり弟の方が良いのか」「俺と会うのが嫌なんだな」云々。
この時点でお分かりだと思うのが、ダイアナお嬢様達が話している『殿下』は第三王子ではなく、その兄である第一王子だ。
どうやら王宮でトラブルがあったようで、ダイアナは初対面の日以降、ギャラハッドに会えていない。
彼に修道院への同行を求める手紙を出したところ、代役として現れたのがアルチュールだった。
代役を頼むくらいなら、周囲の思惑は別として兄弟仲は良好なのかと思ったが、そんな事はなかった。
事情を聞こうとダイアナがギャラハッドの名前を出したら「弟じゃなくてガッカリしたんだろう」「お前もアイツの方が良いんだな」と、初対面だというのに謎のスイッチが入った。
彼の前で弟の話はタブーだ。
アルチュールが代役を引き受けたのは、彼の側近であるボーマンの働きによるものだった。
ボーマンは宰相の長男であり、ガレスの件でギャラハッドに借りができた。
彼は王子を裏切ったのではなく、この先も第一王子の側に居続けるために、第三王子の頼みを受け入れたのだ。
「レターセットをお持ちします」
「いいえ、直接訪ねましょう。どうせ同行しないんです。形だけのお誘いに時間を掛けるほど私は暇じゃありません」
アルチュールは手の掛かる男で、誘わなければ拗ねて絡んでくる。じゃあ誘えば応じるかと言えば、高確率で断ってくる。
彼は基本的に同行を断るが、偶に気が向いた時だけ応じる。
今回もどうせ断られるのだから、ダイアナは「アルチュール君、あーそーぼー。ダメ? じゃあ仕方ないかー」のノリで声を掛けつつ、その足で修道院へ向かうことにした。
*
「アナお嬢様は、アルチュール殿下に対して臆しませんよね」
「そうですか?」
ダイアナが馬車で揺られていると、ケイが問いかけた。
「とても危うく繊細な御方です。普通は細心の注意を払うものかと」
彼女はアルチュールに対して特別な配慮をしていない。どちらかと言うと、ぞんざいな扱いをしている。
相手が王子なので少しは畏まっているものの、基本的にいつもの調子で話しかけているし、彼にキツイ物言いをされても全く気に病まない。
何が切っ掛けで破裂するかわからない張り詰めた性格についても、面倒だとは思っているようだが苦手意識や忌避感を抱いている様子は無い。
実際ダイアナは、第一王子に噛みつかれたところで痛くも痒くもない。「あーハイハイ、メンヘラあるあるね」くらいの認識だ。
興奮したキツネリスに噛まれても「痛く無いけど、鬱陶しいです」と顎掴んで引っぺがすのがウチのお嬢様です。こんなヒロインがいてたまるか!
「……私は専門家ではないので憶測でしかありませんが、殿下のあれは自己肯定感の低さが原因です」
エレイン妃の第一子として、皇帝候補として幼少期から手をかけて育てられていたアルチュール。
「幼い頃に母親から見放され、彼は素の自分は愛されない存在だと認識したんでしょう。今まで自分が愛されていたのは、健康体の皇帝候補であったからで、それを欠いた自分には価値が無いと思っているんです」
母親から見放されたというのは、アルチュール本人から聞かされた。
麻痺が残ると医師に告げられた直後に、母親から「皇帝になるのを諦めて神官になれ」と言われたらしい。
これに関しては、同席していたボーマンが認めたのでアルチュールの思い込みということはない。
そして間も無く弟が生まれて、弟には初代皇帝の名前が付けられた。
よく精神崩壊しなかったものである。
ダイアナは、アルチュールがメンヘラの範囲に収まっているのは奇跡だと思っている。
「自己愛が強いのではなく、その逆です。自力で自分を肯定できないから、他人に愛されている、求められている、と言葉や行動で示されることで、辛うじて息をしているんです……」
彼は弟に対抗心を抱いているわけでも、憎んでいるわけでもない。
他人の関心が自分以外に行くと「ああ、やっぱり……」と自己否定スイッチが入り、その対象として顕著なのがギャラハッドなのだ。
「でも他人の行動で満たされるのは一瞬なので、すぐに不安になる。向けられていた好意に翳りを感じると焦る。そもそも自分にその価値は無いと思っているので、無条件の愛情を示されても疑ってしまう。ならば条件ありの好意で具体的な根拠を示されたとしても、じゃあそれが無かったら自分は不要なんだと否定しにかかる」
「……難儀ですね」
「元々理知的な人物なので客観的な自己評価と、ある程度自分を制御することはできるんです。だからまだ皇帝候補として残っているんです。でもこれらは理性で無理やり自分をコントロールしている状態なので、精神面は常に不安定です」
アルチュールは王子として公の場で振る舞う分には、何の問題もない。王子に相応しい言動を自分に強制しているからだ。
だがプライベートとなると、外面で無理をした分だけ反動が襲うので、王子ではない彼と親密な関係を築こうとした女性達は疲弊したのだ。
ダイアナとは一応プライベートな付き合いだが、彼女は基本ダイアナゾーンを発動しているので、王子にどんなワイルドピッチをされても右往左往しない。悪球もストライクゾーンにしてしまうので、アルチュールと交流しても消耗しない。
雲行きが怪しくなったらダイアナ劇場展開するので、逆に王子を振り回してリセットしている。
「本来なら自力で満たさなければいけない自尊心を、他人からの肯定で補っています。自分の存在証明が、他人の評価依存なんです」
側近達との付き合いが続いているのは、幼い頃から一緒に過ごしていて彼の事情をよく知っているのと、出会った当初から半分は公的な付き合いだからだ。アルチュール自身もその辺は踏まえて接しているし、恋愛関係と違って危なくなったらお互いに距離を取ってクールダウンしやすい。
「解決策はあるんでしょうか。どうにか治すことはできますか?」
「頭の良い人ですから、ある程度自覚はあると思います。でも頭で理解しているのと、感情は別です。解決ではなく緩和。治すというより、寛解にもっていく感じですね」
完治を目指せば、困難な目標を掲げることになり一層苦しむだろう。
「価値観の矯正と感情が無理のない形で落ち着けば、安定するという感じでしょうか?」
「多分。あくまで寛解なので、何か切っ掛けがあれば再発するでしょうけど」
「……アナお嬢様は、アルチュール殿下は皇帝に相応しく無いと考えていらっしゃるのですか?」
「今の状態だと厳しいでしょう。本人が早々に潰れると思います。でも安定すれば可能性はあります」
問題は、皇位継承戦の期間内に安定するかどうかだ。
「再発の危険性がある人物が、皇太子に選ばれますかね?」
「そもそも彼以外の候補だって人間なんです。この先の人生、何が切っ掛けで精神的な問題を抱えるかわかりません。再発の可能性は、他の候補が問題を抱えるのと同程度の確率だと私は考えます」
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サフィルスと対比させようと、第一王子は彼と目の色違いで一人称が俺になりました。赤目が良かったけど、アレキサンダー、コランダム王族で人数過多だったので断念。
キャラデザも他人依存。
本物アナスタシアもだけど、みんな幸せになるよ! 本当だよ!