おつかれ! チームL!
(だから反対だったんだ!)
ヴィヴィアン公爵家の応接室で、ガレスは爪を噛みながら苛立っていた。
申し訳程度に置かれた紅茶は、手をつけられることなく冷めきっている。
ロトとネヴィアはアナスタシアに執着するあまり、彼女のことになると正常な判断ができない節がある。
他の側近連中は、アナスタシアを舐めきっていて過小評価している。
ガレスは彼等とは違い、アナスタシアを冷静に評価していた。
アナスタシアは馬鹿ではない。その場で臨機応変に対応するのが苦手なのだ。
更に長年身近な存在に貶められていたために、決断を迫られたり、他人と対峙すると萎縮してミスをするという悪循環に陥っていた。その為に無能に見えるが、実際はそうでもない。
彼女の座学の成績は決して悪くない。寧ろ学年でも上位だ。だが討論や、質疑応答ありの発表となると最低評価になる。目に見える部分がそこなので、人々は彼女に対して愚鈍な娘というイメージを抱いている。
過去のネヴィアは、即興で彼女を陥れていたので成功していた。
しかし裁判は今までとは状況が大きく異なる。
アナスタシアに考える時間を与え、質問内容もある程度決まっている。立ち位置が決まっているので、彼女に詰め寄る者は居ないし、彼女が言葉に詰まれば答えるまで相手は待つ。
裁判は彼女と相性が良いのだ。
司法の力は強いが、それ故に逆転された場合、ロト達へのダメージが大きい。
万全を期すために、ガレスは彼女が発言できないように食事に一服盛った。
とは言え大した物ではない。一時的に喉に炎症を起こすだけだ。風邪が酷くて声が出ない状態を再現するようなもの。
箱入りの令嬢が一晩牢屋で過ごして、風邪をひいても何の不思議もない。
(毒物なんて言いやがって……!)
確かにアナスタシアは裁判と相性が良いが、あんなにペラペラと喋るとは思わなかった。
ガレスの行為は彼女の声を封じるどころか、逆に彼女の作り話に信憑性を持たせる小道具にされてしまった。
早く手を打たないと、警吏がガレスに辿り着くのは時間の問題だ。
*
だいぶ待たされたが、彼女の待つ部屋に通された時点でガレスは勝ちを確信した。
扉は開いているが侍女は廊下で待機しており、部屋には二人きりだ。通常の声量であれば、話していることは分かっても、内容までは聞こえないだろう。
(やはりいつものアナスタシア・ヴィヴィアンだ)
応じなければ済む話なのに、その後の報復を恐れているのか、アナスタシア・ヴィヴィアンという少女は呼び出されれば素直に従い、押し掛けられたら会う。
対峙した彼女は案の定、心細そうにしながら「何の御用でしょうか?」と開口一番ガレスに主導権を渡した。
(裁判所でこの女は一方的に喋り倒していた。対話するとボロが出るから、演説する流れにしたんだ。恐らく牢の中で台詞を考え、裁判所では気の強い女の演技に徹したんだな)
「アナスタシア・ヴィヴィアン。貴女、自分が何をしたのか分かっているんですか?」
「え?」
「裁判所で貴女が行ったのは立派な偽証罪です。多くの貴族の前で、公の場で貴女は罪を犯したんですよ」
「そんな──!」
「大人しく審議に応じていれば冤罪が証明されたかもしれないのに、余計なことをして本物の罪人になったんです」
「……」
黙り込む少女に、ガレスは畳み掛けた。
「調査が進めば、貴女の嘘はすぐに明らかになります。これ以上大きな騒ぎになれば、貴女の人生はお終いですよ」
「……」
「今ならまだ間に合います。警吏に出頭して、今日の発言を撤回するんです。自首すれば罪が軽くなりますし、殺人未遂に関しても穏便に収束するよう私も助力します」
「……ガレス様はロト殿下の側近ですよね?」
何故ガレスが、彼女を助けるような真似をするのか理解できないようだ。
(つくづく人の神経を逆撫でする女だ)
罠にかけられた身であれば、困惑するのも当たり前なのだが、ガレスは無性にイラついた。
(いつも誰かに助けて欲しいと言わんばかりの態度の癖に、いざ手を差し伸べられると疑って躊躇する……)
「私は今回の計画には反対していたんです。これは殿下の指示ではなく、私個人の良心に基づいた行動です」
「良心……あの、兵士さんの喉は元に戻るんでしょうか? 解毒薬とか持ってます?」
自分のことも満足にできないクセに、他人を気にかけては、どちらも中途半端に終わる。
(初めて会った時からずっとそうだ。全く成長しない女だな……!)
