とりむす
ウーサー砦の外観は、数年前にユーウェが訪れた時と寸分違わなかった。
「何じゃこれは……?」
しかし鉄製の門を潜った彼は、不思議な物体と目があった。
腰に手を当ててウインクしている少女と、帝国軍大将はたっぷり数秒見つめあった。
大きな板に等身大の少女が描かれている。
「彼女はウーサー砦が少女の姿で顕現した存在です。砦娘のレディ・ウーサーであります!」
「……」
出迎えたレインがハキハキと説明するが、何を言っているのか全然分からない。
「ウサギの耳が生えとるが……」
後頭部の髪は男のように短いのに、サイドの毛だけ鎖骨まで伸びている。もみあげのボリュームが凄くて、人間の耳がついているのか分からない。
「この耳は、敷地内にある二つの尖塔を表現しています! 片方だけ蔦のような耳飾りがあるでしょう? これは塔を覆うアイビーがモチーフになっているのです!」
「……」
「彼女が身に纏っているのは、この地方の民族衣装をアレンジした物です! 従来のデザインに、砦らしく軍服を意識したカラーとなっております! 腕章は実物そのままだと差し障りがあるため、砦娘仕様で少し変更を加えています! 階級は少尉です!」
レインが早口ワンブレスでこだわりポイントを説明するが、誰もそんな質問してねぇよ。
「この砦ができて179年ですので、彼女は十七歳設定です! 自分達と同世代ということで、兵士達は親近感を抱きやすいようです! 来年は十八歳の誕生祭をすると、有志達が地元の市民と共同で計画を立てております!」
知らんがな。
それにしてもレインは仕掛け人側の筈なんだが、どっぷりハマってないか? その有志達の中にお前も含まれてるだろ絶対。
あと十七歳は設定であって、実際は築二百年近いから同世代でもなんでもないからな。
(砦の誕生日会だと? 訳がわからない。しかも市民まで、この砦娘とやらを知ってるのか……)
熱弁するレインを白けた目で見るユーウェ。まあ、そうなるわな。
「……ふざけとるのか?」
「とんでもない! 彼女は我が砦の象徴です!」
レインの目は至って真剣だ。
言葉は通じるのに、意思の疎通ができない存在を前にして、ユーウェの中で怒りよりも困惑が優った。
丁度その時、兵士の一団が正門前にやってきた。
先頭にいる一人だけ私服で、残りは訓練着のまま。
「──元気でやれよ。お前なら立派に親父さんの後を継げるさ」
どうやら兵役期間を終えて、除隊する者の見送りらしい。
「〜〜嫌だっ! 俺、辞めたくねぇよっ!!」
「そんなこと言うなって。家で家族が待ってるんだろ?」
私服の若者が泣きだす。歓喜の涙ではなく、砦を去ることを悲しんでいるようだ。
「お前は頑張ったよ。これからは俺がお前の代わりに、中隊長として役目を果たすから安心しろって。な?」
「……」
「ちょっ、おい。離せ! 力強いなこの野郎! 言っとくけど、それ外に持って行っても意味ないからな!」
「思い出にくれ!」
「ふざけんなテメェ! 往生際が悪いぞ! お前はもう中隊長じゃないんだ! 観念して手を離せ!」
「嫌だっ!!」
「クソが! とっとと家に帰れ!!」
最初は美しい友情だったのに、醜い争いに変貌してしまった。
「……アイツらが取り合ってるのは?」
「ああ。アレは中隊長の『称号』ですね」
中隊長というのが既に称号なのだが、レインが言っている『称号』は別の意味があるらしい。
二人が奪い合っているのは<レディ・ウーサーのお兄様>と書かれたプレートだ。
「……その『称号』というのは?」
「役職に応じて、あのような称号が書かれたプレートが与えられるのです。基本は部屋の入り口に、ネームプレートと一緒に飾りますが、掲示するかどうかは自由です」
「お兄様と書いてあるが……」
「小隊長が弟、中隊長がお兄様、大隊長が旦那様です」
「ここ四大隊構成だろ。旦那四人になるが構わんのか?」
「一向に構いません!!」
一妻多夫制になるが、気にならないらしい。
(よくわからない世界だ)
ユーウェは「今時の若いモンは」みたいな顔をしているが、それはジェネレーションギャップではなく、一般人とオタクの差だ。
*
レインと連れ立って、演習場に移動したユーウェは目を疑った。
此処にも例のレディ・ウーサーとやらが居たとかではなく、演習場が若者達の活気で満ち溢れていたからだ。
ウーサー砦の連中は基本やる気がない。
適当に訓練を流して、自由時間は各々の部屋でダラダラと過ごす。
教官の檄が飛んだ時だけ声を出すが、その声も覇気のない言わされた感が強いものなのだが、今は威勢の良い掛け声が飛び交っている。
「──あの一角は何をしとるんだ?」
教官に指導されて集団行動している連中はわかるのだが、端の方に兵士達だけが固まって何かをしている。
整列せず立ち位置がバラバラなのと、動きが揃っていないので妙に気になる。
「自主練です。今日休みの者達が集まって、組手と筋トレしています」
「じしゅれんっ!? ここで!? あの連中が!?」
(しまった! 驚きのあまりつい本音が)
思わず叫んでしまったが、レインが気にした素振りはない。
「驚かれるのも無理はありません。こうなったのは、つい最近の話です」
「い、いつもこうなのか?」
「今日は通常より多いですね。おそらく水着イベント後編解禁日だからでしょう」
「──は?」
言われた言葉が理解できず、ユーウェが聞き返した直後に、ワッと自主練グループから歓声が沸いた。
「100ポイント達成! 教官室に行ってシナリオ貰おうぜ!」と盛り上がる一行を見送る。
「ポイント? シナリオ?」
立て続けに聞き覚えのない単語を投げつけられ、首を傾げるユーウェにレインが胸ポケットから出したカードを見せる。スタンプを集めて特典がもらえるショップカードに似ている。もしくは夏休みのラジオ体操。
「トレーニング単位毎にポイントが割り振られており、規定のポイントに到達することでシナリオが解禁されるのです。オーバーワークを防ぐために一日に取得できるポイントには上限が設けられており、シナリオも時限解放式になっています!」
そうそう、無理は禁物。ペース配分は大事──って、違う。そうじゃない。
イベントって、催物じゃなくてゲームのシナリオイベントかよ!
どうやらダイアナお嬢様は、砦を体験型周回ゲーに作り替えたらしい。
国の施設だぞ。正気か?
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