ノー・マイ・ロード
春の訪れを思わせる麗かな日差しが、ヴィヴィアン公爵家当主の執務室に差し込む。
夜となるとまだ冷え込むが、日中はコート無しでも過ごせるくらいには暖かくなった。
デスクの上に置かれた書簡には、公爵家が持ち直すのに充分すぎる金額が記載されている。
「一番高いプランできましたか。私が言えた義理じゃありませんが、この国大丈夫ですか?」
本当にな。
これはお嬢様が始めた物語だから、ちゃんと責任取るんだぞ。
「私はもう御免ですよ」
「……まだ何も言っていませんが」
先制して宣言するケイに、ダイアナは呆れた。
「まだ、という事は言うつもりだったのでしょう? お断りいたします」
「業務命令だとしても? 特別報酬弾みますよ」
「私の仕事は公爵家の執事です。絵描きではございません。金銭では釣り合いが取れないものを失うので、断固辞退いたします」
「流石ヴィヴィアン公爵家の執事。本職に負けず劣らずのクオリティじゃないですか」
「あんなものを描いている画家など居ません!」
今更だが、この世界はWeb小説あるあるなヨーロッパもどきだ。
王宮には近衛騎士、衛兵として騎士団という存在が残っているが、国の治安維持は警吏が行い、国防は陸軍・海軍が担う。大砲はあるが、まだ小銃が普及するには至らない。
紙の本が一般化されており、漫画は無いが、挿絵を印刷する技術はある。
当然萌えも二次元も概念すら存在しなかったのだが、ダイアナお嬢様は他人の体で他所の国に躊躇なく投下した。
「あんなものとは失礼な。こうして国が認めて、大枚払ってまで求めているんです。誇って下さい」
「嫌です。あれが私の仕事だと世に知られたら生きていけません。……時間を巻き戻せるなら、今すぐ過去をやり直したい……!」
過去を悔いるように、こめかみに手を当てて眉間に皺を作るケイ。
うわ。これガチなトーンだ。
完全に黒歴史になってるじゃん。
「まあ、彼女達にはバレてしまってますが、外部には漏れないでしょう。王子も言いふらすタイプじゃありませんし、これ以上広まることはないでしょう」
「誰の所為だと思っているんですか……!」
今の会話でお察しの通り、砦娘のキャラクターデザイナーは彼だ。
ダイアナが「絵心のある使用人は居ますか?」とケイに問うたところ「ヴィヴィアン公爵家の執事たる者、講師レベルの画力を持たずしてどうします?」と、窓越しに見えた庭師の絵をサラサラ〜と描いてみせたのでキャラデザを担当させた。
ダイアナお嬢様の画力は一般人レベルなので、自力で商品価値のあるイラストを生成する事はできない。
彼女はAI絵師に呪文を打ち込むが如く、ケイにあれこれ指示しただけだ。
「基本胸は盛って──あっ、その子はダメです。胸のボリューム気を付けて下さい」
「……」
「建国当初からある砦はロリババア枠にしましょう。百年未満のロリ枠とは区別できるように、表情を落ち着かせて。ロリ枠は元気な感じや、幼気な感じを全面に出して庇護欲刺激する方向で差別化です。どちらも露出は控えて、体の線もあまり出さないように……。愛らしさを損なわないように注意して下さい」
「…………」
「最初が肝心です。インパクト重視で水着イベントにします。関心を集めて契約に漕ぎ着けるのが目的なので、少々過激で露骨なぐらいでお願いします」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
普通に嫌な上司だな。
万能執事アピールしてしまったが為に、多種多様な少女達を描かされることになったケイ。
特に水着イラストは、己の羞恥心との戦いだった。
「もう二度とやりたくありません。船娘なんて、砦以上に水着が求められそうなもの、絶対に御免です」
確かに全員基本服+水着の二パターンがデフォルトとか言いそう。
「ケイの気持ちは良くわかりました。無理強いしたところで、良い出来にはなりませんから諦めます」
「安心いたしました。……私以外となると、彼女達に外注ですか?」
「そうなりますね。格安プランで契約希望された場合に備えて設立した部署ですが、無駄にならずに済みました」
ダイアナの本命は、現状のサービスを維持する真ん中のプランで国と契約を結ぶことだった。
三種の価格帯を用意することで、真ん中を選ばせようとしたのだが、どういうわけか一番上で申し込まれてしまった。
ダイアナがイグの父親を介して、レインに砦娘を普及させたのは二つの目的がある。
一つは国と契約を結ぶことによって、安定した収入を得ること。
イラストや文章であれば、初期費用を抑えることができて、利益率が高いと考えた。
もう一つはアナスタシア・ヴィヴィアンの価値を引き上げること。
砦娘の知的財産権はヴィヴィアン公爵家ではなく、アナスタシア個人が所有している。
この先、彼女に何かあれば、砦娘そのものが使用できなくなる。
契約に含まれている「複製を作成して他砦へ配布可能」は良心的なサービスでもなんでもない。
教本として砦娘を使用する場所が増えるほど、有事の際の差し替えには膨大な手間とコストが掛かる。
砦娘の普及と、アナスタシア・ヴィヴィアンのギャラン帝国における価値は比例するのだ。
事実確認中で凍結状態になっているアナスタシアの裁判だが、この先はダイアナが自ら裏工作しなくても、軍の偉い人達があれこれ手を回して起訴撤回辺りにしてくれるだろう。
ダイアナの思惑が外れて、一番下の格安プランを希望された場合は、後者の目的達成が心許ない状態になるが、あまり労力をかけずに一定の収入が得られるので損はない。
この場合はアナスタシアの価値を補強するために、別途対策を講じる必要があったので、ダイアナは砦娘と並行して作業できる内容で別の計画も進めていた。これは船娘にも転用できるので、今回の契約は想定外の上振れとなったが、慌てずに対処可能だ。
最上級プランの契約によって、金策と冤罪問題は解決した。
残るはロト達に関してだが、それも時間の問題だろう。
(予備として進めていた計画は一旦休止にしよう。必要経費と手間が掛かるから、実行しないで済むならそれに越したことはない)
ダイアナはクレイと違って仕事人間ではない。
前世も荒稼ぎしていたのは仕事が好きだったからではなく、金があれば選択肢が増えるので、稼げるうちに稼ぐ方針だっただけだ。
意味深に別計画の存在をチラ見せしている時点でお察しだが、これはお蔵入りすることなく後日ちゃんと発動するので安心して欲しい。
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