この期に及んで、見当違いのお人好しを発揮する姿に吐き気がする。
「そんなものありません。数日すれば元に戻りますよ」
「あの、えっと。……つまりあの毒はガレス様が?」
「毒じゃありません。シャパリュの樹液です」
「──へえ。何が混ぜられていたか断言できるってことは、これもう自白ですよね」
ガレスの言葉に、少女の雰囲気がガラッと変わった。
いつもの見た目にそぐわない素直でお人好しな少女の皮を脱ぎ捨てると、アナスタシア・ヴィヴィアンはニヤリと外見相応の貫禄ある笑みを浮かべた。
*
ダイアナが合図すると、備え付けのクローゼットから男が三人転げるように出てきた。
「ああ、もう限界! こんな体格の良い連中と狭い所に押し込められるとか、超最悪なんだけど!」
「お言葉ですが、我々の中で一番身長が高いのは殿下ですよ」
「俺はスマートだもん! 一番面積とってたのオッサンだから!」
「いやいや、服装のせいだから。コートとか上着がボリュームあるだけで、適正体重キープしてるからっ」
「嘘だね。詰めるときに、肉の重みを感じたから。ソーセージみたいに中身しっかり詰まってるから!」
「嫌な例えですね」
「はいはい、そこまでです」
男達のグダグダ会話が続きそうだったので、ダイアナは手を叩いて強制終了させた。
「ガレス様。ご覧の通り、第三王子と新聞記者の方が今の会話を聞いていました。記者は貴方のした事を世に知らしめる手段を持っていますし、第三王子は信頼性の高い証人です」
「う……あ……」
真っ青になったガレスがガタガタと震える。言い訳どころか、最早言葉も出てこないようだ。
「アナ。ガレスは宰相の末っ子だ。宰相本人は中立だが、あの家は長男が跡取りで、その長男は兄貴の側近。警吏がソイツに辿り着く前に手を打てるのは僥倖だが、この事が公になったら困る」
「──だ、そうです。メルランさん、残念ですが今回のことを記事にするのは無しで」
「仕方ない。王子様とはこれからも仲良くしたいからな」
ダイアナに制止されて、メルランはあっさり引き下がった。
「……私と一緒に居れば、今後もスクープをゲットできるチャンスは多いと思いますよ」
「俺はパパラッチになるつもりはないんだけどなぁ。まあ騒動の渦中に堂々と入り込めるのは有難い。今後もよろしく頼むよ」
「では契約成立ですね。お渡したリストに関しては、早急に情報が欲しいので明日の朝イチでお願いします」
「はぁ〜。人使いが荒いお嬢さんだ」
首を摩りながら溜息をついてみせるが、その目は抜け目ない光を宿している。軽く吊り上がった口元は、彼自身がこの事態を楽しんでいることを表していた。
ガレスはここで退場となった。
ロトの側近は残り一名。
正直クローズドサークルの殺人事件でも、こんなハイペースで退場者が出たりしないぞ。
*
「──さてオッサンも帰ったし、俺もお暇するよ。コイツを父親のところに連れて行って、早急に手を打たないといけないからね」
「殿下、三分だけ時間をください」
護衛にガレスを馬車に連行するよう指示を出すギャラハッド。自らも同行しようとする彼をダイアナは引き留めた。
何処ぞのドラマの名台詞のようだ。それ絶対三分で終わらないやつじゃろ。
「クローゼットでどんな匂いがしましたか?」
「は?」
「体臭でも香水でも何でも構わないので、兎に角あの密閉空間で感じた匂いを教えてください」
「何言ってんの!?」
ドン引きするギャラハッドに対して、ダイアナは真剣な表情だ。
「大事な話です。ケイ、貴方は何か感じましたか?」
「……殿下のコロンの匂いがしました。他には何も」
「なんか嫌だな! そんな言い方されると、まるで俺が振り掛けまくってるみたいじゃん。普通の量しか使ってないからね!」
「殿下は何も感じませんでしたか?」
「あー。強いて言えば、そこの執事君の整髪料の匂い?」
仕返しのつもりなのか、ニヤリと笑いながらギャラハッドが答える。
「メルランさんからは何か匂いがしましたか? 加齢臭とか」
「失礼過ぎじゃね? ちゃんとしてたよ」
「ちゃんと、とは石鹸の匂いがしたとか?」
「くどいな。何の匂いもしなかったよ。アナは匂いフェチなの? 年上好きなの?」
「違います。殿下にお聞きしたいんですが、この国には特殊部隊のようなものはありますか?」
「特殊部隊?」
「諜報とか、裏の仕事を専門にする部隊です」
ジェンマ国では王家の影と呼ばれていた組織だ。
「そんなの小説の中だけだよ、と言いたいところだけどあるよ。皇帝陛下の懐刀──カヴァスだ」
「殿下はその構成員を知っていますか?」
「知るわけないだろ。連中は陛下の直属で正体不明」
「メルランさんはそのカヴァスです。──そしてこの先は私の推測ですが、選帝侯の正体はカヴァスです」
「何だって!?」
「あ。三分経ちましたね、お時間ありがとうございました。はい、さようなら」
ダイアナお嬢様は、きっちり三分厳守した。
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