契約しろ。継続にはそれが必要だ
[山岳訓練マニュアル(上) p.20]
「──なあ。お前さっきから同じことしか言ってないよな。馬鹿にしてるのか?」
「え?」
女慣れしていない俺だけど、ここまで露骨だと流石に気付く。
「別に感謝されたくてやってる訳じゃないから、無理して褒めなくて良いんだぞ」
「ち、ちがっ! だって娼館のお姉様達は『流石』『知らなかった』『凄い』『そうなんですね』を繰り返せば男の人は喜ぶって……!」
「そこまで単純じゃねーよ! 男舐めんな!」
まあ、トリスの場合は棒読み連発だったので分かり易かったが、さり気なく会話に混ぜられたら気付かずに俺も気分が良くなったかもしれない。要はやり方次第だ。
「てか、砦から娼館がある町まで結構な距離があるだろ。お前暇なのか?」
「そんな訳ないでしょ!」
「往復で半日潰してまで町に行って、娼館でお茶会してるのか?」
「お茶会っていうか、い、色々教えてもらってるの!」
「娼婦から何を学ぶんだ? 彼女達から教わる事なんて、男の落とし方と、化粧の仕方くらいだろ?」
俺の指摘に、トリスが真っ赤になって固まってしまった。
気不味い沈黙が続く。
しまった。怒らせてしまったらしい。
俺達は絶賛遭難中だ。正直二人きりの状況で、仲違いは避けたい。
こうなったら師匠(八百屋の息子)に伝授してもらった技を使うしかない。
師匠は言っていた……
「女の機嫌を直したければ褒めろ」
「褒めるポイントが思いつかなければ『あれ? 今日いつもと違うね?』と言えば、相手は勝手に語りだす。そこを持ち上げれば忽ち機嫌は元通り」と──。
「えーっと。今日いつもと違うよな」
「……水着だからでしょ。今更過ぎ」
ヤベ。一層機嫌悪くなったぞ。語るどころか、会話が終わってしまった。難しいな。
「あ! そういえば今日は化粧してるんだな」
今日彼女に会ってからずっと違和感を抱いていたのだが、理由がわかった。
見慣れない格好をしているからだと思っていたが、ようやく合点がいった。ほんの少しだが、いつもと顔の印象が違う。
「ッ! 気ノセイデスヨ」
折角気付いて褒めたのに、否定されてしまった。
オイ師匠! 言ってた事と全然違うんだけど! どうしてくれるんだこの空気!
「あーああ! 香水もしてるよな? お洒落? こう……女子って感じがするな!」
もう無理。これ以上は出ないわ。俺の観察力じゃこれが限界です!
「違うわよ! これはそのっ、虫除けよ!」
「花みたいな匂いがするし、逆に虫が寄ってくるんじゃないか?」
「〜〜寄ってきて欲しい虫もいるの!」
トリスは虫好きなのか、意外だ。
カブトムシでテンション上がるのは男子だけだと思ってたけど、偏見は良くないな。好きに性別なんて関係ないもんな。
しかし「寄ってきて欲しい」って事は、トリスは虫と戯れたいのか? 自分の体使って虫取りするつもりなのか?
ヒラヒラしてカラフルだと思ってたけど、この水着は自分を花に見立ててたのか。
いやまあ、虫が好きなのは良いとして、方法おかしいだろ。頑張る方向、間違えているとしか思えない。
これじゃ、お目当ての虫以外にも集られるし、何より不確実だ。
「気付くのが遅くなってすまん。お前が何をしたかったのか、漸くわかったよ」
「!? ほ、本当!?」
「悪いこと言わないからさ。虫取りしたいなら、夜に木に蜜を塗っ「バカ!!」」
理不尽!
頑張って褒めて、アドバイスしたのに罵られた。マジで意味がわからん。
よし。取り敢えずクソ役に立たない教えを伝授してきた師匠には、帰ったらクレームをいれよう……
* * * * *
「……」
上巻はこれで終わりのようだ。演習場でレインが言っていた後編というのが、下巻のことだろう。
「続きは?」
「閣下、その前にこれをご覧ください」
下巻を催促するユーウェに、レインが三枚の書類を並べた。
何かの見積りのようだが、かなり桁が違う。
「砦娘はヴィヴィアン公爵令嬢が考案した物であり、今お読みになったシナリオやイラストは彼女が提供しています。今は試用期間なので無料ですが間も無く終了します。これはサービス継続する場合の、プラン別見積りです」
慈善事業じゃねぇんだから、今後は金払えという事だ。
「……何故こんなに金額に差があるんだ?」
「一番安いプランは新シナリオの配布なし。キャラクター使用料を払えば、既出のイラストを用いたグッズ製作を認めるというものです。ここに書かれているのはイラスト数に応じた契約金のみですが、売上の一部を別途支払う形になります。契約更新時に新規イラストが届きます」
「次のは?」
「真ん中は今と同じクオリティのサービスを継続するプランです。年数回、教本に合わせた新シナリオと季節毎の新規イラストが届きます。今回はトリスたんVer.でしたが、来年は同じ教本でも別の砦娘とのストーリーに変わるわけです。当方で複製を作るのは認めるとありますので、この契約一本で他砦にも配布可能です」
「……最後のは倍以上なんだが」
「同じクオリティで作れるそうです。──海軍版も」
「──!?」
「船娘というそうですよ。分かりやすいですね」
ユーウェの喉が上下する。
「……ドゥン・スタリオン号も?」
「閣下が初代艦長を務められた船ですね。現役ではありませんが、華々しい戦歴を持つ船ですからね。教官、いえ将校として登場しそうです。──例えば大将とか」
「……予算会議にかけよう」
ユーウェ・イン大将。海辺の街で生まれた彼は、人生の半分以上を海軍で過ごした生粋の海の男だった。
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