「クールギャランは最高です」と言え
「シナリオと言っていたが、まさか国の予算で余計なものを作っとらんだろうな?」
「ご安心を、シナリオというのは教本の事です」
建物内の応接室へ移動したユーウェの前に冊子が差し出された。
『山岳訓練マニュアル(上)』と書かれている。タイトルは定番の教本と同じだが、表紙にデカデカと少女が印刷されている。
「これが水着なのか……?」
ヒラヒラしていて、とんでもなく露出が激しい。正直下着よりも際どい。
ユーウェはこんな格好で泳ぐ人間を見たことがない。
「レディ何とかとは違うんだな」
「彼女はイゾルテ砦の砦娘、トリスたんです!」
(髪の毛どうなっとるんだ?)
ツインテールなのだが、髪の毛が異様に長い。膝あたりまである。そして直毛なのに重力を無視してカーブしている。
(山岳訓練で水着? 登山舐めよって)
たまに貴族が行楽気分で街歩きするような格好で山に入っては怪我や遭難といった事故を起こすのだが、それ以上の軽装備だ。
少女の服装にもモヤモヤするのだが、もっと根本的な部分にユーウェはモヤついた。
この辺りはまだまだ寒い季節だが、帝国は広い。
確かに南部であれば、今の時期でも泳ぐことが可能だが……
「あの辺は海ないじゃろ」
イゾルテ砦があるのは内陸だ。
付近に湖もないし、船が行き来するような大きな川しかないので水遊びする場所はない。
「イゾルテ砦で行われる山岳訓練に参加するため、主人公(=新人指揮官)が南部へ行くのです! 訓練の合間にトリスたんは、山腹にある穴場の泉に主人公を誘いそこで水遊びをするのです! しかしその直後で熊と遭遇し、逃げようとしたところ二人は崖から転落。彼女は足を挫いてしまいます! 負傷者を抱えた状況で、生還を目指すのが今回のイベントのあらすじです!」
またもやレインが早口ワンブレスで説明した。
「──前からあった教本の内容を、物語形式で作り直しているんじゃな」
ユーウェは手元の教本をパラパラと捲ったが、少女が描かれていたのは表紙のみ。
図解は従来のものと同じだし、教育内容も改変したりはしていない。寧ろ主人公の行動に対して、トリスが素人目線の質問を行うことで、何故この行動をとるのかが分かりやすく解説されている。
表紙と物語部分はふざけているが、教本として逸脱してはいない。認めるのは癪だが、秀逸と言っても良い。
「教本は娯楽では無いのだが……若者達にとっては、此方の方が覚えやすいのか」
トレーニングをポイント制にするのも遊びの延長のような行為だが、結果として自主的に体を鍛える流れになっている。
冊子のページ数も従来のものよりは多いが、無駄遣いとまでは言えない。
「休日にトレーニングしたりシナリオを読む為に、外出者が自然とセーブされている状態です」
「街でのトラブルが減ったのは外出者が減ったからか。近隣の店の売上に悪影響はないのか?」
「全員が砦娘に夢中なわけではありません。一定数は今まで通り外出するので、店の負担が減っただけのようです」
今までにない娯楽に夢中の者が多いが、二次元と三次元は別物派も、二次元に興味がない者もいる。
酒場も娼館も、必要な売り上げは維持している。
砦娘にそこまで興味がない者も、流行りに乗ってそれなりに楽しんでいる。
共通の話題ができたことで、兵士同士の結束も固くなった。
「合同演習で勝利したのは、砦娘とやらの影響か?」
「対戦相手の連中が、御神体を冒涜したので、一丸となって戦った結果です」
「──なんて?」
「閣下が正門前でご覧になった等身大パネルです」
「……」
「唾を吐き、蹴りを入れたのです。決して許すことができません!!」
「……」
(確かに褒められた行為ではないが、その気持ちはわからなくもない)
ユーウェは何とも言えない気持ちになった。
(裕福なお坊ちゃん達の集められた砦で、あんなものが飾ってあるのを見たら、遊んでいるようで腹が立つだろうな)
当時の光景が容易に想像できる。
演習場でのあのテンション。余所者に大事なレディを汚されたウーサー砦の男達は激怒したのだろう。
帝国は実力主義で後継者を決める。
そしてウーサー砦に集うのは、家柄の良い者達。
つまり彼等は生まれた時から、兄弟同士で競い合う過酷な環境で生きてきたメンタル強者。
そして裕福なので栄養価の高い食事と、適切な医療を受けて成長している。つまり健康体で発育が良い。
勉強も武術も幼い頃から徹底して叩き込まれているので、頭脳もフィジカルも強い。
結果として愛の狂戦士と化したお坊ちゃん達は、容赦無く対戦相手をボコボコにしたのだろう。さあ、お前の罪を数えろ!
(架空の人物なのに、よくそこまで熱中できるものだ)
当時を思い出したのか、ガチで怒りを感じている様子のレインにユーウェの背筋が寒くなった。
これ以上踏み込むと後悔しそうなので、話題を変えることにする。
「……このシナリオとやらだが、トリスという娘『流石は指揮官様』としか言ってなくないか?」
ユーウェが読み進めた限りでは、今までに五回、主人公がサバイバル知識を披露しているが、リアクションが全て同じだ。
「それにはちゃんと意味があるんですよ」
ユーウェの質問に気をよくしたのか、怒りを霧散させるとレインはドヤ顔で続きを読むよう促した。
(何故お前がそんなに自慢気なんだ)
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